雲の行方

庁舎の屋上と少し雲のかかった青空に挟まれながらぼんやりと遠くを眺める。

全身義体化に伴って電脳化の段階もつり上がったガメザの体は、理論値で見れば確実に戦闘資質は上がっているハズだった。
しかし、同じようなタイミングで同じような身体になったフローロと行った模擬訓練では以前では考えられない程の惨敗を記した。
敗因のいくつかは模擬訓練の中で見つけることが出来たし、折り合いを付ければいくらでも改良の余地はあった。


「電脳ねぇ......」


だが、これだけがどうしても解決策――より正しく言えば使い方が掴めない。
両腕の時からだったが、どうもこの頭の中のモノとは相性がとことん悪いらしい。
元々の戦闘資質だけで言えば、間違いなく環境課内でもトップクラスだった。
しかし強大な敵や同僚が”コレ”を使う様はありありと見せつけられた。
電脳を織り交ぜた戦闘は、言うまでもなく義体化した者のアドバンテージのはずだ。

「わかっちゃいるんだけどなぁ......」

ため息混じりの愚痴がこぼれる。
フローロに「慣れれば簡単」と言われ、その後も何度か意識して訓練に励んだものの、やはり使いこなせる気がしない。
むしろそっちに意識のリソースを割いた分、動きが悪くなっている気さえした。


「ん、そろそろ戻るか」


腕時計代わりの電脳で時間を確認すると、休憩時間の終わりを告げようとしていた。


13:10   対応室


「だりィ〜......」


そこには、珍しく自分のデスクに向かって業務をするガメザの姿があった。
人員不足の余波は当然対応室にも押し寄せており、普段外で業務を行っている面々も持ち回りでデスクワークをする事になっていた。


「庁舎の外だけが私達の仕事場ではありません。集中して下さい」
「は、はいィ......」


事務作業が得意ではないにしても、音を上げるには些か......いや、あまりにも早すぎる。
そんなガメザに対してモニター越しの喝を入れる狼森。
お互いの距離は少し離れているが部屋には2人しかおらず、言葉を発する事が会話の成立にすら繋がる。
何となくボヤいただけだったが、この空間と状況が自然と狼森へ向けた言葉の様になってしまった。

ガメザの方を目の動きだけで一見すると、少しの間を置いて狼森が口を開く。


「時にガメザさん」
「アッハイ」
「先日フローロさんと手合わせをしたとお聞きました。生身では無い身体での動きはどうでしたか?」

当然狼森に他意は無く、武道を嗜む者としての興味から来る興味本位だったが、今のガメザには耳の痛い問い掛けとなる。

「どうって言われてもなァ......なんつーか、こう、義体だから力は強ぇーんだけど、他の事考えながら戦うってのがイマイチわかんなくて」
「なるほど。所謂"電脳"を使った戦い方ですか」
「そう!それっス!フーケロちゃんには慣れれば簡単って言われたんすけど、やっぱ性に合ってないっていうか、このまま電脳云々やってても意味無い気がしてるんすよねぇ」


これまで直感的に戦ってきたガメザのスタイルとは大きく異なる部分。
全身義体の性能を活かしきれない事や、自分を取り巻く環境が変化していく中で取り残されている様な感覚に苛まれながらも、解決の糸口を掴めずにいる。


「気分転換に手合わせはどうです?」
「え?」

どこか身が入らず、時折苛立っているように思えるガメザに投げかけられた言葉に間の抜けた返事をする。

「しかしただやっても興が乗らないでしょう。素手でいいですよね?」
「......あー、ハイ。じゃあそれで。」

義体化した身体と生身とでは純粋な俊敏性やパワーに雲泥の差がある。
しかしそんな前提条件があるにも関わらず、挑発とも取れるその一言に返す言葉はどこか冷ややかになった。


