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戯曲「神さまーバケーション #5 重陽」

「神さまーバケーション # 5 重陽」・登場人物表
野俣夢(33) 【失業者】
神様(?) 【神様】
心野琴世(21) 【巫女・大学生】
相田彩花(25) 【屋台の娘】
奥様(?) 【神様の奥様】




1. 神社・社務所・午前8時・内
「二百十日①」

SE:ツクツクボウシ
心野琴世(こころのことせ)が机で頬杖をつく。
神様は神棚で涅槃のよう。

琴世 「もう、9月ですね」
神様 「そうじゃのう」
琴世 「まだまだ暑いですね」
神様 「そうじゃのう」
琴世 「帰ってきませんね」
神様 「そうじゃのう」
琴世 「帰って、こないんですかね?」
神様 「どうかのう」
琴世 「半月ですよ、半月!連絡ぐらいあったっていいじゃないですか」
神様 「便りのないのは良い便り、ちゅうでなあ」
琴世 「本当ですか?神様に誓って言えますか?」
神様 「むむむ、わし、神様じゃけど、誓えんかも」
琴世 「もう、頼りないんだから」
神様 「これが本当の“たより”ない、じゃな」
琴世 「じーぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ」
神様 「心配ありゃせん、男にはやらなきゃならんときがあるんじゃ」
琴世 「もしかして、事故とか、病気とか!?大丈夫かなあ」
神様 「聞いとらんのう・・・はうっ!」
琴世 「どうしたんですか?」
神様 「くる」
琴世 「え、なにが?」

SE:戸を開ける音

相田彩花(あいだあやか)が顔を出す。

彩花 「琴世ちゃん、おはよ」

M:メインテーマ
(C.I)
琴世(N) 「人生は、夢にも思わないようなことが起こる。親の再婚で同居することになった連れ子がクラスメイトだった、だとか、まがり角でぶつかった女の子と入れ替わった、だとか、トラックに惹かれたら異世界に転生した、だとか。はたまた、会社をクビになったから神社に神頼みに来たら神様に頼まれごとをされるようになった、だとか。そんな夢のような、信じられない話が野俣夢の身に降りかかった。それから、夢の大人の夏休みは始まった」
(F.O)



2. 神社・境内・午前8時・外
「二百十日②」

琴世と彩花が境内を歩いている。
うしろを神様がついてきている。

琴世 「(コソっと)なんでついてきてるんですか?」
神様 「ええじゃろ、わしの神社なんじゃし」
彩花 「琴世ちゃん、聞いてる?」
琴世 「あ、はい。それで、お体の具合は?」
彩花 「普通に生活するぶんには問題ないらしいんだけど。うちの大将、歳も歳だし」
琴世 「寂しいですね、彩花さんのところのたこ焼き食べるのが朝市の楽しみだったのに」
彩花 「次ので最後にするみたい」
琴世 「次の。9月9日ですか。すぐですね。彩花さん、どうするんですか?」
彩花 「どうしようね、まだ決めてないわ。ずっと屋台手伝ってきたし」
琴世 「彩花さん、継いだりしないんですか?」
彩花 「それがね、私はそう言ったんだけど、閉めるって言って聞かないの。まあ、私、免許ないから機材車運転できないし、仕方ないんだけど」
琴世 「そうですか…」
彩花 「あーあ。誰か、あと継いでくれる人いないかなあ。もう、さっき、神様にお願いしちゃったよ」
琴世 「まさか…」
神様 「さてさて、どうしようかのう」
琴世 「それ、夢さんにふる気なんじゃ」
神様 「どーちーらーにーしーよーおーかーなー」
琴世 「どうしよう」
神様 「てーんーのーかーみーさーまーのーゆーうーとーおーりー」
琴世 「それなら天に帰って決めてくてください!」
彩花 「ほんとだて、なんにも言わんとちっとも天に帰ってこんのだで」
琴世 「え?彩花さん?」
神様 「やはり、きたか」
彩花 「きたか、でにゃあわ、あんたがこんもんで、こっちから来たったんだがね」
神様 「相変わらず口うるさいのう」
彩花 「誰のせいやと思っとるの!」
琴世 「あの、神様?」
彩花 「あら、ごめんなさいね、私ったら、ご挨拶もせず。いつもお世話になっております。この人の妻です」
神様 「神じゃけどな!」
彩花 「このしょうもない神の妻です」
琴世 「奥様」
神様 「しょうもないとはなんじゃ、しょうもないとは!」
奥様 「本当のことでしょう、いつも好き放題して、うちのことは後回し、神様になってもかわりゃあせんもん。人様のために汗水垂らして働いとるのは知っとるよ。でも。せめて、家で食べるかどうかだけでも聞かせてくれんと、つくったご飯がわやになってまうがね」
神様 「だもんで、わしのぶんはつくらんでええっていつもゆうとるがね」
奥様 「そう言って家来だけでなく、同僚にも気前よく御馳走するもんで、家計は火の車になるんでしょー」
神様 「付き合いだもんで仕方ないがね。って、昔の話持ち出すんでにゃあわ。何回同じ話しやすか!」

