Do not overdo

「...ん...?」

ゆっくりと目を覚ますと3度目だろうか、見覚えのある天井とそこから伸びる宙吊りのレールが視界に入る。

「あー...またか。」

天井に向かってぽつりと呟く。
どうやらヘリに乗り込み、猫又に説教を食らっている途中に事切れたらしい。

既にリクライニングベッドでゆったりとしている上半身を、腹筋の力で起き上げようとすると全身が金縛りにあったが如く硬直し、猛烈な痛みで思わず奥歯を噛み締める。

「ん゛っっっっっっっっぐ!!!!!」

打たれ強さには心底自信があったが、体は認識に反して酷く貧弱になっていたようで、立て続けに舞い込んだ"大仕事"により、自身の体はとっくの昔に悲鳴を上げていたらしく、そこに自分で王手をかけてしまったのだった。

弱音を吐いたり、弱さを周囲に悟られる事を嫌う性分が災いしたのか、はたまた自分が抱える負債の程度もわからないまま任務に赴いた未熟さが招いた結果なのか、今となってはわからない。

「うーん...腹減った。」

そんな細かい事は考えるなと言わんばかりに、既に頭の中は空腹の事でいっぱいになっていた。
しかしどうしたものか、動けない以上はナースコールで起きた事を伝えようにも、今はボタンすら押せない程体が言う事を聞いてくれない。
入口に人影を感じ、視線を向ける。

「やっとお目覚めか、丁度いい。」

灰色の猫が病室に入るなり声をかけ、ベッドの脇のパイプ椅子に腰掛ける。

「うっす。なんか用事でも?」
「ああ、今回の件に関してなんだがな、まずはすまなかった。」

思わぬ返しに目が点になり、頭の中が疑問符に充たされていく。

「え...んえ?なんすか急に、なんで課長が謝るんすか?」
「ここの所、働き詰めだっただろう?疲労が溜まっていると思って休暇を言い渡したんだが...急を要する事態とは言え、それを帳消しにするばかりか、お前に無理をさせてしまった。私の判断ミスが招いたと言ってもいい、すまなかった。」

他の課員にならまだしも、自分に対してここまで頭を下げる皇を初めて見た。
申し訳なさと動揺を重ねたかのようにあたふたする。

「あー...いやまぁ、休みをナシにされたのはちょっとアレっすけど、その...うーん...なんつーか、呆気なくこんなんになっちまうくらいに、へばってたってのを言わなかった俺に責任があって、課長は悪くねぇっつーか...」

大きく否定出来ない事と、自分の現状を恥として隠してきた結果でもある事に、ゴニョゴニョと口篭りながらどこかバツが悪そうに皇から視線を外して喋る。

こういう時に気を遣われるのが1番むず痒く、言葉選びも途端に難しくなる為、なるべく回避してきたがなる時はなるもの。
ガメザにとっては手っ取り早くこの場を切り抜ける術こそが最も苦手だが、やらねばならぬ時も同様に来る時は来るもので。

「...その...あー、...心配かけてすみませんでした。」
「ふふ...お前がちゃんとした敬語使うのを久しぶりに聞いたな。どうやら、私の心配も空振りだった様だし、元気そうで一安心だ。」
「あーもうそういうこと言うのやめてくんねっすか!?」

身動きの取れないガメザをいい事に、少し鼻先で笑いながら椅子から腰を上げる。

「後でミドルトンから新しいHarpeについて説明があるそうだ、どうも最大出力を落とす方向で話が進んでいるらしいが、様態が良くなり次第詳細を聞きに行くように。」
「アイツの腕が良すぎるのも考え物って事っすかねぇ...まぁあのバカみたいな出力見れば何となくわかってたけど。」
「それと使用許可についてだが、今後は場合によって易々と承認出来なくなる。許可出来たとしても、特別な状況でもない限りは概ね出力は半分以下に留まると思っていろ。やりずらいとは思うが、お前を思っての処置だ。」
「うわめんどくせ...」

凄まじく強靭な肉体では無いにしろ、処理係の前線を張るガメザが致命傷と言ってもいい程にダメージを負った事で、【Harpe-壬式】の調整も含めて運用を見直す必要が出てくる事は当然の帰結であった。

「私からの話は以上だ、後はしっかり療養に専念しろ。」
「あーはいはい、用が済んだんなら早く戻って下さいよ。療養しようにも、気が張って寝られたもんじゃねぇ。」

一向に皇の顔を見ずに話すガメザをよそに、病室を出る手前、思い出した様にああそうだと振り返る。

「しばらくは経過を見ながらだが、病み上がりは"掃除"をして貰おうと思ってるのでそのつもりでな。」
「うげー...雑用かよ...」

ハデな仕事はしばらく出来ない=それに見合った報酬しか期待出来ないと、肩を落とすガメザであったが、後に病み上がりにしては少々酷な雑用だった事が分かるのはまた別のお話。

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