帰路7

「...り、痛み、癒し、癒し、癒し...」

けたたましく鳴り響くサイレンと、辺りに立ち込める煙、そしてか細く震える声が微かな意識を揺さぶる。

(ザザ)
「課長...見えてますか?」
「あぁ、見えている...」

管制室の画面に映し出されたのは、翡翠色をした長髪の狐の獣人が、両肘の先を消失して気を失い壁にもたれかかっている姿と、涙目になりながらも、側に寄り添い祈りを捧げ続ける鹿角の少女だった。

「課長...これって...」
「状況から察するに、そうだろうな。」
「あの爆発で姿形が残っているのもビックリだけど、更に驚きなのはこの外見...まるでガメザくんじゃないみたいだねぇ。」
「コレット、気持ちはわかるがそこで出来る事には限りがある。応急処置に留めてこちらへ帰投しろ。」
(ザザ)
「...はい、わかりました。」

皇からそう言われると、ハッとした様子で祈りを穏やかに止める。駆け付けて目に入った瞬間、肘から先が無く出血も酷い、意識もほんの僅かにしか感じ取れない程の重症だったのだ、応急処置と言えど、気を抜けば消えてしまいそうな命の灯を前に、つい力が入ってしまっていた。

(ザザ)
「猫又、そっちはどうだ?」
「はい、ショックと出血多量で気さえ失ってはいますが、狼森さんの応急処置のお陰で命に別状は無い様です!」
「そうか...ガメザの様態も芳しくない。コレットが応急処置に当たっている。合流して瑠璃川も一緒のヘリに乗せて帰投しろ。」
「了解しました!」

手早く応急処置をし直し、少女を担架に乗せた所で、後ろからも担架が来るのが見えた。2人をヘリに運び込むと、狼達に通信が入ると同時に、直ぐ様ヘリは離陸した。

(ザザ)
「狼森さん、ワケンちゃん、疲れてる所申し訳ないですけど、残党がいる可能性があります。依然予知には何も引っかかりませんが、先の出来事の前提があります。付近の警戒及び、そちらへ向かった調査係が到着次第、護衛任務に切り替えて下さい。」
「いえ、元々そのつもりでしたので。ワケンさんは大丈夫ですか?」
「へっちゃらだよ!それより、2人をあんな目に合わせた奴らが許せない!」
「ふむ、聞くまでもありませんでしたね。到着時刻はいつ頃で?」
「先の救護を乗せたヘリの時間からすると、今から15...いや10分はかかりますね。」
「承知致しました。改めて到着前に一報願います。」
「了解しました!お気をつけて!」
(ザザ)

爆発の残り火を横目にスタスタと裏路地へ入る2人。真っ先に目に入ったのは、爆心地を中心に飛び散ったHarpeの破片と何かの肉片だった。周囲に立ち込める煤混じりの煙と、むせ返るような血の匂いに思わず胃から何かが込み上げる。

「うっ…狼森さん…これってガメザさんの…」
「ええ、でしょうね。」

辺りに薄く意識を広げて見ていると、狼が違和感に気が付く。

「はて、切り落とした指が無い...?」
「え?」

瞬間、路地の向こう側に感じた人の気配に、体毛が逆立つ。目を開いてそちらを見ると同時に長巻を引き抜き、槍投げの容量で投擲した。

「ッ!ソコォ!!!!!」
「どわぁ!?狼森さん!?」

予備動作無しで目標に投げられた長巻は、確かに、確実に射抜いた。ハズだった。しかし、刀身が鉄筋コンクリートの壁の芯を突き、振動した高音が響いただけで、そこには何もいなかった。

「い、いきなりどうしたのさ狼森さん!?」
「失礼...今しがたそこに身の毛のよだつ何かがいたと思ったのですが...気を張りすぎました。」
「そ、そう?あたしは何も感じなかったんだけど...」
「いえ、どうやら私の気の所為に過ぎなかったようですので。(しかしながら先の気配、対峙したガメザさんと似た臭いを感じたのですがあれは一体...)」
「でも確かにちょっと不気味な感じはあるよね...良くない事に決まって付きまとうあの感覚!」
「ええ、まさにそれをあちらで強く感じたものですから...」

えも知れぬ不気味さと違和感、この出来事の裏で蠢く何かをぼんやりと頭の隅で考えていると通信が入った。

(ザザ)
「狼森先輩、そろそろヘリが到着します。」
「おっと、もうそんな時間ですか。すぐ戻ります。」
(ザザ)

