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令和5年を振り返る

 気が付けば12月も中旬となりました。あと2週間くらいで年が越すわけでございまして、毎年のごとく一年過ぎるのが早いと感じているところ。
 さて、今年令和5年は私にとって自身を取り巻く環境が大きく変わった一年でもありました。せっかくなので振り返ってみたいと思います。
(話の都合上、アイマス、特にミリオンライブ!(以下ミリオン)の話が多くなりますので予めご了承くださいませ)。

(↓いわゆる目次というものです)


絵を描き始めた話

 今年の振り返りなわけですが、話の都合上令和4年の秋のところから書きたいと思います。
 この頃といいますと、アイドルマスターミリオンライブ!シアターデイズ(以下、ミリシタ)というゲームを始めて大体1年くらい経ったころでございまして、飽き性な自分にしては結構はまって続いているなと感じていたころ。まあ、生活の一部になっていたわけでございまして、ゆるーく楽しくやっていたわけでございます。
 ところでこの少し前の事であったかと思いますが、Twitter(現、X)にとある機能が追加されておりました。現在でもありますが「スペース」というものです。詳しい説明はここではしませんが、これによって直接声によってお話ができるというものでございました。
 最も、この時は時々TL上にて開催されているものに入ってただラジオ感覚よろしく聴くにとどまっていたわけでありますが(そりゃ相手方と何ら交流があるわけでないですからね…)、あるとき、いつものように聴いていますと、そのスペース主の方が「誰か入ってこないか?」と言われたわけでございます。好奇心といいますか、せっかくなのでこのお誘いに乗ることにしましてお話をしたわけでございます。
 ところでこのスぺ―スの主の方もミリオンのP(プロデューサー:アイマスをやっている人はたいていこのように呼ばれる)でございまして、また、絵を描かれる方でございました。
 この時どういった会話をしたのかよく覚えていないんですが、私の中で何か思うところがあったのか、絵を描き始めることにしたのでございます。
 
 んで誰を描こうか思っていたところ、たまたま手元に木下ひなたのラバストがあったんですね。じゃあ、それをとりあえず描いてみようとしたんですが、描くにあたってはその元となるキャラををよく見ることになるわけでございます。今まで特に気にしていなかったのに、私など絵を描き始めた途端すっかり気になり始めて、気が付けばいわゆる「担当」というものになってしまったわけで。ちなみに担当はもう一人周防桃子という子がいるのですが、ここでは割愛。

 まあ、そんな感じで時々絵あるいはらくがきなどを下手なりに描いてはTwitterとかに上げたりして、思ったより反応が返ってきて戸惑ったり、あるいは新しくフォローをいただいたりしてありがたい限り。

一例
一例(その2)
上手になりたいものです…

ミリオン9thライブ

 さて、そんなこんなで年が明けまして令和5年は1月のこと。ミリオンは恒例の周年ライブを行っておりました。例によって配信で観ていたわけなんですが、このライブを観ていた時「どうして自分は現地にいないんだ…」という気持ちになったんです。
 現地に行きたい、という気持ちが高まったわけなんですが、ミリオンのライブは大体一年に一回の開催。となると次回の開催は大体一年後。そう踏んでいたのですが、ライブ2日目の業務連絡(いわゆるお知らせ)で次回のライブがツアーで開催され、しかも初回が4月にあって場所も埼玉、これは行かねばと思いライブ終了後速攻でライブのチケットに申し込んだのは言うまでもないのでした(アソビチケットの最速で申し込むのにプレミアム会員にもなったり)。

 ※ちなみに2月に合同ライブがありましたが、これは旅費などの関係から断念(私は北海道に住んでいる関係でどうしても現地に行くとなると旅行となるわけでございまして、これもなかなか現地に行くのを難しくしていたのでありますが)。

 そんなわけで、今まで手の届かないところにあった現地というものがにわかに近づいてきたのでありました。

当落が発表になって春になるにあたって

 そんなこんなで、何とか現地のチケットを工面するに至りましてそのほかもろもろの手配も済ませ、あとは春を待つのみ。 
 その辺りの話は長くなるので、恐れながら以下の記事を参照いただければ幸いでございます。

(以前はこっちの方で書いていました)

 さて、この間ずっとウキウキで過ごしていたかといいますと、そうでもなく、実際のところ主に仕事などで疲弊がたまっており、正直なところライブの事も頭から抜けることもしばしば(冬というのは実際嫌な季節でございます…)。
 お絵描きの方はといえばこれも時々描くにとどまっておりました。

