Contain seeds

気がつくといつの間にか日が昇っても肌寒い季節。
吐いた息が白く膨らみ、金属が冷えるせいで肘の付け根が少しズキズキする。

あれから随分と時間が経った。軽度とは言え、電脳化した恩恵もあってか扱いも"失くす前"と何ら変わらないまでに回復した。しかし、そうは言っても自分の体では無いモノが付いているのだからどうしたって気にはなるものだ。

そんな冷えた手でダイナーのドアノブを握り、扉を開ける。

「いらっしゃいませ。」
「うーさみっ...」
「お一人様でしょうk...なんだまた君か...ただ酒なら出さないぞ。」
「ったく、相っ変わらず接客がなってねぇなここん家はよォ?」

ダイナーに入るとカウンター越しにガメザを見たスマイルがいつもの呆れ顔...の様な声で呆れる。

「代金を払わない君を、他のお客様と同等に扱うなど侮辱もいいところ。まずは今までの"ツケ"を返済してからそういう事を言ったらどうだ?」
「あーはいはい、わーったわーった、後で払いますー。んな事よりリアムいねーの?」
「全く...ここがDMZじゃなかったら1発殴ってるところだぞ。リアムなら今日は普通に出て行ったぞ?」
「あー...アイツは普通に仕事だった...無駄足か...」
「伝言くらいなら代わりに聞いとくよ。」
「あー...いや、別に用事って程じゃねぇからいいわ。また来る。」
「そうか、なら次は金持ってくるんだぞ。」
「へーへー。」

スマイルの顔を見ずに生返事をしながら店を出る。
確かに用事という程でもないが、ここまで来るのに些か時間がかかっている事を考えると、文字通り無駄足でしかなかった為、今日一日のモチベーションが下がるというものだ。

そもそも何故こんなド平日に出勤もせずフラフラとダイナーに寄っているかといえば、やむを得ないとは言え連勤続きで疲弊していたガメザを労ってか、モーニングコールと共に課長から休みを言い渡されたからだった。
突然の非番であったが、仕事があると思っていた日が休みなった喜びは言わずもがなだろう。しかしそういう日に限って、体を休めるよりも息抜きをしたくなってしまい、気分でダイナーまで来たはいいが、お目当てのリアムは変わらず仕事日だった。なんてオチだった。

ガメザの乏しい経済力では自家用車はおろか、交通機関ですら利用出来ない。その為、移動手段は専ら徒歩であり、勿論帰りも同様である。せっかくここまで来たのだからと言う思考が否応にも働いてしまう。

「...今日どーっすかなぁ...働かなくてもいいのは嬉しいけどいきなり休みって言われてもなぁ...ちっと遠いけどおやっさんのラーメン食ったら帰って寝よ。」

結局する事といえば、いつもの何の変哲もない変わらない日常になってしまっていた。
行きつけのラーメン屋に向かう最中、嫌な電子音がポケットから鳴る。

「...うげっ...今日休みじゃねぇのかよ...」

画面にはCallingと皇純香の文字。

(ザザ)
「なんすか課長。」
「休暇中申し訳無いが、仕事だ。」
「話が違ぇじゃねぇか(ボソッ)」
「私も休暇を与えた身でありながら、それを撤回すると言うのは実に心苦しい。わかってくれ。」
「(うわ聞こえてたなこりゃ)あーはいはい、わかりましたよ。やりますよ。どうせ拒否権なんてはなっからねぇんだろうし。」

了承しながらも眉間には微かにシワが寄り、見られていない事をいいことに、上司との会話にポケットに片手を突っ込んで話を進める。

「話がわかる部下を持てて幸せ者だよ。さて、手短に要件を言おう。ナタリア。」
「休みの所悪いな。早速だがマップに目的地をマークしたデータを送ったからまずはそれ見てくれ、詳細は移動しながら話す。」

