誰もが羽生を好きだから

将棋ファンの皆様におかれましてはいかがお過ごしでしょうか。

私は「ロマンスの神様」の「Boy Meets Girl」ってところが「棒銀だっ」と聴こえる病気になりました。

♪棒銀だっ 対ハム将棋なら銀と3歩で飛車成れる~

 棒銀だっ 早指しの神様 猫好きでしょうか~

さて、羽生四冠に只で会えるイベントに申し込んだら当選したので行ってきた話を書きます。

「先を読む力 ~未来起点で発想し、イノベーションを起こすために~」と題した只のイベントに当選した幸運な私は、明治記念館二階の会場に、開演10分前に到着致しました。見易そうな中央前方は当然埋まっております。私は、将棋盤ならば4五のあたりにひとつ、ぽつんと空いた席に座りました。クロスで覆われた長机一台に二名分の資料と、水が入ったグラス。私に許された面積は、デパートの将棋まつりのおよそ四倍。優雅な空間でスーツ姿の殿方に囲まれ、いつものように手帳とペンと、感極まって泣いてしまった時に備えたハンカチを用意して静かに待っていると、出演者が入ってきました。将棋盤ならば3一から1一の席に、偉い人、羽生、井山、室谷、加藤、室田が並んで着きました。どうやら登壇していない間は我々と同様に着席して聴講するようですよ。羽生は3一の席に。偉い人の講演がはじまります。

さあ貴方の脳内将棋盤で4五から3一を見やるとお思い下さい。脳内将棋盤がない方に向けて言えば、つまりちょっと離れた斜め前です。4五の私には、講演を聴く3一の羽生の背中が、壇上に向く羽生の横顔が見えるのです。この席、たまたま空いていたのではありません、きっと神が私に遣わしたのです。これまで鳩森神社に投げた賽銭がここで効いたのでしょうか。もしくはロマンスの神様どうもありがとう。

私の前にも羽生の前にも長机。羽生の前に机があるならば、彼はそこに肘をつくのです。チェスプレイヤーHabu Yoshiharuの姿をご存知の方ならば見慣れた、そして大好きであろう姿がそこにありました。机に肘をつき顔の前で両の手を組む、そしてほどいた手で頬を包む、お祈りスタイルとかわいこちゃんポーズを行ったり来たりする落ち着きのない羽生が見えるのです。見えるのだから、私は見ます。羽生はかわいこちゃんポーズの手を後方に、耳から首へとまわし、襟足にその美しい指を這わせたりなどします。「11ページをご覧下さい」と言われ、資料の11ページを開く羽生、資料のその先まで読んでしまう羽生、すっかり理解したのか、眼鏡を外し黄色い布で丹念に20秒かけて拭く羽生、そういうものを見ていて偉い人のお話に集中出来なかったのですが、TPPなどと仰っていて、あっという間の45分が過ぎました。

次は将棋界・囲碁界スペシャル対談です。「勝ち続けるための思考法」と題し、5つのテーマについて過去の、羽生と井山の発言や著書から引用してあんにゃもんにゃみたいなやつで大変によかったのですが、ちゃんとした内容が知りたい方はちゃんとした方が書いた文章を読んで下さい。私は手帳にメモしてありますから、ビールを奢ってくれたらお教えします。

対談の中で羽生は井山に「囲碁は素人なのでー、ダハッ」と前置きしながら、井山がテーマに添った答えを提示しやすそうな質問をポンポン投げます。ちなみに「ダハッ」は、羽生が自分の発言を笑いで締める時の音を私なりに一生懸命聞き取り、文字にしたものです。この表現については自信が持てないので、羽生に詳しい方にご教示いただければと思います。それらの質問に井山は、それはそれは実直に、囲碁のことを答えるのです。将棋を通して得た思考法を観客に分かりやすく語る羽生、そして囲碁のことを語る井山。あのね、この青年は(四冠)は、この26歳の青年は明日対局があるの。そのためにこれから京都に行くの。こういう時でも羽生(四冠)のように上手にお喋りするには、あと何年かを必要とすると思うのです。今日の井山の頭の中は明日の囲碁のことでいっぱいだから、きっと・・・

対談の後は加藤(女流二冠)対室田の席上対局。この棋譜は日経新聞に掲載されるので、買って読んで下さい。私は手帳に棋譜をとってありますから、ビールを奢ってくれたらお教えします。モニターに写る盤面を緑のポインターで指しながら解説するのですが、羽生のポインターが全くもってポイントを示さず、緑の光が盤上をうろうろしてどこを指しているのやら分からないのが面白かったです。感想戦では「モニターを横から見ているから分かりにくいですが、縦から見ても難しい局面ですね」などの羽生ジョークも聞けました。

