解釈の迷う歌①

歌会などでときどき耳にする「上句が好きだったので票を入れました」のような部分点をわたしは短歌に認めていない。そのため、これまでは何よりもまず一首として完成していると自分で判断した歌しか基本的には引用したり言及したりしてこなかったのだけど、それを厳密に適用し過ぎるとなにも言えないと思う機会も増えてきたので、解釈は迷うがちょっと喋りたい歌についてつらつら書いていきたいと思う。

みんな壁薄いと思ってんのかなアパートという楽しい楽器

郡司和斗『遠い感』

下句の〈アパートという楽しい楽器〉という表現から、一首は、壁の薄いアパート内の喧騒を決してネガティブには捉えていない。だとすると上句は? 壁が薄いことで音を出すことへの割り切りがアパート内の住人に生まれた、ということだろうか。壁が薄いことで住人の動きが慎重になり、慎重になった結果それでも生まれる生活音を〈楽しい楽器〉とまでは呼べないだろう。などと、書いてみて、上句は、〈みんな〉と思っているひとりの人間の心情と読むのがベターなのかもしれないと思い至った。つまり、〈みんな壁薄いと思ってんのかな〉には、自分は壁が薄いと思って生活音の放出にも気を使っているが、聞こえてくる音のボリュームや中身を思うにこれは壁を薄いと思っていては出せる音ではない、という気持ちが込められている。散文化すれば、「自分以外のみんなは壁が薄いということがわかっているのか」ぐらいのニュアンスになる。だとすると、〈アパートという楽しい楽器〉は文字通りの意味ではなくなってくる。

電車に乗って乗り換えながら移動する 東京をカッターで切っていく

永井祐「いろんな移動手段」『短歌研究』2023年10月号

上句は迷わない。問題は下句。解釈を迷わせる要因は〈東京をカッターで切っていく〉という表現なのだが、一般論で考えると、①東京とりわけ山手線からイメージされるような円型の路線図、その円型の路線図を上空から見たとき点としてのわたしが〈乗り換えながら移動する〉さまが、カッター(ナイフ)でピザを切っているイメージと重なる。と、実際に書いてみると、かなり無理のある読み筋だが、〈東京を〉に比重を置くとこうしたイメージがまずは出てきた。〈わたしは固いTシャツを着てiPhoneでグーグルマップスを立ち上げる/永井祐『広い世界と2や8や7』以下引用すべて同じ〉。〈カッター〉から〈セロテープカッター付きのやつを買う 生きてることで盛り上がりたい〉の〈カッター〉+切るを読んでしまったせいもある。②〈カッター〉は「カッターシャツ」の、〈切っていく〉は〈突っ切っていく〉の省略として読む。こちらにも〈来年は3回告(こく)ると君は言うコーデュロイのきれいなシャツを着て〉〈火曜の次にくる水曜の中央で腕をぼこぼこ手すりにあてる〉〈アンチ・コート・カーディガン十二単スタイル きっと3月まで寒いから〉といった先行歌があり、また〈高校生レベルのメンズファッションの語彙でたのしく生活をする〉という歌も踏まえるとこちらの可能性が濃厚か。FPS(②)とTPS(①)のあわせ技なのかもしれないが、そこまで読まされるのはつらいかな。

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