表示を切り替えるとホログラムの小さなマップが端末から浮かび上がった。マークされた場所の方向へ進み始めるが、ある事に気付く。

「え、遠くない?」
「ガメザならダッシュすればすぐだろう?」
「うわマジかよ...」

話しながら歩きから小走りへとスピードを変えて続ける。

「それでだ、今回の仕事内容なんだが、目標地点から東に5km程離れた所に採掘場がある。そこにあった大型の無人掘削機が暴走して市街地に向かってるから、それの停止及び無力化をして欲しい。」
「簡単に言うけどよォ...絶対面倒臭いじゃんソレ。」
「ボーパル先輩がハッキングを試みてはいるんだが...」
「ゴメンネ〜!ガメザくぅ〜ん!これ無理かも〜!」
「だそうだ。」
「はぁ...まぁいいや、んで他には誰いんの?」
「あぁ、リアムさんが後から向かうそうだ。」
「え、それだけ?戦闘出来るやつは?」
「いないが?」
「嘘でしょ。」
「いやマジだ。」
「ハァーーーやる気出ね〜」
「ああそれと、課長から一言あるそうだ。」
「ガメザ、今回は休日出勤扱いだ。健闘を祈る。」
(ザザ)

通信が切れると同時に鋭利な歯をした口角がニッと上がり、足元のコンクリートが少し凹み、翡翠色の何かが飛んでいった。









「...デカすぎじゃね...?」

建物の屋上を飛び移って移動している途中から見えてはいたが、間近で見るとあまりの大きさに唾を飲む。対象は市街地へと伸びる舗装された道路をゆっくりと抉り取りながら進んでいる。

(ザザ)
「か、課長、いくらなんでもコレは無理じゃね...?しかもこのサイズじゃ流石に情報規制も...」
「ああ、言った通りサイズがサイズだ、しかしボーパルが無理を通して10分稼いだ。」
「いやいやいや、10分でもこれは無理だって!!!」
「安心しろ、直にリアムが到着する。そうすれば事は全て解決する。」
「さっきからずっと気になってるんすけど、アイツが来たからどうなるってんすか?」
「自分で頼んでおいて忘れたのか?」
「一体何の話を...」
(ザザ)

遠くからバイクの駆動音と聞き覚えのある声がする...どうやら無線からではなく、ガメザに近付いてくる何からしい。

「...ァァメザァァァ!!!!受け取れぇぇぇえええ!!!!」
(キィィィィ)

出過ぎたスピードを、無理やりブレーキをかけた時に鳴るタイヤとアスファルトが擦れる音と共に、バイクに乗ったリアムの叫び声が響く。と同時に、わざとバイクの前輪しかブレーキをかけていないのか、後輪がリアムの後頭部よりも高い位置に来たかと思えば、人1人が入りそうな見慣れた小型コンテナが、こっちに向かって投げ出された。

「ッハン!!そういう事かよォ!」

こういう時の状況を瞬時に判断できるのは、流石と言うべきなのか、ただの勘がいいだけなのか。投げ出された小型コンテナを上半身を反った状態で避け、反発する板バネの様に左足がコンテナの裏面を蹴り、更に加速する。
蹴り抜けた左足が地面に着くと、そのまま全体重を左足にかけ、コンテナの飛んでいった方向へ飛翔する。速度が増したコンテナにすぐ様追いつき、飛びながらコンテナの上へ降り立つと、後方にいるリアムから無線が入る。

(ザザ)
「聞こえるかガメザ!」
「ああ!」
「装着の仕方は前と同じだが、出力が前のより跳ね上がってる!フルパワーは抑えて反動にだけ注意しろ!」
「おう!」
「実戦になっちまったが一応これが試運転だ!」
「ハッ!お前が作ったんだからはなっから試運転なんざいらねぇだろ?」
「フンッ、愚問だったか。ああそれともうひとつ!」
「あ?」
「壊すなよ!」
「...」
「壊すなよ!!!!!!!」
(ザザ)

強引に無線を切る。
足元のコンテナの蓋を引き剥がし中を見やれば、腕を通す穴が装着しやすい様、斜め上向きにせり上がる。全体の印象は以前より少しシュッとしており、装甲部分には【Harpe-壬式】とペイントされていた。

(ザザ)
「課長ォ!」
「ああ、『承認』。」
(ザザ)

その言葉と共に両腕を穴に突っ込むと、緩んでいた外装が下の層から順に締まって行き、肘から手首にかけてネオンイエローのエネルギーラインが走る。

「へぇ、着け心地はちっとキチィけど、意外と軽いもんだな!」

装着して拳を開閉している間に300mもあった距離はあっという間に縮まり、すぐ目の前まで飛んできてしまっていた。

「よっと。」

その場から軽くジャンプすると、コンテナは先に巨大な歯車に等間隔に付いた掘削バケットにぶつかり、空き缶の様に辺の長い方向にぺしゃんこに潰れてしまった。

「オッッッッッッラァァァァアアアアア!!!!!!!!」

ガメザはと言うと、コンテナと一緒に加速した勢いを利用し、コンテナがぶつかった箇所よりも1段上のバケットに、思い切り振りかぶった【Harpe-壬式】の強烈な1発を食らわせる。