通信を切りながら壁に刺さった長巻を取りに、路地の奥へと進む。やはりさっきのは気の所為だったのだろうか?引き抜いた長巻を鞘に戻し、振り返った。

「感が良すぎるとかえって早死にしますよ?しかし、そんな貴女が上司で良かった。あの子があんなに成長したのも、きっと恵まれた"環境"だったからなのでしょうね。」

放たれた言葉は実時間の枠を超え、瞬間で脳内に届いた。直ぐ様振り向き直しながら、強烈な居合を繰り出す。

「ッヂッリャアァァァアアアア!!!!!!!!!」

壁に横一文字の一閃が刻まれた事以外には何も無かった。ここでようやく"二度目"の遅れを取らされた事に気付き、狼は静かに戦慄した。
唐突な行動を繰り返す狼を心配してか、巨腕の少女は後ろから顔を覗き込む。

「大丈夫?狼森さん?さっきからなんか変だよ?」
「いえ、いえ、問題ありません。私とした事が、気を張りすぎてしまったようで…それよりも調査がもうすぐ着くようです。戻りましょう。」
「それならいいんだけど…無理はしちゃダメだよ!」
「お気遣いありがとうございます。」

狼の強張った顔が少し緩み、小さく微笑みながら返す。
2人はヘリの効果地点へと向かった。



(ブロロロロロロロロ…)

周囲の煙を巻き上げながら着陸したヘリのドアが開き、中から数名の調査班と鑑識班がぞろぞろと下りてきた。すると、その中から淡いピンク色の兎と、一つ目の猫が狼たちの前へと現れた。

「お疲れ様ッス!早速ですが、現場はどこッスか?」
「お疲れ様です。こちらです、付いて来て下さい。五月七日さんは私が護衛いたしますので、ワケンさんは摸乃さんをお願いします。」
「りょーかい!任せて!」
「よろしくお願いしマす。」

合流した2組は、申し送りをしながら裏路地へと向かっていく。

「調査に五月七日さん、記録に摸乃さんは分かるのですが、鑑識の方が見当たりませんね?」
「あー!それなら別件で出払っていた新簗先輩が近くにいるそうなんで、遅れて合流するらしいッス!」
「なるほど。」
「風炉ちゃん来るんだね!でもどのくらいで着くんだろう?」
「本部を出る時に召集の連絡した感じだと、遅れても5分くらいだと思いマすよ。」
「それならば調査自体は直ぐに終わりそうですね。着きました、ここから先が現場となります。」

到着して早々に兎と猫の表情が固まる。

「ッウ…なんスかこの嫌な感じ…」
「”空気”が気持ち悪いデすね…」
「うんうん、やっぱりここは何度来ても嫌だよね…」
「嫌といっても、血の匂いは立ち込めていますが、きっと私達には感じ取れない”何か”なのでしょう?」
「そうデすね、この感じはワタシ達由来のモノです。ちょうちょのヒトは少し違うかもしれまンが。」
「はいッス…でも足から伝わるこの感じは、大体ヤベー時の感覚ッス。」

会話を交わしながら調査を続けていると、後ろから人工音声が聞こえた。

「すみません、遅くなりました。」

そこに立っていたのは淡い水色の狐だった。遅れた旨の謝罪をサッと済ますと、黒い革手袋をグッとはめながら、ネオンイエローのテープを潜った。

「新簗先輩!お疲れ様ッス!」
「お疲れ様です。調査の具合いはどうですか?」
「さっき始まったばっかッスね!ただ地面から感じる残り香が妙にキツくて...」
「ワタシもちょっと息が苦しイです...」
「確かに濃度が酷いですね...五月七日さん、gSV測定器は有りますか?」
「はいッス!ココに!」
「ありがとうございます。」

兎が持っていた50cm程のジュラルミンケースを受け取ると、中からgSV値(1㎥あたりの振動フェルミオン量)を測定する為の計器と、それを検出する為のアンテナの様な物を取り出し、その場で組み立て始めた。

「いやー新簗先輩はすごいッスよね!恥ずかしながら、ジブンはまだ読み込みが甘くてそういうの使えないんスよねー。」
「覚える事自体はそんなに難しくは無いので、直ぐに扱えるようになると思いますよ。もし宜しけば、今度教えましょうか?」
「ホントッスか!是非お願いしたいッス!」

