タンホイザーの涙 陰湿ヴェーヌス

自転車に乗って颯爽と登校してきた。明るめの茶髪はさながら王子様である。自転車置き場での一挙手一投足まで見ていたい気持ちを抑えて、ベンチで辛抱強く待つ。といっても、ものの5分だ。きた。あぁ、いつ見ても美しい。180 cmはあるだろう身長の頂上にはすっきりとした目鼻立ちのお顔がある。秋を意識したカーキ色のジャケットに白いスラックス。本当にワタシの王子様。桜井騎士郎が目の前を通り過ぎていく。鼓動が今日も騎士郎君へ聞こえないかと心配であった。いっそのこと聞こえてしまえばいいのに。桜井騎士郎の所属する研究室は5号館の三階にある。学内でも最先端の研究をしている場所である。研究室選定ではライバルも沢山いただろうに騎士郎君はその優秀さで椅子取りゲームを勝ち取ったのだ。顔も良くて頭もいいなんて。

ずっと好き。無事、大学に入学すると何をしていても騎士郎君のことしか頭に無くなってしまう。もちろん講義は受けなきゃいけないし、単位を取らなければ留年してしまう。だからこそ成績は最低限のものを獲得して学年を上がってきた。だって騎士郎君とずっと同期が良いから。ずっとそばで見守っていたいから。最初の頃は大学に留年してでも騎士郎君のことだけを考えていようかとも頭にあったが、やれ教務主任との面談や親から忠告が待っている未来は想像に難くなかった。それは面倒だ。それだけで学年を上げてきた。同期には留年しているような輩もいるが心底馬鹿だと思う。どうしたら留年なんかできるのだろう。一度だけ、留年が決まった直後の同期と話したことがある。「いやさ、サークルが忙しくて。あとは、彼女と遊ぶことも大切じゃんか。この先の一年だって絶対無駄じゃねえしさ。なんか学べる気がしてる」あまりの馬鹿さ加減に私は開いた口が塞がらなかったことをよく覚えている。私は別に興味も無い相手への過干渉など絶対にしない。納得できなくったって、ソイツの人生だ。勝手に落ちぶれてろとさえ思う。もちろん、本人への忠告なんてこともしない。留年に関していえば、最悪のケースとしてそうなった場合、"出資者"から何を言われるか分かったもんじゃない。確実に単位を取得するのは当たり前のことだろう。私だって騎士郎君のことばかり考えていても次の学年に進めるというのに。それは騎士郎君への愛があっての話ではあるけれど。

颯爽と研究室に向かう騎士郎君を見届けたあと、私は大学付属の図書館へと向かった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?