Rough salon

「ふぁ〜あ、やっぱめんどくせ。」

あくびと煩わしさを漏らしながら、不揃いの翡翠色髪をポリポリと掻く。

「そう言うなよ、これも仕事なんだしさ。」

なだめるように紅い狼は言った。
切り返し、翡翠色の狐は紅い狼の手に持った【断ち切り鋏】を指差して言う。

「つってもアレだろ?こないだのヤツとそんなに変わらねぇんだろソレ。」
「変わったから試験するんだろ...それに前回のバージョンとは全くの別物に仕上がってるよコレは。流石はうちの開発だね。」
「ほぇー...見た目にゃあなんも変わったように見えねぇけどなぁ。」

まじまじと見つめるソレは、言う様に見た目こそ変わらないが、耐久度や操作性と言った各種性能が平均的に向上した代物となっていた。更に、紅狼に"別物"とまで言わしめた一要因として、新たな機能が備わっている事をガメザに見せつけた。

「いいか?ここのトリガーを引くと...」
カチッ

グリップの少し上にある小さなトリガーを引く。すると、鋏の刃の部分だけがジワジワと赤熱していく。

「前回のはただのハサミの延長でしかなかったけど、今回のは見ての通り、溶断が出来るようになってね。切断に対してのアプローチが増したってワケさ。」
「うへぇ...なんかあのじーさんの剣思い出しちまうなぁ...」
「うん、まぁ、表立っては聞いてないけど、ぶっちゃけタイミング的にお前の髪の件も絡んでるだろうな。」
「話が話だから言いづらいんだけどよ、やっぱこれ試すの俺じゃなくて良くねぇか?さすがにまだ感覚残ってて正直気分乗らねぇ...」
「そうは言っても、前回のデータと比較しなきゃいけない都合上、ガメザが適任なんだよ。言ったろ?これも仕事だって。」
「はぁ...んま別にいいんだけどよ。」
「あの人の...マクシムの業は確かに凄まじかったみたいだけど、性能が向上したとは言えコレは道具でしかない。言ってしまえばただの熱を帯びたハサミだ。そんなに気負いする必要も無いと思うぞ。」
「そういうもんかねぇ...てか、俺の気が乗らねぇのは元々火が嫌いなのもあるから余計なんだよ。」
「え、そうなの?初耳なんだけど。」
「言ってねぇもん。」

意外そうな顔をしつつ、さて、と置いてお互いの間合いの外に立ち、向かい合う。
すると、翡翠色の狐が思い出したと言わんばかりに問う。

「そういえば、今回はそのヘッドギア使わねぇの?」
「ん?ああ、興が乗って前回は申請した分以上に使っちゃったから、後々課長に呼び出されてね...それで今回はシラフってワケ。」
「ほーん、じゃあ俺は手加減してやらねぇとだな〜前回の感じからして、そうじゃねぇと話にならねぇよなぁ?」
「...随分な言い様だな。私だって馬鹿じゃないんだ、前回の試験で今のあんたのクセは掴めてる。それに新しい断ち切り鋏だって申し分無い性能だ。そっちこそ余裕こいて手を抜くと足を掬われるぞ?」

向き合い、そしてニコニコと煽り合っている内に自然と体に力が入る。

少しの沈黙。真顔。

先に動いたのはガメザだった。
いつものように単純且つ真っすぐな、容易に読み切れる突進に載せたストレート。しかして、わかっていても避けきれない速さで繰り出されるその拳は受け流すか、受け切る事でしか防ぎきれない。

コォン
「ック...相変わらず馬鹿の一つ覚えみたいな攻撃だな...!」
「あ゛?その馬鹿に押されてるテメェはどうなんだよ?」

ガメザの拳を受け止めた瞬間に、金属同士の芯がぶつかる音が響く。
まともに受け切ると防御を通り越したダメージが腕を伝って来てしまう為、既に抜いていた断ち切り鋏を拳を受ける直前に変形させ、一番厚みが出る部分で一旦受ける。すぐさま変形を解除し、その反動を使い間合いを取り直す。

「オラオラ、切らねぇと試験になんねぇんじゃねぇの?」
「先手を取ったからって調子に乗らない方がいいぞ...前回と別物だって言っただろう?」
「でも使い手が同じじゃあなぁ?」

ガメザは余裕からか、紅狼への煽りを止めない。
しかし、比較的温厚な紅狼には戦闘の精度を鈍らせるという点では、あまり効果はない。が、流石に少し力んで踏み込む。

「あんたはさぁ!!!!」
「うお、急に来るじゃんw」

右足から踏み込んだ勢いを利用し、2本の片鋏の刃の向きを揃えて右回転の軌道で切りかかる。

「甘い甘い、動きがデカすぎてバレバレだっつーの。」
「フッ...甘いのはどっちかな、私は馬鹿じゃないんでね。」

刃がガメザの腕に当たる瞬間、芯ではなく表面を掠めるように右上方向に振り向く。相対する力以上で押し返そうとしていたガメザの右腕は、来るはずだった向かい合う力の方向に体重が乗りすぎてしまい、体勢が崩れる。
待ってましたと言わんばかりに、紅狼は上へ振り抜いた勢いを一旦後方へ向け、その場で縦回転に切り替ええ、下から片鋏がガメザの顔面に迫る。が、追従してくる左腕を刃に対して真横から殴り、僅かに軌道がずれて横髪を掠めた。

「あっっっぶね!!!!ホントに殺す気かよ!?」
「へッ、あんたならこのくらい避けきれるだろ?あと煽りすぎだ。」
「避けられるってわかっててなんでこんな...」
「言っただろう?馬鹿じゃないって、さ!」