SE:歩く音
夢が歩いてくる。

奥様 「したくもなるわ、させとるのはそっちでしょう。ちっとも反省せんのだで。反省するのは猿でもできるよっ」
神様 「反省しとるがね。ちゃんと謝っとるがね!おみゃあさんが過去のこと蒸し返してきとるだけじゃ!」
夢 「…あの」
神様・奥様 「「今しゃべっとるんだであとにしてちょう!…ん?」」
夢 「これ、どういう状況?」
琴世 「夢さん、助けてください!」

M:場転



3. 神社・境内・午前9時・外
「二百十日③」

ベンチに背を向けて座る神様と奥様。
その前に立ち、話を聞いている夢と琴世。

夢 「えー、つまり、この人に神様の奥様が憑依していて、神様がちっとも天に帰ってこないことに業を煮やしてやってきた、ということでいいですか?」
奥様 「この人は直接言わないとわからないんです」
夢 「それで、この人はこの人で、神頼みしてる、と」
神様 「ほむ。ちょうどええとこにきやあしたな。おぬし、ツキが回ってきたんでにゃあか」
夢 「最悪のタイミングですね」
琴世 「運の尽き、ですね」
夢 「わー、他人事みたいに」
神様 「こやつの頼み、叶えたってちょう」
夢 「じゃあ、神様、一度、天に帰ってたらどうですか?」
神様 「こやつではにゃあ!この屋台のおなごの方じゃ」
夢 「跡継ぎがほしいって言われてもなあ。そう簡単に見つかるもんじゃないでしょ」
琴世 「彩花さんのところのたこ焼き、人気でいつも行列できるんですよ」
夢 「たこ焼き屋さん、って、そういえば、行列でき始めてましたけど、大丈夫なんですか?」
神様 「そりゃあいかん。ほれ、おぬし、とっとと体返したりゃあ。人様に迷惑かけるでにゃあ」
奥様 「ひー、言うに事欠いて。ええがね、たこ焼きぐらい私がつくったるがね」
神様 「ほう、やれるもんならやってみい!」

SE:歩く音

琴世 「行っちゃいましたね」
夢 「行っちゃったね、喧嘩しながら」
琴世 「喧嘩するほど仲が良い、って言いますから」
夢 「そうなのかなあ」
琴世 「夢さん、おかえりなさい」
夢 「あ、ただいま」
琴世 「よかったです」
夢 「え?」
琴世 「ちゃんと帰ってきてくれて」
夢 「ああ、ごめんなさい、遅くなりました」
琴世 「神様の言うとおりです」
夢 「え?」
琴世 「便りのないのは良い便りですから」
夢 「その、いろいろあって」
琴世 「夢さん、巻き込まれ体質ですもんね」
夢 「やっぱり?そう思う?」
琴世 「残念ながら」
夢 「次に願うなら、騒動に巻き込まれませんように、だな」
琴世 「どうしますか?」
夢 「んー。やるよ。神頼まれされたし」
琴世 「頼りにしてます」
夢 「期待はしないでね」

