タンホイザーの涙 傲慢ヴェーヌスⅣ

"あの大学"に入学して、面倒な式典を終えた。カリキュラムの説明や健康診断のためにキャンパスを歩けば、サークルの勧誘でどこも人がいっぱいだった。何故か献血のイベントも行われていた。入学早々、誰がやるというのだろう。サークルは管弦楽団に入団することを考えていた。高校生のときから妄想し続けていたから。国立ほどではないだろうけと、理系でオーケストラの活動をするなんて、きっと頭が、良い人たちの集まりに違い無い。アタシには根拠の無い自信があった。薬学部ガイダンスで知り合った同期と楽器体験のブースを訪れた。狙いはもちろんヴァイオリン。ピアノを習っていた経験から楽器に苦手は意識は無かった。先輩団員から弓の持ち方を教わり、顎を乗せたヴァイオリンの弦に滑らせてみる。黒板を引っ掻いたような音が出た。最初はこんなものだろう。全く気にしなかった。一緒に来た同期は早々に退散してしまった。それでもアタシは念願叶ったヴァイオリンを先輩の教えに耳を傾けながら懸命に弾き続けた。「ありがとうございました。入団届けをいただけますか?」一通り楽器体験を終えたあと、アタシは先輩に声をかけた。

2週間ほど経った水曜日、管弦楽団の練習見学の日だ。学業面ではあらかた講義に関するガイダンスが終わり、時間が作れるようになったのだ。これから管弦楽団で"レベルの高い繋がり"を作っていくのだ。ヴァイオリンの先輩は10名以上いるようだった。これは玉石混合かもしれない。それでも出会いは多ければ多いほどアタリがくる可能性も大きくなる。この大学は第一志望ほどではないが、偏差値が低いわけではない。そこら辺の馬鹿な文系私立大の学生よりは全然マシな人間ばかりが揃っているはずなのだ。既に入団の意思を固めていると思われる同期を探した。楽器体験で面倒を見てくれた先輩が教えてくれた。ヴァイオリンは私を含めて4人だった。男女それぞれ2人ずつらしい。見学には男2人が来ていた。一人は黒髪マッシュヘアーに爪楊枝のような腕、何を考えているのか分からない顔。第一印象は案山子である。モノトーンが似合いそうなスタイルで身長は170 cmあるかないかといったところか。もう一人は見るからに大学デビューといった感じの明るい茶髪に180 cm近くはあるだろう身長、案山子よりは筋肉質である。そして顔は長い睫毛に切れ長な目、綺麗な鼻筋、薄い唇。つまり整った顔立ちだ。先輩に聞きそびれてしまったため、案山子と優男の名前はまだ分からない。練習終わりに声をかけてみようか。案山子はともかく、優男は人当たりが良さそうで話しかけやすいオーラが漂っている。アタシは貸し出されたヴァイオリンを構えながら既に帰りのことで頭を満たそうとしていた。

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