会話をしながらgSV測定器の組み立てが終わると、計器を右手に持ち、アンテナ部をゆっくりと爆心地に向ける。すると、アンテナ部が激しく振動し、計器には現場で観測した数字としては見たことが無い値が示された。

「どうデすか?」
「肌で感じてはいましたが、こんな数値...実測値として見るのは初めてです。」
「やっぱリ高いですか...調査報告書に記載するのデ見せて下さい。」

一つ目の猫が横から顔を覗かせて、計器に表示された数値を端末に打ち込む。この作業を爆心地を中心とした路地裏一帯で行っていく。兎は2人の横に付きながら物理的な視覚から調査をし、それを一つ目の猫へ伝える。

「摸乃さん!この...なんて言うか、肉片っぽいアレなんスけど、爆発で吹っ飛んだ割にはなんか生っぽくないスか?」
「言われて見れバそうですね...水色のヒトに測ってもらいマしょうか。」

そう言うと、狐の方に向き直って肩をチョンチョンと突き、肉片自体を測定するように伝える。小さく頷き、アンテナを肉片に近づけた瞬間、先程までの激しい振動が止まった。

「振動が止まった...?」

すると、ひとつ間を置いてアンテナの先端が歪み、肉片目掛けて金属音を立てながら突き刺さった。同時に驚いてアンテナと計器から手を離してしまい、後方へ倒れそうになった所を2人に抱えられる。

「うおっと!大丈夫ッスか!?」
「ん二ゃ!?大丈夫デすか!?」
「す、すいません。こんな事初めてだったもので...しかし、これは思っていたより事態は深刻なのかもしれませんね...」
「報告書の提出の前に一度、この事だけでも本部に連絡しマしょうか?」
「そうしましょう。ひょっとすると危回にお願いする事になるかもしれません。」
「了解しまシた。無線にて直接繋ギますね。」
(ザザ)
「こちら本部、どうした?調査が終わるには少し早い様だが?」
「ええ、実は少々問題が起キまして...そのまま胡散臭いヒトに繋いデ貰えますか?」
「胡散臭い...?あぁ、あの人か...ちょっと待ってろ。」

管制室越しに回線が変わり、金髪のアンドロイドのホログラムが白髪の眼鏡に切り替わる。

『はい、フェリックス・クラインです。』
「今現場に出ている調査から一足先に報告があるそうだ。もう繋いであるから、そのまま渡すぞ。」
『承知しました。ご要件は何でしょうか?』
「あ、胡散臭いヒトですカ?ちょっと問題がありまして、ワタシだと説明が難しいノで、水色のヒトから説明してもらいますね。」

ホログラムで映し出された男の眼鏡が白く光った。

『...はい、伺いましょう。』
「コホン、すみません。変わりました、新簗です。たった今、gSV値を測定していた所、ガメザさんの腕の一部と思われる物体に近づけた瞬間に、アンテナ部が変形し、それ目掛けて先端部が突き刺さる。という事態が起こりまして...咄嗟の事でgSV測定器ごとほおり投げてしまい、計器も映らなくなってしまった為連絡した次第です。」
『そうですか...いいですね。』
「...何がですか?」
『いえ、こちらの話です。アンテナ部がとても貴重な物質で出来ておりかなり高額な物でしたが、壊れてしまった物は仕方ありません。そんなことより、壊れた瞬間の数値は覚えていますか?』
「すみません、一瞬だったので正確な数値はわかりませんが、少なくとも参考資料で見た基準値よりは遥かに多かったイメージです。」
『ええ、ええ、ありがとうございます。その情報だけでもgSV測定器の元は取れ...いえ、むしろお釣りが来ますね。具体的に説明致しますと...』

男は普段よりも少し前のめりで話を始めようとしたが、少し考えるそぶりをした後、表情が真顔から真顔になった。

『あー...いえ、この話はまた後ほどにしましょうか。その四物的変質が見受けられる物体は、そうですね...皇課長、危険物回収係の方に回収をお願いしてもよろしいですか?』
「ああ、私も同じ事を思っていた所だ。」
『ありがとうございます。』
「夜八、聞こえていたな。雪貞に連絡しておけ。」
「了解です。」
「雪貞が到着するまで引き続き新簗達は調査を、狼森達は護衛に当たれ。」
「「了解しました。」」
(ザザ)









