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古美術 雑感

30歳目前、転職先が決まって
実家を出た。
そして、2年前に実家に戻った。

6年前に父が他界し、ひとりになった母を
当時,私が住んでいた都心のマンションに
引き取ったが、1年が経過したとき、
母が言い出した。

『家(実家)が気になる。帰りたい』

それから1ヶ月後、実家に引っ越した。

その後実家で、在宅で仕事を続けならが、
母の世話をして、
実家の片付けを進めていた。

ひととおりの片付けは終えていたが、
最も難しいモノがしっかりと残っていた。

6年前に他界した父は
アマチュアの書道家だった。
せっせと作品を作り、書展に応募していた。
賞をいただいたものもあったようだ。

その父の作品が、狭い家のそこら中に
飾ってあり、入選作はしまってあり、
書の道具が山ほどあり、
七福神のような縁起物の置物が
飾り切れないほどあった。

特に書の道具はすごかった。
筆の数。美術品のような墨、文鎮、
筆受け、筆筒。
1mを超える作品のための半紙。
小筆を立てている陶器も、中国製らしい。
硯も、みごとな細工のあるものから、
大きな作品のための巨大な硯まで。

とりあえず家中にあったこれらのモノを
オープンラックに集め、書は日焼けを避けて
押入れにしまった。
それはそれは大変な作業だった。

ある日とんでもないモノを発見!

片付けをしていたある日、
手書きのメモが出てきた。
そこには驚きの文字が・・・!!

美術品リストというタイトルの
蒐集品リストで、牛の置物の欄に

「美術鑑定を受け、2,000万円の価値」

私の目にはどれが2,000万円なのか
全くわからない。でも、そんなモノが
この中にあるらしい。。。

私の感性だけなら、片付けの最初の段階で
処分していたであろう置物たち。
しかし、そんなメモを見れば、
捨てられるわけがない。
とにかく、家中を確認して、
父の蒐集品はオープンラックに集めておいた。

それから2年。私は会社員という
ステータスを卒業し、
平日も昼間から時間が取れる身分になった。
じぶんのモノや母のモノ、日用品、
小物類などの片付けが2周して、
父の蒐集品に戻ってきた。

今後のこともあり、実態を正しく
把握しておきたいという思いもあって、
父の蒐集品を、信頼できる古美術商に
見てもらうことにした。

実績のある古美術商のHPから
出張鑑定を依頼した。

「父はアマチュアの書道家で、
 書に関するモノや骨董市で収集したものが
 100点以上あります。
 実は、父の手書きのメモが見つかりまして
 牛の置物、美術鑑定を受けて2,000万円と
 書かれています。
 一度ちゃんとみていただきたいと
 思いまして」

古美術商、やってくる

当日までは、もうドキドキ。
なにせ2,000万円だ。
これって相続税必要?とか
妹とどう分ける?とか
マンションが買えちゃうかも!とか
他にも価値があるものが、あったりして、
とか・・・

古美術商の店主さんはアシスタントを
連れてやってきた。

2,000万円は牛の置物だったが、
まずは掛軸から。

落ち着け、落ち着け。

日本の書、日本の水墨画、台湾の書、
中国の書、
そして昭和天皇・皇后両陛下の肖像と詩?

  • これはプリントですね。

  • これは日本で作られた模造品です。

  • これは中国のものですが、お土産品ですね。
    こんなに落款が並んでいるのは、
    これがあると価値があると思われると売主が考えたんでしょう。
    (価値・意味のない落款の羅列)

  • これは有名な書家のものですが、多作であまり価値が出ない

  • これは箱はありませんか?
    箱と箱書きで、どんな人の手に
    渡ったかに価値が出るんだけど。
    (その作品に箱はなかった)

昭和天皇の肖像を初めて見たときは、
本当にびっくりした。
とんでもないものがあった!と驚愕した。
しかし、古美術商さん曰く。
「これは昔の家には必ずありました。
 これはプリントです。」

次に置物。例の牛の置物がある。

「2,000万円のメモは、実物と別に保管されていたので、
 どれかは確定できないのですが、厳重な保管状態から考えると、
 これじゃないかと思うんですが。」

そう言って、置物が入っている箱を手渡し、古美術商に見ていただいた。

「これは、確かに有名な〇〇の作品です。
 確かに、バブルの時代には高く売れました。
 ただ、この作品は多数作られています。
 もともと、これは12支で1組の
 シリーズもので、他の11体と一緒なら
 価値が出ます。しかし、牛だけだと、
 ほとんど価値がありません。
 2,000万円は、この作家の過去最高の
 取引額のことを言ったんでしょう。
 今はそんな値段はつきませんね。」

