ガメザep.0

「おい!テメェ!待ちやがれ!」

居酒屋から店主が勢い良く飛び出して叫んだ。どうやらココ最近頻発している"食い逃げ"にあったらしい。

「ヘッ!待つわけねぇだろバーーーーカ!!!!」
「捕まったらいの一番にぶん殴ってやるからなぁあ!!!」
「楽しみに待ってるぜマヌケーーー!!!」

翡翠色の毛並みの獣人は、店主に叫びながら常人とは思えないほどの逃げ足で走り去って行った。

「ふぅ...ここまでくりゃあ撒けただろ。しっかし口うるせぇ割りにはあんま美味くなかったなあの店...ぼったくりだろ。」

食い逃げをしたにも関わらず、背の低いビルの屋上から、店のある方角を睨みながら店の批判を呟いた。

「この辺も警戒心強くなってきちまってあんまり食えなかったなぁ...久々にアイツんとこ行って酒でも飲むか。」

そう言うと、屋上からふらっと飛び降り、裏路地へと消えていった。
しばらく目的地に向かって歩いていると、平日の昼間だと言うのに、小学生くらいだろうか?子供が廃ビルに入っていくのが見えた。普段なら気にも止めないが、何故か今日は気になってしまい後を付けた。

「おいボウズ。」

突然の大声に少年は肩をビクリとさせ、後ろを振り向いた。

「にーちゃん...誰...?」
「俺はガメザってんだ。こんな真昼間から何やってんだ?」
「にーちゃんこそ何やってんの?仕事してないの?」
「あ?質問に答えろよな...ったくこれだからガキは...まぁいいや...俺は...あー...今日は非番なんだよ。」
「ヒバン?それって働かなくてもお金貰えるの?」
「だから...あーもうそれでいいや。」
「へーすごいや!僕も大きくなったらヒバンになりたいなー!」
「んぐ...こんなクソガキの言葉なのにすごく刺さる...」
「どうかしたの?」
「どうもしてねぇよ。それより、何やってんだって聞いてんの。学校はどうした?」
「学校は...行きたくない...」

さっきまでの明るさに影を落とすように暗くなってしまった少年の表情を見ると、ガサゴソとポケットに手を突っ込んで、さっきの居酒屋でくすねて来た口直し用の飴を取り出す。

「ほれ、飴やるよ」
「ありがとう...」
「なんかあったのか?」
「ヒバンのにーちゃんになら教えてあげてもいいかな...僕、学校で虐められてるんだ。だから行きたくない...」
「イジメだぁ?そんなくだらねぇ事で学校行ってねぇのかよ。」
「...!くだらなくないもん!にーちゃんには関係ないからそんなこと言えるんだ...グスン」
「だーーー泣くな泣くな、いいか?イジメなんかするヤツは人を下に見てないと生きていけないクズだ。そんなクズに構ってる暇があったら勉強しろ、じゃねぇと将来苦労すっぞ。」
「そんなこと言ったって嫌なものは嫌なんだもん...」
「あー...じゃあこうすっか、今から俺が一緒に行ってソイツをこらしめる手伝いしてやる。」
「一緒に?」
「そうだ、そんでもって、ソイツが二度とお前をイジメねぇように俺が分からせてやるよ。」
「先生じゃ何もしてくれなかったのに...にーちゃんそんなことできるの!?」
「ああ、その辺の大人なんかと格が違うからな!ナメんなよ!」
「ヒバンってすごいんだね!」
「...それは言わなくていい。そうと決まれば早速行くぞ。」
「?うん!」

何の気なしに声をかけた為に思わぬ予定が入り、少年と廃ビルを後にしようとした時だった。
頭上に小さいながらも重たい音を狐の耳が捉えた。瞬間、老朽化していたのであろう廃ビルのコンクリート製の巨大な壁が剥がれ落ちて来るのがわかった。
ガメザの脚力ならなんとか下敷きにならずにこの場を脱せただろう、しかし少年を小脇に抱えてはどうだろう?間に合わない。そんな状況下で咄嗟に出た行動は、一か八か、自らの腕力で落ちてくる壁を粉砕すると言う賭けだった。

