拘泥するアクチュアリティ

(ピッ...ピッ...シュコー...)

朧気な意識は、全身の激しい痛みに起こされる。

白い天井に透明な壁、慣れない消毒液の匂い、どこか見覚えがありそうでない空間。

「...どこ...だ...ここ」

かすれそうな声で呟く。

白い顔の男──堺斎核との一方的な戦いの末、為す術なく負けた。
誰も説明してくれない代わりに、今こうしてベッドに横たわっているという事実が否応にも教えてくる。

「...何も...出来な...かった」

途切れ途切れの悔しさが零れる。


夜八の強力なサポートがあったにも関わらず、それを生かせずに凌駕され、相手にさえならなかった。
自分の無力さに腸が煮えくり返りそうだった。

相対した実感から言って、まともにやり合ってはいけない"ヤバさ"だった。
それに加えて自分が負けたという事は、一緒に戦っていた仲間にその重すぎる負担が増えるという事。

狼森が負けるなどありえないと信じたいが、あの体感した"ヤバさ"が否応にも万が一...と考えさせる。
それに狼森だけではない、応急処置をしたとは言え紅狼もかなりの重傷だった事、他にも自分が守らなければいけなかった課員たちの事が一斉に頭の中を駆け巡る。

ここに横たわっていると言っても、彼らが無事である証拠にはならない。
一刻も早く確かめたいが、体は言う事を少しも聞いてくれない。

視界の端に誰かが立っているのに気づく。

「お目覚めですか?ああ、無理はしないでそのままで結構です。」

医療機関の者だろうか、聞いたことのない声が聞こえる。おそらくは自分の担当医だろう。

「お察しの通りガメザさんの容態は良くないです。むしろ悪い。ので、意識がある内に急を要する事だけをお伝えし...」
「...なぁ...その前に...皆は...」

やたらと早口な男の言葉を遮るように聞く。

「あぁ、皆さんも同じようにここへ搬送されて治療を受けられましたよ。幸い、ガメザさん程の重傷者はいなかったのでほとんどの方はもう退院されました。安心して下さい。」
「そっか...それなら...よかった...」

先程までの不安は男の言葉と共に消え、目を閉じながら安堵した。
その様子を見た後、男はガメザの現状を淡々と話し始めた。

「ではまず、両肩から先は手術の余地が無い程酷い有様の上、搬送当時は大量の出血によって時間をかけられないと判断。感染症の恐れも考慮し、根元から切除しました。」
「...あぁ、やっぱこれ...無ぇんだな...ハハ」

気を失う寸前、自分の身に何が起こったかは鮮明に覚えている。
話を聞いてそりゃそうか、と乾いた笑いが出たがそれ以上は特に何も感じなかった。

「それともうひとつ、体内についてです。内臓系の損傷が酷かった為、縫合して出血は抑えることが出来ましたが、傷が癒えても機能不全に陥る可能性が高いです。」

堺斎核による外傷が大きく目立っていたが、その前に戦ったファイヴから受けたダメージも、体の中にしっかりと蓄積されていたらしい。

「...っつー事はよ...メシ...食えなく...なんのか...?」
「いえ、内臓系と言っても、胃から上は損傷の度合いが比較的軽度だったので、回復すれば食事は出来ますよ。」
「...そりゃ...よかったぜ...」

自分にとって最大とも言える欲求を満たせるか、その一点だけが真っ先に心配になったが、男の返事を聞いて胸をなで下ろした。

「いいですかガメザさん、問題はそこではないんです。先述した通り、回復出来たとしても他の臓器がダメなら、元の生活には戻れません。」
「...そんじゃあ...どうすれば...いンだよ...」
「生命維持の為にも、全身の義体化を強くおすすめします。と言っても、ガメザさんの場合は胸部から上を残した形になりますが。」
「...」

義体化と聞いて言葉が詰まる。
自分だけの力で、生身であり続ける事はガメザにとっての矜恃であり、支障が出るからと両手の義体化に踏み切った時も、渋々受け入れた程だった。

体力の限界が来たのか、再び意識が遠のいていく。
視界が頭の奥へと引き摺られ、意識の扉が閉まる直前、無愛想な全身義体の彼女が脳裏に浮かんで、消えた。










「病院のメシってなんでこんな不味ィんかな...」

両腕がない為、食べさせて貰っているにも関わらず、看護師の目の前で聞こえない様に小言を垂れ流すが、苦笑いでお茶を濁される。

再び意識を取り戻したガメザは、命の危機は脱したものの、元通りの生活するには依然として障害が残ったままだった。

「体の具合はどうだ?」

看護師が片付けをして出て行ったのと入れ替わりに、意識が遠のいていく最中見た課員──ドーベルマンが病室に入るないなや聞いてきた。
義体化について聞きたい事があった為、特に理由はないがパッと思い付いたドーベルマンに声をかけていたのだった。

「いや〜思うように動けねぇからメシもまともに食えなくてよォ、病院食は不味ィしで最悪だわ」
「あまり我儘を言うな。生きていただけでも奇跡だろうに...」

ベッド横の椅子に腰掛けながら受け答えしている最中、ガメザの肩から先に何も無い事に気付いた。

「お前...腕が...」

仕方がなかったとは言え、自分の手の届かないところで仲間が傷付いた事にトラウマがフラッシュバックし、思わず目線を外した。

「あぁ、これか?なんかグッチャグチャで手がつけらんねぇからぶった切ったんだとよ。体ン中もなんかヤバいらしくてな〜ほっとくと死ぬから全身義体にしろって医者がうるせぇんだよ。」
「...」
「あーもーやめろってそういうの!俺は何も気にしちゃいねぇし気にすんなって!んな事よりドベに話があんだよ話」

重くなろうとした空気を、あっけらかんとした表情で飛ばす。

「あぁ、そうだったな。」
「確かドベってさ、昔の事故ん時に義体にしたんだろ?」
「あぁ、そうだ。といっても、今の義体は私が改造を重ねて出来た物だから、元々の素体は出力の高い簡素な物だがな。」
「あ、そうなの?んじゃまぁ、それは追々やるとして、その義体んとこ俺に紹介してくんね?」
「私は構わないが、病院側の紹介でなくていいのか?」
「うーん、やっぱ義体化すんならその辺の弱ぇのより、ドベみたいな強ぇヤツの方がいいと思ってよ。あの時俺が負けたのは、あいつらより俺が弱かったからなんだよ。だから義体化してパワーアップすりゃあそんな悩みも解決!ってワケよ。」
「言いたいことはわかるが、そんな簡単な問題では無いだ...」

おどけながら話すガメザに、苦言を呈そうとしたドーベルマンの言葉を、打って変わって焦りを孕んだ真剣な眼差しで遮る。

「俺はまだやれんだよ!義体化して、チャチャッと強くなって、そしたら、またあいつらみてぇなのが来ても俺が負けるワケねぇ」

その瞳に何を見出したのかは分からないが、ドーベルマンは短くない逡巡の後に小さく「copy」と返事をした。

「用事と言うのはそれだけだろう?思ったより元気なのも確認できた、私はそろそろ失礼する。」
「バッカお前、そうと決まれば早速医者に説明しねぇとだろ!?そこのナースコール押してくれよ」

両腕のないガメザでも押せるよう枕元に置かれている。
ドーベルマンは舌打ちをして、渋々スイッチを押す。

「あ、ついでにさ。ちょっとボタン付けなおしてくんね?」

患者の着る服の胸元のボタンが一つずれている。
かけちがえている。
ドーベルマンは二度目の舌打ちをして、それをつけなおす。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?