M:場転



4. 喫茶店・テーブル・午後2時・内
「八朔①」

SE:店内のにぎわう音
夢と琴世が向かい合って食事をしている。
夢は先に食べ終わって

琴世 「ごちそうさまでした」
夢 「無駄足だったね」
琴世 「でも、お話は伺えました」
夢 「うん」
琴世 「最初はビックリしましたけど」
夢 「お前が継ぐのか、って言われたときはどうしようかと思ったよ。新しい仕事が見つかったのかと思った。神様の思し召しで」
琴世 「だいたい、彩花さんの恋人にしては頼りなさそうですよね」
夢 「んん、否定できないけど、言わなくてよくない?」
琴世 「話せばわかるのに、なんで、すれ違っちゃうんでしょうか」
夢 「んー、難しいよね」
琴世 「お互いを思ってるのに、もったいないです」
夢 「思ってるからこそ言えない、ってこともあるから」
琴世 「でも、彩花さんは継ぎたいって思ってるんですよ?儲からないし苦労するからやらせたくないっていうお父さんの気持ちもきっとわかってて」
夢 「だから、やりたいって言えないんだろうね。だからと言って、別の跡継ぎを探すってのもどうかと思うけど。まあ、お父さんを安心させてやりたいんだろうな」
琴世 「夢さんもありますか?」
夢 「え?」
琴世 「思ってるからこそ言えない、っていうこと」
夢 「ん、まあ、そりゃあ、あるかも?」
琴世 「どうして疑問形なんですか?」
夢 「僕はいままで、考えることをしてこなかったから」
琴世 「今は考えてますか?」
夢 「考えてるつもりだけど。琴世ちゃんは?」
琴世 「私に聞くんですか?」
夢 「聞かれたからには」
琴世 「…どうでしょう」
夢 「じぶんのことって、じぶんがいちばんわからないよね。なんにせよ、どんな結末になっても、みんなが悔いのないようにしたい。あと数日しかないけど、次の朝市まで。っていうか、あの神社の前の参道、そんなに頻繁に朝市やってたんだね」
琴世 「だいたい10日に一回は。9のつく日にあるんです。夢さんが起きる頃には終わってるので気づかないのは仕方ないですが」
夢 「人聞きの悪い、僕だって朝早く起きることはあるよ」
琴世 「じーぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ」
夢 「働いてた頃は、そりゃあ早起きだった。その頃にも気づいてなかったけど」
琴世 「人はじぶんの興味あるものしか目に入りませんもんね」
夢 「コホン。それで、次は9月9日と」
琴世 「重陽の節句ですね」
夢 「ん?」

M:3分クッキング
(C.I)
琴世 「今日は重陽についてご紹介します。9月9日は陽数の極である9が2つ重なることから重陽と呼ばれ、1月7日の人日(じんじつ)、3月3日の上巳(じょうし)、5月5日の端午、7月7日の七夕(しちせき)と並び五節句と言われます。もともとは奇数の重なる月日は陽の気が強すぎるため不吉とされ、それを祓うために節句が設けられました。その後、陽を吉祥と考えるようになり、祝いの日となりました。重陽は別名、菊の節句と言われ、邪気を祓い、長寿を願って、菊の花を酒に浮かべて飲む菊花酒の風習はいまでも行われています。それでは、また次回」
(F.O)
夢 「菊の節句か。桃とか菖蒲とかは聞いたことあったけど」
琴世 「菊が咲く季節ですからね」
夢 「あの親子には腹を割って話してもらうとして、そのためにもあの夫婦はどうする?というか、奥様は?まだ憑依したまま?」
琴世 「はい。なぜか、うちの母と意気投合してます」
夢 「ごめんね、あのまま帰らせるわけにはいかないから」
琴世 「いえ、しっかりされた方なので面倒もありませんし」
夢 「じぶんの意思で抜けられないのってどうなの。そもそも奥様は神様なの?もう、全然わからない」
琴世 「仲直りしてもらうしかないんじゃないですか?」
夢 「また夫婦喧嘩の仲裁かあ」
琴世 「また?」
夢 「んん。戻ってくるの遅くなったの、そのせい」
琴世 「夢さんの」
夢 「そう」
琴世 「夫婦喧嘩は犬も食わない」
夢 「そうしたいところだったんだけどね」
琴世 「そちらは、仲直りしたんですか?」
夢 「一応?まだ口喧嘩してるぐらいのが楽だよ。我慢し合ってると、ストレスため合って余計こじらせちゃうから」
琴世 「そういうものですか」
夢 「もう、お互い聞く耳持たないからね」
琴世 「やっぱり、もったいない。話せばわかるのに」
夢 「手分けしよう」
琴世 「手分け?」
夢 「僕は神様の話を聞く」
琴世 「私は奥様?」
夢 「同性同士のほうが話せるでしょ、いろいろとね」
琴世 「そうですね」

