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クラムボンのマンデリンと田中さん

時折、「クラムボン」のマンデリンを買っている。すぐに飲みきるので挽いてもらう。ここのマンデリンを買った時は、てくり20号で取材させていただいたデザイナーの田中文子さんのことを思い出す。田中さんもこのマンデリンが好きなようだった。何度か自宅にお邪魔してお話を聞いたが、その美しく整った仕事場を見るのが好きだった。田中さんはいつも、品の良いお菓子とコーヒーを出してくれて、「足が悪いから好きな『クラムボン』のマンデリンも知人に頼んで買ってきてもらうの」と話していた。なら、今度来るときはマンデリンを買ってこようと思いつつ、思いつつ、季節は巡った。

いつだったかな、「クラムボン」の前を通った際、あっと思い出して自分の分と田中さんへ渡すつもりのマンデリンを買った。ところが、なんだかんだと忙しぶりをして伺いそびれてしまって、結局そのコーヒーも自分で飲んでしまった。そういう類のことを、何度も繰り返していた。
そのうちに、田中さんが亡くなったことを伝え聞いた。

先頃、立ち寄った「クラムボン」でマンデリンを2袋挽いてもらった。


マンデリンを買うとき、田中さんを思い出すのは、つまりはその一袋を渡せなかったからだ。

いつか訪ねた折、「よかったら、これを差し上げるわ、身の回りを整理していてね」とくれた1冊が私の手元にある。かの牧野富太郎博士監修の「原色牧野植物大図鑑」で、えらく高価な図鑑である。

専門書としての面白さはもちろん、製本も美しくて、絵を描く仕事ではないけど、たまに開いて眺めて楽しんでいる。「仕事で山野草などを描くことも多くてね、庭先に色々植えているの。実物は自分の目できちんと見ないとね、前から上からだけじゃなく、後ろとか下とかね。そして図鑑を見て確かめて。検証が大事なのよ」
その言葉を時々反芻している。

もし、田中さんにあのマンデリンを渡して、もし、小一時間ほどでも話をしていたら、どんな話題が出てきたんだろう。先を歩いてきた人の話を、もう少し聞きたかったと思うのだ。

伺いそびれて、季節を超えてしまっている人の元へ、今年は行ってみよう。雪の心配がない春になったんですもの。

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