道草をもりもり食う

棋士には格好良い名を持つ者が多い。「浩司」「善治」「俊之」「真隆」「哲郎」なんて、いかにも理知的。「忠久」「弘行」の古風な美しさに「尚史」「章人」の爽やかな響き。「明」は明るい。
通常、棋士は姓にタイトルまたは段位をつけて呼ばれるため、名の印象はあまり強くない。しかし、名で呼ばれがちな男たちがいる。

日本将棋連盟最大派閥である佐藤組の構成員である。
棋士番号のある佐藤が10名、現役に6名の佐藤がいるが、何の注釈もなく「佐藤さん」といえばそれは佐藤組の長、佐藤康光のことだ。康光がいるから、他の佐藤は必然的に「あまひこさん」「サトシン(禿)」「サトシン(ギ)」などと呼ばれる。
佐藤康光をどう表記するか。佐藤(康)、佐藤永世棋聖、棋士会長、桃屋……。私は大抵「康光先生」と書く。彼の妻は彼を「みっくん」と呼び、先崎学は「モテみつ」と呼んで怒られる。
康(やすらか)に光る男、康光。金と権力があればTIGERのコマーシャルに康光を起用し「佐藤のレンジは使いYASUMITU」と微笑ませることも出来るのではと私に夢をみさせる男、康光。


今日はそんな康光が会長を務める棋士会主催のイベント「夜の将棋教室」に参加した感想文でもと思い、最初に康光を「康光」と表記する理由を説明しようといざ書き始めたら、イベントより康光のことばかりが胸に湧いてきて。時に喉がビールしか、胃がカレーしか受け付けぬと宣言するように、今の私の脳は康光。身体が訴えるまま、康光の話を続ける。

前にも触れたが、私は「情熱大陸~佐藤康光~」を観ていなければ将棋に興味を持たず、こんな現在に至っていない。今の私があるのは康光のせい。私を将棋沼に沈めた康光。「娘が可愛いすぎてもうダメです」と言う本人がやたらと可愛い康光。ニコ生で、海で眼鏡を流された話をしてくれた康光。懇親会の席、ファンの前で聞かせた「妻を愛しているので」の言葉を「よく聞こえなかったのでもう一度お願いします」と、都合三回言わされる康光。私は色々な康光を見てきたから知っている。

康光は天使。

自分に厳しく他人に優しく、災害があれば羽織袴姿で募金箱を抱え街頭に立ち、米長邦雄がいれば先輩だろうが会長だろうが懇々と説教をする正義の子。盤に向かえば囲いさえ宙に舞う自由な将棋。老若男女を寝かしつける甘い声に、芸術的な寝癖を生むフワフワの髪。色紙に書くのは「天衣無縫」。天使でしかない。

「フランダースの犬」の名シーン、天使(康光)たちがネロとパトラッシュを天国へと誘う画を盤上に再現したのが康光囲い。浮く。


                同じ。


さて本題。「夜の将棋教室」過去3回の講義の中で最も強く印象に残っているのは、康光が「夏休みは娘と一緒にあひるのボートに乗りました」とデレデレしていた姿。本題終わり。

予定通りの文章にはならなかったが、道草をたくさん食って腹いっぱいになったから寝る。おやすみつ。



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