M:場転



5. 神社・境内・午後5時・外
「八朔②」

SE:酒の注がれる音
神様が供え物の酒を開け、飲み始めている。

神様 「(ゴクゴク)ぷはーっ。んまいのぅ!」
夢 「いいんですか、お供え物のお酒、勝手に飲んで」
神様 「わしへのお供え物なんだでええじゃろ。ほれ、おぬしも飲めっ!」
夢 「いや、僕、お酒はあんまり。人前で酔うのってできなくて」
神様 「なぬっ!それは聞き捨てならんな!人前で酔わずどこで酔う!一人で酔って何が楽しい!?」
夢 「家では飲まなかったんですか?」
神様 「そんなことはにゃあ。若い頃はおかかと二人でよう飲んどったわ」
夢 「おかか」
神様 「ま、貧しかったもんで、贅沢はできんかったがな」
夢 「神様って偉い人じゃなかったんですか?」
神様 「偉くなんぞなりたなかったわ。わしゃ、部下と現場で汗水垂らしとるほうが性に合っとったんじゃ。じゃが、天命を果たすためには偉ならざるを得んかった」
夢 「前に言ってましたよね。神様になったのは業だって。神様にもなりたくなかったんですか?」
神様 「わしはな、多くの犠牲のうえに、天命を果たした。多くの命を奪ったし、恨みも買った。家族親族も犠牲にした。じゃから、わしには多くの命を見守る責任があるんじゃ」
夢 「すごいですね。僕はそこまで背負えません」
神様 「たまたまじゃよ」
夢 「たまたま」
神様 「人ちゅうのは難しいようで簡単で、簡単なようで難しい。そうは思わんか」
夢 「そうですね。人のことは言えるのに、じぶんのこととなるとわからなくなります」
神様 「人のふり見て我ふり直せ。情けは人のためならず。ことわざちゅうのはよくよくその通りだで」
夢 「責任があるから、天に帰ろうとしないんですか?」
神様 「それもある」
夢 「それ以外には?」
神様 「顔を合わせるとついつい売り言葉に買い言葉で喧嘩になってまうもんでなあ。もともとわし、戦やらなんやらを言い訳にしては、ほとんど家に帰らず留守にしておったで、わしがおらんほうが気楽でええじゃろうし。亭主元気で留守がええちゅうやつじゃ」
夢 「奥様のこと、愛してるんですね」
神様 「かーっ、おぬし、恥ずかしげもなくよう言うなあ!」
夢 「好きじゃないんですか?」
神様 「あのな、わしらの時代は政略結婚がほとんどで、好きで結婚することなんぞ滅多になかったんじゃぞ」
夢 「じゃあ神様も?」
神様 「わしらは恋愛結婚じゃ」
夢 「好きなんじゃないですかーもう!」
神様 「ああ、そうじゃ!悪いかや!」
夢 「どこが好きなんですか?そもそもどうやって出会ったんですか?」
神様 「おぬし、それ以上聞きたければ飲むがええ!」
夢 「え、いや、それはちょっと」
神様 「いいや、逃がさぬぞ、聞いたからにはわしの話、最後まで付き合ってもらうでね!」
夢 「そりゃ勘弁ですー」

