社会性の練習(二十三)

「母」と「兄」を詠み込んだ短歌をまとめてみたのだが、まとめてみてこの一年「母」と「兄」を詠み込んだ短歌を作っていないことに思い当たる。ドラマの考察などで目にする「○○はここで物語から退場する」という表現が好きなのだが、それでいうと兄は退場したっぽい。〈冷凍機能がなくて一年アイスクリームを冷やせなかった兄の婚約〉。
一方、母は最近は比較的安定していて、老人ホームで暮らす祖母の見舞いと糖尿病の予防兼治療が中心の日々に退屈はしているようだが、ご飯に誘ってくれる知人もちらほらいるようで一安心。と言いつつ、いまだに当時驚くほど強く依存された衝撃が消えなくて、普通のLINEなのにネガティブなトーンで読んでしまったりする。隣室の人間の声についてもそうなのだけど、わたしは当時の衝撃がピンポイントで蘇るというより、薄まった状態のまま靄のように残るつづけるタイプのようだ。
わたし自身は復職してからもう9ヶ月目に入っているようで、時の流れの早さに驚く。同じ境遇の(同じ部からの持ち上がりではないかたちで異動してきた)後輩社員がひとりとシンプルな(?)後輩社員がふたりできたことで精神的にかなり楽になった。以前に、とある誕生日診断で(プラスのニュアンスだと信じたいが)人の上に立つことでのびのびできるタイプだということが書かれていたことを思い出す。

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