 そして、雪が解けましてようやく春になって。 
 何とか無事にライブに行くことができたわけでございます(ミリオン10th Act1)。これに関するお話は先の記事の続きなどをご確認いただければと思いますが、ともかくとして私の中で世界というものですか、そういったものが広がったような気がします。
 語彙の少ない人間でございますから、これをうまい言葉で言い表すことができなのがなんとも残念ですが、少なくとも行って良かった、とそう思える出来事でした。


祭りのあとはいつもさみしいもの
でも、楽しいという思い出もまた強く残っているのです

さみしいけど嫌いではないこの感情


 
 ところで、今は降りてしまったのですが、この頃はまだバイクに乗っておりまして(CT125、ハンターカブ)、時間のあるときなどバイクに乗りまして適当に出かけておりました。

お出かけの話

 去年はお船に乗って本州にも行ったんですが、今年は道内にとどまっておりました。
 いろいろありましてなかなか出かけることも少なくなってしまったんですが、それでも時々は乗っていました。

 5月の事でしたが、私、もともと鉄道が好きな人間でございます。ところで北海道となりますと、その歴史上炭鉱と切っても切れない関係があります。
 私の先輩にそういったものが好きな方がおりまして、その影響もあって炭鉱にも興味を持ち始めたころ。
 丁度三笠市の山の中に幾春別という町がありまして、そこに奔別炭礦の立坑の跡があるのですが、そこの一般公開のイベントがあるという話を見かけました。普段行くことができない(会社の私有地のため)ところで、丁度私の仕事もお休みときました。

素晴らしい大自然は、その奥深くに無限の資源を秘めています。
ここは北海道奔別鉱業所。
この立坑はドイツのGHH社と技術提携して完成した我が国初めての二本策立坑設備であります。
(昭和35年 完成記念映像 立坑 より 冒頭) 

 こういった跡を見るのは結構好きでございまして、特に子供の頃、留萌というところに住んでいたんですが、ここのあたり沿岸沿いに北上していきますと、旧国鉄の羽幌線の跡が残っているんです。そういったものをよく見ていたわけで、自然そういったものに興味を持つことになったわけでございます。
 
 こういったものは何度見てもいいものです。そこまで詳しくないので詳しい話はしませんが、まあとにかく大きいこと。地中深く潜って人やものを運ぶための巨大エレベーターともいうべき存在。インパクト大でございましてただただ圧倒されていました。

 また、6月には念願(?)の道南方面へのツーリングも決行しました。
 函館の近くに私の祖父母が住んでいまして、コロナのさなかでなかなか行くことができず、今回行くにあたってせっかくなのでバイクで行ったもの。

 ところでこのバイク、125ccクラスのため高速などは乗ることができません。なのでずーっと下道を行くことになります。札幌から中山経由(行きは壮瞥に寄りまして、帰りは有珠山の噴火跡を見に行って)、で大体片道8時間くらい。正直疲れましたが、それ以上に楽しかったお出かけでした。祖父母も元気でいるようで一安心(それでも年がたったのを感じずにはいられませんでしたが、これは仕方のないことで)。

旧R230
噴火で階段状になってしまった(画像の奥は虻田市街)

 ところでなんで壮瞥に寄ったのかと申しますと、先に述べましたように、私のいわゆる担当に「木下ひなた(以下ひなた)」という子がおります。んでこの子の出身地の説にこの壮瞥というのがありまして、せっかく近くを通るならと寄り道をしたのでございました。

(詳しくはミリオンのBlooming Cloverというコミックスの9巻あたりを読んでいただけますとお分かりになるかと思われます)

 また、この少し前には恒例となっていた地元へのツーリング帰省も慣行

(↑これは道中狩勝峠山頂にて)

 (実際のところ日勝峠を通ったほうが早いんですが、いかんせん道中に大きな街が無く、またトラックなど多いうえに峠が走りにくいんで避けていまして…。特にカブなどの小排気量バイクだと遠回りでも富良野を通ったほうが何かと安心という感じです)。


さて、夏でございますが再び現地へ…そして

 それはそれとして夏になりました。
 普段であればライブは年一回、次回は来年、というのが通例でしたが(3rdや6thもツアーでしたが)、今回はツアー、一年で4回もございます。次の開催は7月下旬の名古屋。もちろん行きました。

星梨花かわいい(ポートメッセなごやにて)

 ところで、この時は前回と事情が異なりました。 これは自分に対する戒めといいますか、あるいは反省なのでございますが、このライブに行く直前、胃腸炎をやらかしておりまして、ギリギリまで体調がすぐれておりませんでした。結局動ける程度には回復はしたものの、万全とは言えない状態。安全を考えるなら旅行を見合わせるべきだったんですが、この時は行けると判断しまして現地へ行ったわけでございます。 

何見てグッドサインしたんですか??