M:場転



6. 琴世の家・琴世の部屋・午後9時・内
「八朔③」

SE:ドライヤーをかける音
彩花(の姿をした奥様)がドライヤーをかけている。
SE:ドアの開く音
琴世が入ってくる。

奥様 「あら、琴世ちゃん、早いわね」
琴世 「長風呂って苦手で」
奥様 「現世のお風呂ってすごいわねえ。髪はつやつや。お肌もすべすべ。つい長くなっちゃう」
琴世 「尊敬します」
奥様 「それに、きれいにしないと、この子にも申し訳ないしね」
琴世 「昔のお風呂ってどんなふうだったんですか?」
奥様 「普段は桶に水を注いで浴びるくらいよ。それに、お風呂って言っても、蒸し風呂が基本だから、湯船に浸かることは滅多になかったわね。あの人は湯治って言って、長く浸かってたけど」
琴世 「神様、せっかちだと思ってました」
奥様 「それはそうかも。あっちこっち行って、帰ってきてもすぐ次にでかけてしまってたから、じっとしてられなくなったのね」
琴世 「寂しくなかったですか?」
奥様 「それが普通だから、武士の妻として。私たちは、無事に帰るのを祈ることくらいしかできないの」
琴世 「だからこそ、帰ってきたときには一緒にいたいって思いません?」
奥様 「でも、あの人、家にいたらいたで、私に気を遣うから。疲れ果てないと止まらないのよ」
琴世 「それはなんとも、ロボットみたいですね」
奥様 「ロボット?」
琴世 「えっと、からくりです」
奥様 「からくり!確かにそうかも!だからあの人、からくり好きだったのかしら」
琴世 「そうなんですか?」
奥様 「新しいものは試さないと気が済まなくて。なんでもかんでも買ってくるからいつも家計は火の車」
琴世 「そりゃあ叱られて当然です」
奥様 「お調子者だから、おだてられたらすぐに奢っちゃうし」
琴世 「部下ならラッキーです」
奥様 「でも、いつも人のために頑張ってた」
琴世 「よくわかってるんですね」
奥様 「長いからね」
琴世 「奥様じゃないと神様のお相手はできませんね」
奥様 「そうかも。ふふふ」
琴世 「でも、それだとむなしくありませんか?せっかく夫婦なのに」
奥様 「そう思うこともあるけど、でも、そんなあの人を好きになったんだもん、仕方ないかな」
琴世 「奥様、すごい」
奥様 「いや、でも、会うとああやってすぐ文句を言っちゃうから。一緒にいるときぐらい気の抜けるような性格だったらよかったんだけど」
琴世 「それは、神様の勝手ですから」
奥様 「喋ると喧嘩になっちゃうからか、あの人、よく手紙を送ってきてね。そこでは普段言わないようなこと書いてた」
琴世 「どんなこと書いてあったんですか?」
奥様 「んー、いろいろ」
琴世 「えー。聞かせてくださいよー」
奥様 「じゃあ、琴世ちゃんの話も聞かせてね」
琴世 「え、私はなにもないですよ」
奥様 「どうかなー?」
琴世 「なにがですか?」
奥様 「琴世ちゃん、じぶんで思ってるよりもわかりやすいと思うよ?」
琴世 「え?」
奥様 「今日も朝までお話しよう」
琴世 「明日も神社で朝早いのでー」

M:場転



7. 神社・境内・午前8時・外
「重陽①」

SE:掃き掃除
掃き掃除をする琴世。
隣りでチリトリを持って動く夢。

夢 「来てしまったね、9月9日」
琴世 「そうですね」
夢 「琴世ちゃん、疲れてる?」
琴世 「最近、眠れなくって。夢さんこそ、げっそりしてません?」
夢 「お酒って、吐くために飲むのかなあ」
琴世 「哲学的ですね」
夢 「これが哲学かー。悟ったー」
琴世 「結局、まだ話せてないみたいです」
夢 「大人っていうのは、きっかけがないと動けないんだよ」
琴世 「それで、どうするんですか?」
夢 「んん、もう、きっかけスタンバイ」
琴世 「人事を尽くして天命を待つ、ですね」
夢 「おかげで神様の珍しい顔が拝めたよ」
琴世 「夢さん、悪い顔してますよ」
夢 「琴世ちゃん、僕、一回寝てきていい?」
琴世 「ダメです」
夢 「んん、おやすみ」
琴世 「ダメです」

M:場転



8. 参道・屋台・午後1時・外
「重陽②」

SE:ツクツクボウシ
屋台でたこ焼きを売っている彩花こと奥様。

奥様 「まいどあり~♪」

SE:歩く音
夢が屋台に近づいていく。

夢 「よく売れてますね」
奥様 「最後だからね。本当はこの子にやらせてあげたかったけど」
夢 「これも神様の思し召しですよ。あ、僕にも1つ、ソースで」
奥様 「はいよ」
夢 「神様とは喋れましたか?」
奥様 「何度か喋ったけど、すぐに喧嘩になっちゃって」
夢 「もはや癖ですね」
奥様 「ごめんなさいね、迷惑をかけて。まさかこんなことになるなんて。はい、たこ焼き」
夢 「どうも。いえいえ、いつも偉そうな神様の情けない姿が見られて眼福です。(たこ焼きを頬張り)ホフホフ。あ、冗談です」
奥様 「ふふふ。きっと、あなたとあの人似てるのね。だから、頼ってるんだと思う」
夢 「僕、頼りないらしいですよ」
奥様 「ああいえばこういうところなんかそっくり」
夢 「(奥様に手紙を差し出し)どうぞ」
奥様 「(受け取って)なに?」
夢 「なにレターでしょうか。中身は読んでないので」
奥様 「(手紙を開き)おかか殿」

