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とある日記

ある吹雪の夜、教会の扉を叩く音が小さく響く。扉を開けると、そこには5歳くらいだろうか?子供が1人立っていた。酷く怯え、体中には傷とアザ、一目でこの子が虐待を受け、どこからか逃げてきたのだろうとわかった。素性を聞くよりもまず体が動いた。

「ああ...可哀想に...中へお入り。寒かっただろう、すぐ手当てと食事をあげよう。」

この教会には同じ様な家出子や捨て子をこうして匿う事があったので、今夜の出来事もそれほど珍しいことではなかった。しかし、この子はいつもと"何か"違う気がした...あくまで気がしただけだったのでその時は深く考えなかった。

それから7年の月日が経ったある日。

「コラ!これは神様にお祈りする時の供物なんだから!つまみ食いなんてしたらバチが当たりますよ!」
「いった!何も引っぱたくことないじゃんかよー!後で食べるんだからちょっとくらい平気だろー!?」

今日も朝のお祈り用の供物を作るシスターと、それをつまみ食いしようとするガメザの騒がしい声がする。毎朝の様にやっているが、今の一度も成功していないのによく諦めないものだ。

「元気がいいのは結構だが、読み書きにもその位のやる気を出してもらいたいものだな?ガメザよ。」
「げぇっ...神父様...これはーそのーアレだよ!神様にあげるんだからその前に毒味しとかなきゃっていう俺なりの信仰の形で」
「その話はお祈りの後でじっくり聞こうか。」

ガメザの首根っこを掴み厨房から引きずり出し、礼拝堂へ行くと他の子供達が既に席に座って待っていた。皆でお祈りを済ませ、朝食を食べるのが私達の1日の始まりだ。その後は、教会の掃除と街への奉仕活動をする班に別れ、奉仕活動は主に子供達だけで街の商店街等の手伝いをさせている。そのお礼として、食べ物を分けて貰って日々の生活の足しにしている。決して裕福な暮らしは出来ないが、皆と穏やかに暮らしていけるという小さな幸せで私は十分だった。しかし、ゆくゆくは子供達もこの街を出ることになるだろう、その時の為に社会勉強も兼ね、出来るだけ自分達で仕事をこなす様言い聞かせている。この街を出て1人で生きていけるように育て、送り出すのが私達大人の責任、使命だ。それまでは私達が子供らを守らなければならない...何があっても。
そんな事を考えていると、教会に身なりのいい男達が訪ねて来た。

「突然の訪問、失礼する。私達はとある施設の研究者なんだが、7年程前にこの教会へ1人の子供が来なかっただろうか?翡翠色の髪をした狐の獣人なんだが。」

直ぐにガメザの事だとわかった。しかし、あの夜、明らかに逃げてきた様子だった事から事情があるにしろ、ここで暮らしている事がこの男達に知られてはいけないと悟った。ガメザが帰るまでに追い払わなくては...!

「いや、そんな子供はここいらで見たことが無いな...力になれなくてすまない。」
「そうか、そちらの対応は分かった。交渉の余地は無い様なのでこちらで勝手に調べさせてもらう。」

男はそう言い捨てると、後ろの男達に教会内を捜索するよう指示を出した。

「おい!何をしている!ここは神へ祈りを捧げる場だ!勝手な事は許さんぞ!」

私は男を止めようと怒号を上げながら行く手を阻んだ。瞬間、腹部に鋭く激しい痛みを感じ、その場に倒れた。奥でシスターや子供達の悲鳴や叫び声が飛び交っていたが、私にはどうすることも出来ず、視界が暗くなった。
体を揺さぶられ、近くで誰かが私を呼ぶ声がする...それになんだか焦げ臭い...意識が戻ってきた私は目を覚ました。