(ゴォォォォォォォォォォォン)

恐竜の様に前後に長い採掘機の芯を捉えた一撃は、航空機の離陸時の様な轟音と共に、先端に付いた厚さ1.5mもの分厚い掘削部の円盤をひしゃげ、向こう側のトラスフレームはバキバキと不揃いに縮んで折損した。

「いっつー!!!ちっと肩イっちまったじゃねぇか!!!!」

しかしそれでも対象は移動し続ける。例え仕事をする部位が壊れても、真っ直ぐ向かって行く。舗装の後始末は楽になったが、止まらないのであればこちらの"仕事"は終わらない。

(ザザ)
「ガメザ!!!まだコイツは止まってない!!!片方でいい、キャタピラをぶっ壊せ!!!」
「オッケー、了解!!!」
(ザザ)

300m後方から採掘機の下部を見ていたリアムがその場でガメザに指示を出す。ガメザは空いている左手で先程破壊した掘削部を掴んで、キャタピラ目掛けて下に飛んだ。
着地は左手の拳で地面を殴って衝撃を無理やり分散させつつ、そのまま体の内方向へ殴り抜けてキャタピラへ向かって水平にに飛ぶ。

「っこれで、おっっっっっっっわり!!!!!」

キャタピラの正面...では無く真横を通過しながら、赤熱した5本の爪で深く長い傷を付けた。
通り過ぎた後は、金属が鈍く軋む音と共に巨体が徐々に傾いていき、地響き土煙を立てながらゆっくりと横転し、沈黙した。

(ザザ)
「終わったっすよー。」
「ああ、こちらでも対象の停止及び無力化を確認した、よくやった。」
「はぁ〜あ、とんだ休日だったぜ〜」
「ご苦労だったな。今しがた解体と清掃、それと支援を向かわせた。到着後現場の引渡しと治療を受けろ。」
「え、もう帰りたいんすけど。」
「引渡しまでが仕事だ。それにさっき肩をヤっただろう?」
「あー、こんなん殴れば治りますよ。」

(バギッ)
「(うっ...痛っってぇ...)」

近くにあった瓦礫に右肩で体当たりすると、管制室内にマイク越しからゴリっとした音が鳴った。思わずモニタリングしていた内の1人が、目を閉じ耳を両手で塞いで少女らしい声を小さく上げた。

「ほ、ほら、この通りどうにか...っててて。」
「全くも〜痩せ我慢は体に毒だよガメザく〜ん?大人しくシエンちゃんの手当受けなさいっ!」
「へ、へーい...」
「あと5分もすればヘリが到着するからリアム君と待っててネ。」
「了解っす。」
(ザザ)

瓦礫と化した採掘機の上を軽快に飛び跳ねながらリアムの元へと戻ると、どうやらリアムの表情が芳しくない。

「なんだよその表情はよぉ?この通り完璧に終わらせてやったぜ!」
「...いっつも言ってんだろ!テメーの扱い方は雑すぎるんだよ!さっきだってフルパワーはやめろっつっただろ!」
「あぁん!?やめろなんか一言も言ってねぇだろうが!」
「あの場合の抑えろはイコールやめろだろ!だからいつまで経ってもバカなんだよ!直すこっちの身にもなれってんだ!」
「壊れてねぇんだから結果オーライだろ!?あそこで全力かまさねぇとこうならなかったかもしれねぇだろうが!!」
「そんなの結果論だろ!?僕は考えて行動しろって言ってるんだ!このアホガメザ!」
「あんだとクソリアム!!」

いがみ合い、少し間を置いて。

「でもまぁ...」
「あ?」
「あの威力は流石お前の作った物ってトコだわな。」
「ふっ、お前が使う事前提で作ってるんだ、あれぐらい出てトーゼン。逆にお前じゃなきゃ、あんなアホみたいな出力にならねーよ。」
「「...」」
「「アッハハハハハハ!!!!」」

2人は声を合わせて高らかに笑う。
1人は自分の当たり前の才能に、1人は自分の持つ力に。








庁舎に戻る途中、ヘリの中でガメザは猫又に無理をし過ぎと、リアムはモニター越しのヘレンに出力の上限についてこっ酷く説教された。

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