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日本のエネルギー安全保障とイラン大統領選挙

 1979年のイラン・イスラム革命以前、イランは日本の石油輸入先としては第1位で、例えば1970年度は日本のイランからの石油輸入は全輸入量の42%を占めるほどだった。(ちなみに2021年の第1位はサウジアラビアで37.3%)現在はイランからの石油輸入はほぼゼロになっている。というのも、アメリカがイランと取引を行った企業をアメリカ市場から締め出すという他国の主権を侵害するような二次制裁を行っているからだ。
アメリカはレーガン政権時代にソ連からヨーロッパに向けてガスを輸出するパイプライン事業に協力を行った外国企業に対して罰金など制裁を科すことを明らかにした。イギリスがアメリカの最も強力な同盟国であるという自負があったサッチャー英首相は、レーガン政権の主権を侵害する措置に対して「激怒」(outraged)した。フランス、イタリア、西ドイツもレーガン政権の制裁を無視する方針をとった。結局レーガン政権も、同盟国の意向を無視できなくなり、パイプラインに関する外国企業への制裁を1982年11月に撤回せざるをえなくなった。日本はこの時のヨーロッパ諸国のように、欧州、中国などと足並みを揃えて、イランから石油を購入した国に対するアメリカの制裁を回避する策を探るべきだと思う。イラン石油が国際市場に復帰すればガソリンなど石油製品の価格も下落するに違いない。

2021年日本の石油輸入先 イランからの輸入はほぼゼロ  https://www.enecho.meti.go.jp/about/whitepaper/2023/html/2-1-3.html


 イランでは日本時間の28日午後から大統領選挙の投票が始まった。イランの大統領選挙は、立候補者は護憲評議会の審査にかけられ、体制に不利益を与えない人物だけが立候補できることになっている。

 今回の大統領選挙の立候補者は全部で6人だが、実質的には有力候補3人の争いとなっている。現国会議長のモハンマド・バーゲル・ガリバフ(ガーリーバーフ)氏は、革命防衛隊司令官、警察署長、テヘラン市長、国会議長などを歴任してきた。行政職として数十年のキャリアをもつ、実利的な保守政治家だ。

 サイード・ジャリリ(ジャリーリー)氏はこれまで奇矯な発言が多く、アフマディネジャード大統領の下で、核問題の交渉役を務めたが、彼の在任中は、核交渉はほとんど前進を見なかった。前国家最高安全保障会議書記で、厳格な保守派の支持を集めている。

 もう一人はマスード・ペゼシュキアン氏で、改革派のモハンマド・ハタミ(ハータミー)大統領の下で保健相を務めた。これまであまり目立つことのなかった改革派の政治家だ。

アメリカの大統領候補たちよりはるかに若い https://digital.asahi.com/articles/ASS6R1PHDS6RUHBI007M.html


 いずれの候補も抜きん出た支持を集めていないところから、大統領選挙は上位2人による決戦投票になる見込みが強いが、主流の保守グループの支持を受け、草の根の支持もあるガリバフ氏が優位であると見られている。ジャリリ氏は欧米との対決的姿勢が顕著で、核交渉でも妥協をしなかった。ペゼシュキアン氏は心臓外科医で、父親は民族的にはアゼルバイジャン系で、母親はクルド人という少数民族の家庭の出身だ。改革派のハタミ元大統領はペゼシュキアン氏への支持を表明しているが、従来改革派を支持してきた若年層は改革がいっこうに進まないことへの不満から選挙の棄権率も高い。

 最も有力視されるのはガリバフ氏だが、1997年にハタミ大統領が当選した時のように事前の予想が覆ることもある。イラン政治の最高権力者はハメネイ最高指導者だが、しかし、大統領の意思がまったく通らないというわけではない。ハタミ大統領時代は社会の自由化が進み、女性たちの装いもそれまでは黒など地味な色が主流だったのが、コートの丈が短くなったり、カラフルなスカーフも現れたりするようになった。またロウハニ大統領時代にはイラン核合意が2015年に成立し、イランは核兵器製造から遠のいたが、この合意からアメリカのトランプ大統領は一方的に離脱した。

 現在、レバノンのヒズボラとイスラエルの間で緊張が高まっているが、イランの次期大統領はイスラエルとの関係で厳しいかじ取りを余儀なくされるだろう。日本はイランと良好な関係を築いてきたので、イランをめぐっては欧米とは異なるスタンスを本来ならばとれるはずだ。中東の緊張緩和のため役割を担ったり、アメリカの圧力を回避するためのエネルギー政策を主体的に検討したりすべきだと思うのだが、今の岸田政権には外交的活力が感じられない。

紀伊国屋書店より


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