「ボウズ!体丸めて屈め!」
「え!?何さ急に!?」
「いいから!さっさとしろ!」

わけもわからず言われた通りに屈んだ少年を背にして、人生で最大級のパンチを落ちてくる壁に打ち込もうと構えた。
そして壁が落ちる刹那、耳を劈くような叫びと共に頭上にあったソレは、土煙にまみれて両脇に落ちていた。

「お怪我はありませんか?」

長巻を携え、すらっとした赤毛の狼が問う。

「?ハ、ハイ...大丈夫で...す。」

何が起こったかわからず、ただ目の前の美女の問いに呆然と立ち尽くしながら答えるしか出来なかった。

「そうですか、それならばよかった。それにしても素晴らしいガッツですね、もしよろしければお名前を伺っても?」
「ガ、ガメザっていいます。」
「ガメザさん...良い名ですね。覚えておきましょう。では、私は用事があります故、これで。」

そう告げるとスタスタとその美女は去っていった。
呆気に取られていたが、すぐさま少年の安否に気が向いた。

「おい!ボウズ!大丈夫だったか!?」
「え...え...なにが起こったの?」
「怪我はねぇか!?」
「う、うん。」
「そうか、それならよかった...」
「これ...落ちてきたの?だとするとにーちゃんが守ってくれたの?」
「え...?あ、いやこれは俺じゃなくてさっきの...」

振り返るとそこに美女の姿はなく、宙に舞った砂埃が僅かに漂っているだけだった。

「ありがとう!ヒバンのにーちゃん!」
「お、おう?」

自分が助けたわけでも無いが、誰かに感謝をされるというのは不思議と悪い気はしなかった。

「...怪我もねぇ事だし、気を取り直してそろそろ学校行くか?」
「うん!こんなすごいにーちゃんがいるならアイツらなんか怖くないや!」
「あー...まぁいっか。」

色々なことが一気に起こりすぎて考えが纏まらない中、少年に連れられながら廃ビルを後にした。



「すっかり遅くなっちまったなぁ...腹減った...」

昼間の出来事から随分と時間が経ち、当初の目的は大幅に狂ってしまった。そんなことを思いながら歩いていると、ある建物に行き着いた。

カランコロン
「いっらしゃいまs...なんだガメザさんですか。」
「久しぶりに来た客にその口の聞き方はどうなのよ。」
「代金を支払わない方をお客様と呼ぶ訳には行きませんので。」
「だーかーらー、いつも言ってんだろ?出世払いだよ出世払い。今日はリアムいねぇの?」
「オーナーに言われてなかったらあなたみたいなゴロツキにタダ酒なんか出さないんですがね...それはそうと、昼間からオーナー見当たら無いんですよね。はい、ナッツです。」
「お、サンキュー。なんだ、いねぇのか。」
「いや、いないと言うより、いなくなった。と言うか...サンドイッチを頼まれたのでガレージに持っていったら姿がなくてですね、それにドアも無くなっていましたし。何かに巻き込まれたんじゃ...?」
「アイツなら大丈夫だろ。それより、そのサンドイッチってどうしたのさ?」
「捨てる訳にもいかないので冷蔵庫にありますけど、まさかこんな時にまで食い意地張ってるんですかあなたは...」
「大丈夫だって!昔っからなんだかんだ無事なのがアイツなんだ。それよりサンドイッチくれよ、どうせ食わねぇんだろ?」
「だといいんですけど...はい、どうぞ。」
「いやー申し訳ないね!んじゃ貰ってぐぜ〜あ、酒の会計はいつも通り出世払いな!」
「ハイハイ、これ以上飲まれるとこっちも迷惑なんではやく出てってください。」
カランコロン

サンドイッチを咥えながら店を出たガメザは、行く宛もなく夜道をただフラフラと歩き始め、ふと、昼間の出来事を考えていた。

「しっかしすげぇトコに遭遇しちまったなぁ、あんな怪力っつうかワザ?初めて見たなぁ。腕章付けてたし、役所っぽい見た目だったけど、あんな派手なことする役所なんざ聞いたことねぇしなぁ、でけぇ刀みたいなの持ってたし...役所で働けばまたあの人に会えるかな?まだ礼も言えてないし、いつまでも非番じゃあのクソガキにもカッコつかねぇしな...明日職業相談所行ってみっか。」

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