「…さま…神父様!!!」
「…ん...ガメザ?ここは...ゴホッゴホッ...なんだこれは...教会が...燃えている...?」
「よかった...生きてた...寄り道して帰りが遅くなってごめん!でも今はそんな事よりここから抜け出そう!」
「ああ...そうだな…しかしその前に皆を連れて行かねば...」
「...その...みんなもう...」
「...!...そうか...あの男達に...クソッ...私が無力なばかりに...クッ......!」
「あの男達...?」
「奴ら、ある施設の研究者だと...それにお前を探していたようだった…7年前の事も聞かれた...お前は一体...」
「そっか...あの施設の...でもまずはここを出よう...神父様...!」

ガメザに肩を担がれ燃え盛る教会を出るとそこには奴らがいた。この子だけでも守らなければ…しかしこんな体ではこの子を守る事が出来ない...一体どうすれば...。思考を巡らせていると男の1人が口を開いた。

「やっと見つけたぞ、2201番。今すぐ施設に戻ればそこの神父の命までは取らないで置いてやろう、もちろん身柄は拘束させて貰うが。」
「勝手な事ばかり言いやがって...!あの日も、あの時もそうやって...!」

怒号を上げて立ち向かおうとするガメザ。この子のこんな姿や声は聞いたことがない...あの日もそれほど怒るまでに酷い仕打ちを受けていたのかと思うと胸が苦しくなる。

「あまり手間を取らせるな、我々には時間が無い。唯一の実験成功例のお前は出来るだけ傷を付けたくないんだ。さぁ、大人しくこちらへ来い。」
「よくも教会を...みんなを神父様を...やる...ここで全員殺してやる...!」

ガメザはポケットから注射器のような物を取り出し自分の首筋に当てがった。すると男達が血相を変えて銃を抜いた。

「き、貴様!どこでそれを...!今すぐそれを捨てろ!」

男達の焦り方からして実験とやらの薬か何かなのだろう。私も直感的に良くないことが起きると感じ、ガメザを止めようとしたが、それを見ていた男の1人がガメザに向かって発砲した。

パンッ!

銃弾は私の胸を撃ち抜いた。
声も出せず、立ち上がることすらも容易では無かったが、この子を守らなければと自分を奮い立たせ、なんとか今この瞬間、この子への危機が1つでも払い除ける事が出来たのだ。しかし、その事実とは裏腹に目の前にはまだ男達が、無数の危機がこちらを見ている。守らなければ...守らなければ...意識が遠のく中、ガメザが泣きながらあてがっていた注射器を刺したの見た後、耳を劈くような叫びと教会が燃える音を聞いた。

目を覚ますと私は病院のベッドの上にいた。
あれからどうなったのか、全く記憶が無い。すると直ぐに医者が駆け寄ってきた。それからしばらくすると警官がやってきてあの事件の事情聴取をしたいとの事なので承諾した。事情聴取を受けている中で、あの後の教会付近の話も聞くことが出来た。発見当時、私の後ろには焼け落ちた教会と身元がわからない子供達と女性の遺体、前方には"人だったであろう"肉片が散乱していたらしい。近くに翡翠色の髪をした狐の獣人の子供はいなかったかと聞いたが、そんな子供はいなかったらしい...状況から見て無事に逃げ出せたと信じたい。
それ以降、私は奇跡的な回復を見せ無事退院することが出来た。傷の場所、深さ共に完治した上に後遺症が残らないのはありえないとまで言われたが、きっと神のご加護だろう。今は警察の保護下の元、何不自由無く生活している。教会跡地は立ち入り禁止区域に指定され、例の施設については未だに何一つわかっていない。もちろん、あの子の事も。

なぜ突然こんな昔話を思い出したのかと言うと、最近この街のどこかであの子に見守られている様な気がしたからだ。あくまで気がしただけだったが。それでも、あの夜と同じような気のせいが懐かしく、暖かい気持ちにさせてくれたので書き起こせずにはいられなかった。出来る事ならば成長したあの子とあって話をしたいものだな。
















日記なんざ、まぁ〜マメな事出来るなこの人は…字ギッチギチだし、見てるだけで頭痛くなるよ全く...
でもまぁ話は出来ないけど、あの日あなたが俺を守ってくれたみたいに、今は俺があなたを守って見せるよ。必ず。

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