少しピリついた空気のまま、作業中のPCを離れた。


13:30   訓練場


白い道着に慣れた手つきでキュッと黒い帯が腰に巻かれる音が響く。

「それではまず、電脳補助無しで1本やって見ましょうか」
「......ウス」

相手が狼森と言えどあまりにも舐められていると感じたガメザは未だにイライラを隠せずにいたが、お互いに構え、正面に対峙するとその意識は一変する。

「フンッ!」

予備動作無しで顔正面に繰り出された拳の速さに驚いたが、元々そういう戦闘はごまんとしてきたし、そこは電脳補助を切っても反応出来た。
しかし問題はその後、意識外からの回し蹴りが側頭部へ直撃し、その場から後ろに倒れ込む。
身体能力が向上したことによる慢心だったのか、生身相手に尻もちをつかされた。

床に座り込むガメザに手を差し伸べながら言う。

「動きがぎこちない様に見えます。もっと集中して相手の動きをよく見てください。次は電脳補助有りでやってみましょうか」
「......了解っス」

向き直り再び構え、フローロとの戦闘で学んだことを思い出す。
今度は道内にある監視カメラにアクセスし、通常の視界にカメラの映像を同時に処理しながら投影する。


「うぐッ!」

見えて過ぎている情報を持て余した結果、さっきとは逆の順番で来た攻撃に対して、反応すら出来なかった。
今度は後方に頭から倒れ込んだ。
何度やってもこの戦い方は考える事が多すぎて、意識が煩雑になるようだった。


「やっぱ向いてねぇのかなぁ......」


天井を見上げながらガメザがこぼす。
それに対し少し間を置いて狼森が口を開く。


「ガメザさん。フローロさんの戦い方を意識しすぎていませんか?私が思うに、電脳化とは一つの手段でしかなく、それだけに頼った戦い方は恐らく悪手でしょう」
「何も完璧に使いこなす必要は無い、あなたにはあなたに合った戦い方がある筈です」


ここ最近の度重なる敗北には、電脳を駆使した戦い方に手も足も出なかった背景があった。
だから、電脳のアドバンテージを活用した戦い方をしなければならないと思ってしまっていた――それが正しいかどうかを考える事もなく。

「もう一度よく考えて下さい。あなたはフローロ・ケローロでも、堺斎核でもないんですから」


その言葉にしばらく考え込み、ハッと閃いた様子で狼森に質問をする。


「冴子さん!なんか1発デカいの打てるパンチみたいなのないすか!?」
「元々俺ァこういう細かい事出来ねぇし、とりあえず殴った方が早いんスよね。んで思ったのが、義体化したんだったらそっちのパワーあげた方がいいよなって!」


義体の出力制御をより高精度にする。
そう思うと、今までの苦悩が嘘だったかのように早かった。
そんなガメザに狼森はどこかおどけた様子で言葉をかける。

「電脳を使った戦闘技術はいいんですか?」
「もういいかなって。向いてないみたいだし」
「そうですか」

あっさりとした会話。
それでいて十分に伝わった。
さて、と前置きした狼森が続ける。

「一撃必殺、という技はそもそも存在しないという前提はありますが、それを目的とした型は存在します」

狼森が型をゆっくり実演する様子を見様見真似で動きをトレースしていく。
形式ばった動きは得意ではなかったが、この時は珍しく意識が研ぎ澄まされ、すんなりと身体が覚えていった。


―数時間後―


「なんとか形は出来てきましたね」


狼森から教わった構えをいくつか試すと、電脳を駆使した戦闘よりもしっくりくることが実感できた。


「では早速実践と行きましょう」

息を整え、精神を研ぎ澄ませる。

「......ッスー......」

目の間に置かれた訓練用ダミー――もとなりに向かって教わった型を放つ。

バッッッコーーーーーーン!!!!!!!!!!!!

粉砕されたもとなりが二度、三度と跳ねて訓練室の壁に衝突した。

少しの静寂。

「これは本当に一撃必殺が実現出来るやもしれませんね」

狼森が冗談めいて言う。

「やっぱ俺はこっちの方がいいっスわ!」

ガッツポーズをしながら振り返りながら得意げに返すガメザの表情は、何かが晴れた様だった。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?