 ライブはとても楽しく、しかも2回目ですからある程度要領もわかってきたところ。しかも今回は一人ではなく、現地にて一緒に行く方もおりました。まことによくしていただきまして感謝の気持ちで一杯でした。
 が、もともと完全に体調が戻っていなかったところに暑さなど様々要因はあったんでしょうが、結果として体調がジェットコースターよろしく上下した挙句、帰ってきたその日の深夜(日が変わった頃)、高熱と寒気で目が覚め、病院に行ったところこれがコロナの陽性。
 幸いにして私とかかわった方でコロナなどにかかった方はいなかったものの、ただただ申し訳なく思うとともに、判断の甘さ、ミスを悔やむことになりました。
(無理をしてはいけないということでございます)

シャトルラン

 シャトルランといえば昔、学校の体力測定でやった方も多いかと思いますが、まさしくそれです。ただ、この場合20mではなく220kmです。

 仕事の都合で月に一度ほど出張が発生することになりまして、こうして往復しておりました。幸いだったのは地元の方だったので実家から通うことができたということでしょうか。これだけでだいぶ楽ではありました(最も実家に負担をかけてしまっているのは申し訳ないと思っているところでありますが…)。

 しかしながら、疲れはたまります。また、移動のため休みも実質なくなっていきます。
 こんな状況では何もする気力が湧かなくなっていき。お出かけもすることが少なくなっていき、結局これは晩秋にバイクを売却するという結果につながるわけでございますが。

 それでも相変わらずミリシタはやっておりましたし、絵もちまちまと描いていました。

ミリアニ

 ミリオンライブのアニメが放送中(記事作成段階)でありますが、テレビで放送する前に映画館で先行上映というものをやっていたんですね。私は幸い映画館の近いところに住んでいましたので行くことができました。
 
 先行上映を行うということに関しては様々の意見がありましようが(私も観るタイミングに大きく差が出てしまうという点に関してはあまり良くは思っていないわけでして。特に北海道は土地が広いので物理的に無理という方も多くいらっしゃたかと思います)、ともかく行って良かったとは思います。なんせ3幕計7回も行きましたから…。
 上記の通りなかなか忙しい中ではありましたが、我ながらよく通ったものだど今でも思います。
 
 終わった後に名も知らぬPさんたちと語り合ったのも懐かしい思い出です。

壮瞥再び

 あれは10月3日の午後の事。
 仕事から帰ってきて適当に過ごしていますと、私のTwitterの相互の方から一通のDMが。?とおもってみてみると

という内容。(↑ひなためんこいですね)

 先に壮瞥に寄った話はしましたが、まさかこのようなことが起こるとは…!
 当然のごとく(?)狂喜乱舞し、お部屋で一時間ほどそうしている異常成人男性が出来上がったわけでございます。怖いですね。

 というわけで行ってきました壮瞥へ。
 10月21日の事でございました。
 
 はじめ壮瞥へはバイクで行こうと思っていたのですが、10月の下旬、しかも峠越えがあるとくればとても危険(雪が降って来ますし鹿とこんにちはすることもあります)、さてどうしようかと思案していますと、誰か一緒に行きませんか?という募集を見つけまして、この方ともう一人、計3名で一路向かうこととなったのでございます。

雪の降っている一例(帰路にて)


ひなたが実在している…!

 10月となると結構寒くなってきまして、結構着込んで行ったんですがそれでも寒かった記憶があります。

たのしかった

 よいイベントでしたので今後とも続いてくれますとうれしいですね。

一年ももうすぐ終わり

 そうしている間にツアーのAct3も終わり(今回は配信でございました)、気づけば雪も積もってしまったわけで一年の過ぎるが年々早く感じるこの頃です。

 そういえば先日Act4の最速先行抽選がありまして、なんとか両日現地に行けることになりまして一安心です。
 今度のライブは2日目がなんと初の39人全員集合となりまして、それもあってか倍率もそこそこのものがあったと思われます。
 
 いったいどんなライブになるんでしょうか。楽しみですが、まずは7月のようにならないように、体調には気を付けて、また、冬の季節ですから往復の足がちゃんと確保されることを祈りつつ…。


 これまでまとまりなくなんとなく書き綴ってきましたが、今年は冒頭にもあったように私にとって大きく変わりのあった年でした。

 正直ここまでミリオンにはまるとは思いませんでしたし、交友関係も結構広がったんではないかと思います。
 普段からお世話になっている皆様方にはいつも良くしていただきありがたい気持ちでございます。ありがとうございます。今後ともよろしくお願いいたします。

来年も一年何とか生きていきたいと思います。どうぞよろしくお願い申し上げまして、この記事を終わりたいと思います。


  終
制作・著作
 みずしま

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