只のイベントは終わり、羽生は私のすぐ横を通って、只ではない懇親会の会場に向かいました。ここで私は気がつきます。偉い人も他の棋士も手ぶらで、控え室なりクロークなりに荷物を置いている様子なのに、羽生だけはプラダの鞄を持っているのです。私はある日の森内を思い出しました。高崎での席上対局の際、森内は対局に不要な手帳らしきものを傍らに置いていたのです。それも二冊。とても大切な、間違っても無くしたり誰かに見られたりしてはいけない手帳。森内には手帳二冊相当の秘密があることを知りました。

羽生が控え室に鞄を置かなかったのはなぜでしょう。それはね、絶許ノート(羽生が絶対に許さない人の名前を書いたノートで、これに名前を書かれても元気に日々を送れるが、対羽生勝率が一割を切ることになる)が入っているからですよ、きっと。森内の大切な手帳には、手品のタネが書かれていると思います。


・・・おまけ(追記)・・・

ビールを奢って下さるという方がいたので、対談のあんにゃもんにゃ部分をまとめます。私の適当なメモと曖昧な記憶に基づき、3人のお話から羽生四冠の発言だけを抜粋して都合よくまとめるという無茶で、わかりにくい点があると思いますが、ビールを奢ってもらえるのでやります。井山四冠については囲碁ファンの方お願い。テーマと羽生語録(「」内)がモニターに表示され、それについて羽生四冠が解説するという形式です。

1・挑戦し続けること「積極的にリスクをとることは未来のリスクを最小限にする」

同じ局面に同じ手を指しても、今その手を指すこと、10年後に同じ一手を指すこと、どの時点で見るかでリスクが変わります。時系列で意味が変わってくるのです。また、若い時にはリスクを認識しないままリスクをとることも多かったように思いますが、経験を重ねることで結果に対するリカバリー、まとめ上げる自信がついたりすることもあるかもしれません。

2・情報をどう活用していくのか「重要なのは選ぶのでなく、捨てること」

情報にあふれた現代、それらの情報にいかに強くフィルターをかけるかが大切です。人はモニターに映った情報を正解だと思ってしまったりするものです。しかし、自分の感覚でフラットに情報に対峙し、覆せるものがないかと考えます。囲碁も将棋も部分検索、局面検索が出来ますが、同一局面が過去10局あり、局面としては互角だという結論が出ているのに結果は片方が10勝0敗だ、なんてことがあります。現在は互角という結論でも更につきつめれば差がついているのではないか?そう疑い、現在の結論の先について考えたりします。

3・イノベーションを起こすために「初見の目でみること。記憶が邪魔をすることがある」

発見にはいくつかのパターンがあり、例えばひとつの局面をジグソーパズルを解くと考えます。ピースを並べていくうちに、ある段階までくると、これはクマの絵だ、海の絵だ、そうわかります。量の積み重ねで気づく、これが量のアプローチ。また、ある一手でそれまでの歴史が覆されることがあります。常識が変わる、初見の目のアプローチです。そして、食べ物の組み合わせで新しい味が生まれるように、ウニもトマトも元々あるものですが、ウニとトマトを組み合わせることで出来る新しい料理、これが組み合わせのアプローチです。初見の目のアプローチに必要なのは、分析と記憶をわけて考えることです。すっかり忘れてしまったようなことを、細い記憶の糸を手繰る中で新しいことを思いついたりしますね。

4・モチベーションを保つために「燃えつきにならないように。集中してやること」

バーンアウト症候群という言葉は以前から知っていまして、そうならないようにと思っています。七冠を獲った後に関していえば、何事も結果で評価されることが多いですが、自分では結果よりも内容について考えるようになりました。マラソンでもずっとダッシュしてはいられないので、一定の、ある程度のスピードで走り続けられるようにと。自分のことであっても、天気みたいなもので、自分ではどうしようもないこともあるんです。ダメなとき、悪いとき、やる気のないときも、やらないのではなくそれなりにやる。年齢を重ねることでいろいろと対処法は増えてきても、いつものケースで必ずどうにかなるってわけじゃないですし。出来不出来はあっても安定したパフォーマンスを、と考えます。

5・スランプ時の対処法「気分転換をすること。何があっても毎日同じことをやる」

結果が出ないという状態、単に実力不足の時はその事実を受け入れるしかないんです。やっていることも方向性も正しいが、まだ形になっていないのがスランプです。髪型やファッションを変えたり、趣味を持ったりして気分転換することが大切です。そして、調子が良い状態を思い出させるルーティーンに従います。ラグビーの五郎丸選手も、戦術として記憶にある良いプレイを繰り返していました(この部分はラグビー用語がわからなかったので適当)。

【勝ち続けるためには】

100パーセントは勝てないです。負けます。その負け方が大事です。負けたけれど、新しい試みをしてうまくいかなかった、これは駄目だということが新たに分かった、それは負けて得たものです。また、負けたときのほうが自分の癖や反省点が見えてくるものです。負けたことを意義あるものにする。そして、うまく切り替える、忘れることです。過去の残像があるとフラットに戻れなかったりしますから。忘れるのが一番です。

こんな感じでしたよ。ビール。

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