Silly dream(2)

AM10:00 病室


空腹で目を覚ますと、何度見たか分からない天井のシミが目線の先にあった。

「またここかよ...腹減ったな。」

倒れる度に担ぎ込まれるここのベッドは見慣れたもので、最早自分の家のような安心感が――いや、ない。病院臭いので正直嫌いなくらいだ。

「よっと。」

毎回ここに寝てる時は重症の場合が殆どで、目覚めた時はほぼほぼ体が動かない。しかし今回は例外らしく、目覚めと同時にスっとベッドから降りた。

「あ、ガメザさん!まだ安静にしててください!」

フラっと病室を出ようとした所で、猫又と鉢合わせた。これは面倒臭い。思わず眉間にシワがよる。

「ウワ...だ、大丈夫だって!ホラ!どこも怪我してねぇだろ!?」
「倒れて運ばれたんですから、外傷がなくともこちらが許可しない限りは元気と認めません!」
「えぇ...でもさ」
「いいからベッドに戻る!」
「はァ...わーったわーった。」
「まったく...外傷が無いとは言え、昏倒したんですから一通り検査はしておきましたからね。診断結果を今上げてるところなので指示があるまで待機ですよ。いいですね?」
「へーへー。」

予想通りの説教を、ベッドに腰掛けながら二つ返事で受け流す。

「それと、雪貞さんが医務室まで担ぎ込んですから、ガメザさんからも後でお礼を言っておいて下さいね。」
「あいあいー。」

猫又は呆れた表情を浮かべてブツブツと病室を後にした。
聞けば、コーヒーを淹れに給湯室に立ち寄った雪貞が、缶詰まみれになって床に倒れているガメザを発見し、血相を変えて医務室までおぶって走ってきたらしい。後でラーメンでも奢ってやろう、と思った。

「ん?課長から?」

ふと視界の隅に意識を向けると、メールが1件入った事に気付く。

「えーっと...大事な話がある為、至急会議室まで...?うわぁ...」

差出人が皇、且つ大事な話というのをわざわざ会議室で、となると嫌な予感が膨らんでいく。

「俺またなんかやっちまったか...?...いや、でも全然思い当たる節がねェ...」

要らぬ不安を抱えながら、会議室へと重い足を運ぶ。











AM10:30 会議室


コンコン
「ガメザっすー、入っていいすかー?」
「ああ。」

礼儀については今更指摘されることも無く、皇の声で中に入る。建造物と数名のリストのホログラムが表示された机の奥には皇、机を挟むように数名の課員がいた。

「目が覚めたか、寝起きで悪いが早速仕事だ。空いてる席に座ってくれ。」
「え、あ、はい。」

キョトンとしたまま机を囲む輪に加わり、それを確認すると、始めてくれと皇がナタリアに振る。

「まずはこれを見てくれ。」

卓上に表示されたホログラムに目線が集まる。

「何ですかここ〜?」
「ここは『水望水産株式会社』、養殖魚を缶詰にして出荷している中小企業だ。1年ほど前から、ここの製品が原因で四物関連の健康被害の訴えが度々あって、その度にその被害者が行方不明になる事案が確認されている。これを受けて、以前からマークしていたんだが...」

ナタリアの目線が上の空で聞いているガメザに向く。

「え、何?」
「ちょっとガメザ先輩~話聞いてました〜?」

瑠璃川にツッコまれて思わず怒鳴ろうとするも、周囲の目線にもどかしくも座り直す。
コホン、と咳払いをして続ける。

「情報係で調査を続けていたんだが、どうも"ガード"が固くてな...ボーパル先輩でもお手上げ状態。更に警備も中小企業にしては少しオーバーなくらいで八方塞がりだ。」
「なんだか怪しいですね。」
「ああ、かなりきな臭い。本来なら缶詰の組成の鑑識結果を持って証拠とし、ガサ入れをする算段だったんだが...これだと時間がかかりすぎる。しかし、今回ガメザがここの缶詰を食べて昏倒した事によりキッカケが出来...」

ハッとした様子でガメザが手に乗せていた顎を浮かせる。

「あァ?っつー事はぶっ飛ばしに行っていいって事か!?」
「落ち着け。あくまでクレームを入れつつ、それをミノに周辺捜査をする程度だ。」
「ちぇー、結局地味な捜査かよ。」
「何言ってんだ、荒事は避けられるなら避けた方がいいだろ。」