う〜〜〜、夢はあっけなく消え去った。。

やっぱりね。そーだよね。
そんなハズないよね。。。

鑑定は淡々と進む

置物の他にも筆・墨・硯・筆受け・
筆筒などの書道具、
香炉、古銭、母のアクセサリー、などなど。

古美術商は、その後も淡々と
モノを広げ、触り、見ていった。

ひととおり終わって、古美術商が総括した。

残念ですが、古美術と言われるものはありませんでした。

古美術ではないので、お店で売るのではなく、
アンティークマーケットのような所で
売るしかありません。

お父様のものですから、ご家族で手元に残しておきたいと思うものは
お取り置きいただき、あとは引き取ることが可能です。
ご自身でアンティークマーケットや
ネットオークションに出品されることも
可能です。
ただ、手間がかかるのと、サイズや重量の関係で送料が問題になります。
ご自身で売却される方が実入がいいですが、
手間や送料を考えてご判断ください。

提示されたのは、全部を引き取って、ちょっと贅沢な食事1回分程度。
これが現実だ。。。

いったん全てを保留にして、別の古美術商にセカンドオピニオンを
依頼することもできただろう。
しかし、それは選択しなかった。結局ほぼ全部を引き取ってもらった。

現代の生活とアート

鑑定は父の蒐集品が目的だったが、
他にもいくつか聞いてみた。
なにせ、古美術商という人と話すのは
初めてなのだ。

例えば、洋画。10年以上前に
1年間の分割払いで手に入れた洋画がある。
色合いが気に入って手に入れたのだが、
大きめの額に入っていたこともあり、
とても重い。
飾ろうと思って、以前に内装業者さんに
相談して、こんなことを言われた。

「この重さは、壁材を補強しないと
 壁掛けは不可能。
 床置きして楽しむしかないですね。」

ビビッドなピンクー普段は苦手な色なのに、心が動いた自分に驚いた。
1年かけて手に入れたはじめての絵画

その絵を見てもらった。
「この色彩は売れても高値は難しい。
 重くて飾れないのは、額のせい。
 余白もたっぷり取ってあるので
 もっと小さくて軽い額に変えたら?
 現代は、絵やアートを飾るにも、
 もっと気軽に。
 何枚も用意するとかレンタルを利用して、
 気分に合わせて
 どんどん掛け替える時代。」

これは納得した。まさに、私自身が
そう考えているからだ。
気分や季節によって、住空間を演出したい
ムードや彩りは変わる。
インテリアショップや雑誌を見ても、
小さめのアートを複数
飾っている例がたくさんある。

つまり、サイズ的に大きい絵や
重厚すぎる絵は、現代の家では
居場所をつくってもらえない。
活躍の場が限られているいるから
売買も難しい、ということだ。

もうひとつ、初めて聞いたお話。
母の所有だったパールのネックレスと
最近私が手に入れたアンティークパール。
どちらもそれなりに重さがあルもので
本真珠だと思っていた。

ところが。

実は、両方ともイミテーション。。。

簡単な判別方法を教えてもらった。
パールの粒どうしを優しく
こすり合わせてみる。
イミテーションならツルツル滑る。
本真珠の表面はツルツルではないので、
こすり合わせるとザラザラする。

やってみると、ふたつともツルツルだった。

古美術商が帰った後に、本真珠で試してみた。

驚いた。全然違う。確かに滑らない。
なるほど。
鑑定結果は残念だったが、いい知恵を
授けていただいた。

本当に価値あるモノを手に入れる方法

最後に、もうひとつ聞いてみた。

最近手に入れた茶碗がある。
見事な有田焼で、
購入したギャラリーでも、
この作家は特別だと大絶賛だった。

それを古美術商に見せたら、
瞬時に作家名を当てられた。
さすがプロ。

値段を聞くと、私の購入額は、
プロからしたらあり得ない高値だという。
金額の問題ではなく、
どれだけ中間マージンが乗っているか、
というお話。

どんなルートを辿って私の元に
やってきたのかはわからない。
販売額は、関わった人たちの記録だ。

「じゃ、プロが購入されるような金額で
 購入するにはどうすればいいですか?」
と聞いてみた。こう答えられた。

古美術商のライセンスを取って、自分でオークションに参加することですね。

なるほど。それはそうでしょう。

調べてみたら、古美術商のライセンス取得だけが
目的なら、難しくはなさそうだった。
しかし、大切なのは、モノを見るセンスをどう養うか。
どれだけ『本物』や『いい物』に触れる機会を作るか。
目利きにならないと、オークションでは何もできないか、
手玉に取られるか・・・
資金力も必要だろうし。

ということで、しばらくは美術館・博物館・ギャラリーなどに
足を運んで、いろいろなモノに触れる機会を自分に与えてみよう。

10年ほど前、ロンドンのアンティーク・マーケットで見つけた、
ラピスラズリの小さな仏像

結局、古美術商に大きな段ボールに5箱を引き取ってもらった。
家はガランとした。
私はスッキリしたが、家は自分を飾ってくれていたモノたちを失って
ちょっと寂しい思いをしているかもしれない。

でも、これが時の流れ。諸行無常だ。
この家の今の住人が、ときめく空間に変えていく。
それだけだ。

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