おばあちゃんと金魚の飴
咳をしても金魚。これはおばあちゃんと私のお約束だった。小さな頃、咳をした私におばあちゃんはいつも飴を手のひらに乗せてくれた。それは、かわいい金魚の形をした飴。口に含むと、じんわりといちごの味がして咳が静まっていった。
そんな事を思い出しながら、私はひとりぶらぶらと歩いている。今からおばあちゃんに会いに行くのだ。
小さな頃、私はおばあちゃんのお家に預けられていた。それはいわゆる「おとなのじじょう」というもので、それが何なのかは私に知らされることはなかった。おじいちゃんもおばあちゃんも私が寂しくないように、たくさん可愛がってくれたことはよく覚えている。
保育園でお友達の風邪をもらってきては咳をする私をふたりとも心配してくれた。そんな時に、おばあちゃんは金魚の飴を私の手のひらに乗せてくれていたのだ。
「みーちゃん、咳出るのきついね。この金魚さんの飴を舐めていたら良くなるからね」
「うん。おばあちゃん、ありがとう。金魚さん、可愛くておいしいね」
それからしばらく経った頃、ママが私を迎えに来た。これからは、ママとふたりで暮らすんだと言われた。新しいお家にパパはもういなかった。ママと暮らせるようになったのは嬉しかったけど、おじいちゃんやおばあちゃんと暮らせなくなるのは寂しかった。
小学生になった私はもう風邪をひく事もあまりなかったし、たまに咳が出ても金魚の飴を舐める事はもうなかった。
それから長い月日が経った。
おばあちゃんの所に行く前に、飴屋さんに立ち寄った。ここは、おばあちゃんがあの金魚の飴をいつも買っていたお店だ。店内に入ると、色とりどりの可愛らしい飴がたくさんある。奥の工房では、職人さんが飴を作っている様子を見る事ができる。視線を動かしていると、あの金魚の飴があった。私は、金魚の飴を2袋買った。久しぶりの金魚の飴は、あの頃と変わらない形をしていた。飴の入った袋を手に私はおばあちゃんの所に向かった。
おばあちゃんは斎場にいた。中央にはにっこり笑ったおばあちゃんの写真が飾られている。そして、棺の中にはやさしい表情を浮かべたおばあちゃんが横たわっている。まるで眠っているようなおばあちゃんは今にも目を覚ましそうだ。
葬儀が始まる。お坊さんがお経をあげているのを聞きながら、私は小さな頃の事を思い出していた。ママもパパもいないのに寂しくなかったのは、おじいちゃんやおばあちゃんが可愛がってくれたからだ。たくさんの愛情を私に注いでくれたからだ。涙がこぼれそうになったけど、泣かないように唇を噛んだ。
葬儀が終わって棺に花を入れる時、私は金魚の飴を1袋そっと入れた。
「おばあちゃん。小さい時いっぱい可愛がってくれてありがとう。だから私、寂しくなかったよ。咳をした時、金魚の飴くれたでしょ。金魚の飴、入れておくから咳が出たら舐めてね」
おばあちゃんに話しかけたらまた涙がこぼれてきたけど、もう我慢しない。声を出さずに涙を流していると、そばにいたママがハンカチを渡してくれた。ハンカチで涙を拭ってから、もう1袋の飴の袋を開けて1粒取り出して口に含んだ。金魚の飴は、あの頃と同じようにじんわりといちごの味がした。
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今回、小牧幸助さんのこちらの企画に参加しました。
「咳をしても金魚」から始まるショートショート。難しいお題でしたー。
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