1拍置いて力んだ声を上げると、頭上...死角から何かが近付いてくる。先程の片鋏だ。思い返してみれば刃を横から殴った時、1本しかなかった。だが気付くのが遅かった、腕ではもう防御しきれない。そう、腕では。

「もらっt」
「ハッ、甘ぇんだよ!」
「うぇ!?」

ガメザに殴らせて地面に突き刺した上向きの刃と、上から振り下ろした下向きの刃でガメザをハサミ込もうとした紅狼の横腹を、背中側に反らせたガメザの右踵が蹴り飛ばす。全くの予想外からの打撃に防御も間に合わず、くの字になって横に飛ばされ着地した。

「っんでその体勢から蹴りが出るんだよ...」
「戦闘のカン?ってヤツ?」
「アレコレ考えず自然体で出来るんだから本当に勘なんだろうな...そこまで反応出来るのは正直言って羨ましいよ...自慢げなのがムカつくけど。」
「あんだよ、褒めても手加減しねぇぞ〜?」
「手加減なんか要らないよ、そういうヤツにはそれなりの対処の仕方ってもんがあるものでね。」
「ヘッ、それなら最初からやれってのw」
「いちいち癪に障るなぁもう!!!」

紅狼が飛び出すと同時に左手の片鋏をガメザに向かって投げつける。着弾とワンテンポずらして接近し、右手の片鋏で切りかかる。しかし、投げた片鋏は軽くいなされ、振りかぶった方の片鋏は容易に回避された。

「なーにが対処法があるだよ、投げただけじゃねぇか。」
「必ずしもその場凌ぎの勘で動くことが正解じゃないって身を持って体感するといい!」
「あ?」

目の前にピンッと張った一筋の光が見えたと思うと、後方から何かが迫ってくるのがわかった。焦った表情を見せ、慌てて回避行動を取るも既にドミノ倒しの様に組まれた攻撃はもう始まっていた。

「ピアノ線!?こんなモンいつの間にッ!」
「ここは廃工場だぜ?その辺に転がってたのを使っただけさ!」
「んな都合主義な事あるかよォ!」

後方から引き戻された片鋏を避けた先には、振り抜いた右手の片鋏の刃がいつの間にかガメザに向いて...いや最初からこうなるように刃の背をわざと向けて振っていた片鋏が、ガメザに向かってテニスのバックハンドの要領で迫ってきていた。

「クッソ、小細工ばっかしやがってッ!」
「ホラホラ、早くしないと次の手はもう動き始めてるぞ!」
「ああああシャラくせぇ!てめぇごと蹴り上げりゃ済む話だろうがよ!」
「フフフ...それも待ってた!」

蹴り上げたガメザの足を踏み台にして、ガメザの背中側へ体を捻りながら宙返りをする。と同時に、引き寄せた片鋏を回収し、合体、断ち切り鋏へと変形させた。そしてここで大本命のトリガーを引き、断ち切り鋏の刃を赤熱させる。

「今度こそもらったァ!!!」
「うぇ!?マジか!?」

ジョキン

「「え?」」

断ち切り鋏の刃が重なると、少し焦げた臭いと共に翡翠色の髪が舞った。しかしそこにガメザの姿は無かった。どうやらギリギリの所で体を屈め、前転して回避したようだ。1人は攻撃を回避された事に、もう1人は自分の髪が切断された事に驚いた。

「あっぶね〜〜〜〜〜〜〜全力で来すぎだっつーの!!!」
「いや、これも躱すのかよ...」

どこまで丁寧に外堀を埋めても、そんな事はお構い無しに勘などという不確定要素によって状況をひっくり返してしまう。しかも十中八九それが上手くいくのだから勝ち目が無い。諦めて降参を口にしようとした時、意外にもガメザの口が先に開いた。

「そんな事より今俺の髪切れたよな!?」
「え、ああ、うん。そういえばそうだね。」
「俺の髪が切れるってこたァ相当なもんだろソレ。」
「うん、確かにデータとしてはいい物が取れたかもね。」
「ならもう試験は十分だろ?なんかもう疲れちった。あと最初も言ったけどやっぱダメだわ、それ見てるとなんて言うかその、ちょっと気分が...」
「何?もしかしてまだビビってんの?」
「あ゛?そんなんじゃねぇぶっ殺すぞ。」
「ほーう、私個人としてもまだ試したいしやっぱりもう少しやってく?」

ニコニコと笑顔を浮かべながら断ち切り鋏のトリガーを引き、赤熱した刃を見せつける。

「だぁー、嘘嘘!ごめんごめん!ホントに!もう疲れたから終いにしようぜ!な!」
「全く...調子がいいんだか悪いんだか。それじゃあ試験はこれで終わりにしようか。」
「あ〜やっと終わったぜ〜メシ行こうぜメシ。」
「その前に庁舎に戻って報告だろ。」
「え〜めんどくさ...散葉ちゃんだけでやっといてよ。」
「ダメダメ、ガメザ本人の聴取も必要なんだから一緒に行くぞ。それに手当てはいいのかい?」
「うぐ、仕方ねぇか...」

こうして試験は終了し、2人で庁舎に戻る事になり廃工場を後にする帰り道。

「ああそれとさ。」
「うん?」
「これからもそのハサミで俺の髪切ってくんねぇ?」
「私は別にいいけど、髪が荒れちゃうと思うよ?」
「ああ、いーのいーの、そのくらいの方が性に合ってんだ。」
「なら私はガメザ専属の美容師って所かな!お代は今日のご飯代でいいよ!」
「ハァ!?金とんのかよ!?」
「当たり前だろ〜?私だって暇じゃないんだ。それに、コレ使うんなら備管に申請出さなきゃだしな。」
「うーん...まぁいっか...他に切れる物なんかねぇしなぁ。」
「そうと決まればこれからもご贔屓にね!」
「へいへい。」

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?