不貞腐れるガメザに雲類鷲が苦言を呈し、それに対して眉間にシワが寄る。

「先程も言った通り警備も不自然に厳重だ。そこで、有事の際に対処出来る様、ここにいる課員で現地へ向かってもらう。」
「ち、ちょっと待って下さい、このメンツに僕が加わるんですか!?」
「この場に招集されてるんだ、そりゃそうだろう。あとコイツらはあくまで有事の際の戦力で、本命は捜査なんだ。その護衛くらいに思ってくれていい。」
「ま、まぁ、そうですよね...すみません。」

雪貞が慌てるように割って入るが、あっけらかんとしたナタリアに宥められる。
ふと、退屈そうに話を聞いていたガメザが疑問を投げかける。

「そういやこの任務って誰が指揮するワケ?まぁどうせハクトか、一周回って雪貞くんとか?」
「いやいやいや、僕なんかじゃ無理ですって!」

わかっていてわざわざ雪貞を弄って楽しんでいるガメザに、皇がそう言えばと口を開く。

「その件に付いてだが、狼森から伝言を預かっている。」
「冴子さんから?」
「『今回の任務、ガメザさんに指揮を執って頂きます。後輩も入ってきて大分経ちました。そろそろ上に立つ緊張感と責任感を養って下さい。』だそうだ。」
「はァ...?」

目が点になるガメザ、と驚きを隠せない面々。

「いや無理でしょ!?」
「いくら狼森先輩でも流石にそれは...」
「ちょっと冴子さんに掛け合ってきます。」
「おいテメェらぶっ飛ばすぞ。」

狼森からの計らいはどうやら歓迎されず、阿鼻叫喚が飛び交った。

「まぁそう言ってやるな。狼森の言う通り、私もそろそろそう言う時期だろうと思う。いい機会だ、皆も支えてやってくれ。」

課長が言うなら...と各々が渋々承諾する。
一旦落ち着いた所を見計らって、ホログラムが監視カメラの映像に切り替わる。

「束ね役も決まった所で本題だ。任務の内容を伝える。まずはこの映像を見てくれ。」

そこには、水望水産へ別々の時間帯に出入りする複数人の男が映っていた。
ボーっと映像を見ていたガメザの目は、その内の1人の顔に止まり、青ざめる。

「...っはァ...?」
「どうしたガメザ?」
「...あいや、なんでもねェ...」
「...?では続けるぞ。」

ガメザの血を引かせた正体は、ガメザが環境課に入る直前、食人衝動に身を任せて手をかけてしまった男、『川崎』だった。
当時は訳も分からないままに事態が最悪の方向に向かってしまい、自戒の念に駆られていたが、長い月日と目の当たりにしている映像が繋がっていき、この男は間違いなく”家”の関係者だと確信した。
あっという間に頭の中が疑問符と焦燥感で充満し、思考がグルグルとループする。

(なんであの人が...いや、生きて...確かにあの時俺は...いやでも...)

もしも、この事を打ち明ければ、きっとここにいる仲間達は自分の事の様に考え、一緒に解決する事を苦とも思わず協力してくれるだろう。
しかしそれは出来ない。
もうこれ以上は巻き込めない。
時間がかかってもいい、何とか自分一人で終息させなければ。
周りはそんな事とも露知らず、映像を見ながら説明は続く。


「この男達は、行方不明になった被害者の自宅周辺と、水望水産を失踪当日に行き来している事がわかった。」
「じゃあこの人達がその犯人って事なんでしょうか...?」
「状況証拠的にはほぼ確実だろう。だが、肝心の物的証拠が全く見つからない...情報係でもここまでしか辿り着けなかった。よって、あとは現地でコイツらを張るしかない。」

クレームの強引な揉み消しに加えて、内部の不自然すぎる高い秘匿性もあって、きな臭さに拍車がかかる。刺激しない様慎重に事を進めるべきではあるが、次の一手をこちらから打たなければ更に被害者が増える事は明白で、これ以上の足踏みは許されなかった。

「こちらから動ける取っ掛りが出来た。これ以上事態が悪化する前にこの件を終わらせるぞ。現場には明日の朝に向かってもらう、それまでに各位資料にもう一度よく目を通しておく事。では皆、頼んだぞ。以上、解散。」

皇の声で各々が退出し、散り散りになっていく。
そんな中、1人喫煙所に向かうガメザの背中はどこか暗く、足取りも重い。

「ここでケリ付けねぇとなぁ...」

手のひらを強く握ると、その手は痛みを感じないはずが、どこか白んだ気がした。

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