窓から三日月の光が射し込み、庁舎内の人気が疎らになった頃、戦闘終了から6時間ほど経過していた。搬送された2人はそのまま庁舎内の病棟で手術を受け、依然意識は回復しないもののバイタル的には安定期に差し掛かり、峠を越えたという所だった。

(コトッ)
「いくらお前でも根を詰め過ぎると後に響くぞ。」
「課長〜、お気遣いありがとうございます。」

その後の"家"の足取りを掴むべく、夜通しネットワークの網に潜り続けていた所に、猫が缶コーヒーを机に置きながら語りかけた。

「もう少しで掴めそうなんですけどネ〜...以前からガメザくんに頼まれて追ってはいますけど、今回の件についてはあれだけハデに暴れたのに痕跡が残らないのは流石というか。」
「調査と鑑識の結果から見てもダメそうか?」
「そうですネ〜いまいち関連性が薄いと言うか、無駄では無いんですけど、そこから手繰り寄せられないんですよネ...」
「そうか...これでダメなら進展は望めな...ん?ボーパル、その右上の企業はなんだ?」

目を細めながら組んだ腕を解き、画面端に寄せられた情報の束を見やる。

「ああ、これですか?色々調べていく内に手札となりそうな物を、片っ端からピックアップして行った情報の1つですね。あくまで"なりそうな"なので、ほとんどが使い物にならなかったですけど...何かご存知で?」
「うむ...あやふやなんだが、この間メ学の会見があっただろう?あの場の参加者に中にその名があった気がするんだが...」
「え、本当ですか?割と最初の方にそこら辺は洗ったハズだったんですが...ちょっと今調べ直してみます。」

通った道を戻るように、情報を洗い直す。言われたから気付いたのか、行く時は見えていなかったモノが、帰り道の方向から見える様にハッキリと見えた。

「...ありました、"水望水産株式会社"。主に養殖された魚を缶詰に加工した商品を卸している企業ですね。何故あの会見にこの企業がいたのかはわかりませんが...」
「ボーパル、この企業を隅々まで調べておけ。確証も何も無いが、"何か"が引っかかる。あくまで私の勘でしかないがな。」
「課長のご指示とあらば、それがどんな理由であれわたしはやりきりますよ。それに、他ならぬ貴女の勘だ、これ以上ない確証ですよ。」
「そうか、それでは頼んだぞ。」
「任せて下さい〜!」

ガッツポーズをしながら気合いを入れ直す姿を見て、鼻先で少し笑いながら部屋を後にしようと背中を向ける。

「ああそうだ。」

忘れ物を思い出したかのように振り返って。

「あまり無理はするなよ、根を詰め過ぎると後に響くぞ。」

廊下へ足音がコツコツと遠のいて行った。










(ピピッ... ピッ... ピピッ... ピッ...)
二人分の心電図の音が、時々重なりながら医務室に響く。
左腕の微かな疼きで薄らと意識が戻る。
右側に誰かいる気がして、仰向けのまま横目と少しの顔を向ける。

「...メザ...先輩...?」

ポツリと出た声はあまりにか細く、部屋に響く電子音よりも小さかった。
少女はまた瞼を閉じる。
最後に見たのは、月に照らされて翡翠色に淡く光る見慣れない長い髪の毛と閉じた口だった。









(ピッ...ピッ...ピッ...ピッ...)
一人分の心電図の音が、周期的に医務室に響く。
両腕の微かな疼きで薄らと意識が戻る。
左側に誰かいる気がして、仰向けのまま横目と少しの顔を向ける。

「...璃...川...」

ポツリと出た声は掠れる様だったが、横にいる誰かの意識を起こすには十分で。
狐はまた瞼を閉じる。
最後に見たのは、月に照らされて淡いピンク色に光る見慣れた長い髪の毛と潤んだ瞳だった。










澄んだ青空の下、街角のベンチに座りながらガチャガチャと手のひらを開いては閉じ、自分の腕を見つめながら、横目で少女の腕を見る。

「...輩〜聞いてます〜?」
「んあ?あぁ、悪ぃ。なんだよ。」
「だから〜もうそろそろ巡回の時間ですよ〜?」
「おう、もうそんな時間か...」
「腕と一緒に脳みそまで吹っ飛んだじゃないんですか〜?」
「あ゙?調子のんじゃねぇぞクソアマァ!」


2人の影は、どこまでも伸びて。

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