M:クライマックス
(C.I)
神様(M) 「おかか殿。顔を合わせるとつい減らず口を叩いてまうもんで、こうして文に思いを綴ることにした。まず、いつもいつも会うたびに喧嘩になってまってすまん。こんなわしだもんで、負担ばかりかけてまって、そりゃあ、文句の一つも言いたくなるじゃろう。いや、一つどころか、百や千もたまっておるやもしれん。そんな言葉をちゃんと聞けりゃあええんじゃが、ついつい甘えて言葉を返してまう。わしがここまでやってこられたのも、おかかのおかげじゃ。おぬしには苦労ばかりかけてきた。それもこれも、おぬしならば理解してくれるじゃろううというわしの甘えが所以じゃ。口うるさくも、最後にはわしを受け止め、支えてくれた。おぬしにわしができることなんぞなんもないかもしれんが、感謝しとる。ありがとさんじゃ」
(F.O)
奥様 「(手紙を閉じ)おまえさん!」

屋台の裏から神様が顔を出す。

神様 「な、なんじゃあ」
奥様 「たわけ!」
神様 「は、はじめに言うことかや、それが」
奥様 「こんなこと書かんでもわかっとるがね!」
神様 「むむ」
奥様 「でも、ありがと」
神様 「こっちこそ、ありがと」
奥様 「覚えとる?おまえさんが、遠出するたびにお土産買ってきて、嬉しそうに、いっしょに食べよまい、って開けて、たまにハズレもあったけど」
神様 「すまん」
奥様 「ええんよ」
神様 「うまいもん、食わせたかったんじゃが」
奥様 「いっしょにハズレ食べるのもおもしろいやないの」
神様 「懐が深いのう」
奥様 「私をだれやと思っとるの」
神様 「天下のおかかじゃ」
奥様 「おまえさんが気にして、天に帰らんようにしとるのはわかっとった。まったく、気にしいだもんで。おまえさんにかけられる迷惑ぐらいどうってことないがね。それより、お前さんが気にしすぎて、離れてしまうほうがどれだけ迷惑か」
神様 「おかか」
奥様 「人様に迷惑かけるくらいなら私に迷惑かけやあ。そのぶん、尻に敷いたるもんで」
神様 「ほむ」

いつのまにかいる琴世。

琴世 「感動的なところ悪いんですけど」
夢 「わっ、琴世ちゃん、いつの間に!」
琴世 「あの、端から見ると、男前な奥様が夢さんに説教してるように見えますよ」
夢 「え!?(周りを見渡す)あ、違うんです、これは」
琴世 「奥様、よかったですね」
奥様 「ありがとう、琴世ちゃん」
夢 「違うんですー!」

M:場転

9. 神社・境内・午後4時・外
「二百二十日」

SE:風の音
ベンチに座る夢。
その前に立つ琴世。

夢 「うう、さむっ」
琴世 「風が冷たくなってきましたね」
夢 「誤解、解けてよかった」
琴世 「そのまま跡継ぎになるのもありだったんじゃないですか?」
夢 「そうならなかったのも神様の思し召しだよ」
琴世 「そうなったら、受け入れてたんですか?」
夢 「んー、どうだろ」
琴世 「否定はしない、と」
夢 「人生、なにが起こるかわからないからね」
琴世 「私、たこ焼き屋になろうかな」
夢 「え?」
琴世 「ウソです」
夢 「あ、うん」

遠くから彩花が叫びながら近づいてくる。

彩花 「琴世ちゃーーーーーーーーん!夢さーーーーーーーーーーん!」
夢 「彩花さん、今日も元気ですね」
彩花 「夢さんこそ、相変わらず冴えない顔してる!」
夢 「生まれつきです」
琴世 「どうでしたか?」
彩花 「んん、ちゃんと話したよ、父さんと」
夢 「よかった。それで?」
彩花 「ひとまずさ、ほかの屋台の人たちにも協力してもらって、続けていくことになったよ」
夢 「そっか」
琴世 「よかったですね、彩花さん」
彩花 「んん、その間に私も免許取って、一人で回せるようにする」
夢 「跡継ぎはもういいの?」
彩花 「んー、私があとは継ぐから、旦那になる人には外で働いてもらうおうかな。やっぱり、屋台だけだと大変だしね!亭主元気で留守がいい、ってね、金持ち探すぞー!あははは」
夢 「んん、やっぱりそんなもんか」
琴世 「これからも彩花さんところのたこ焼き、食べられるんですね」
彩花 「迷惑かけたお詫びに、たこ焼きいつでもごちそうするから」
琴世 「やった!」
夢 「僕、もうちょっと夕方頃に食べたいんだけど」
彩花 「文句言うやつには食わせてやんない」
夢 「あー、ウソウソ、朝からたこ焼き食べられる」
琴世 「うちは普段から朝、たこ焼き食べますよ?」
夢 「え!?」
琴世 「好きな数食べられますから」
夢 「この世には信じられないことも実在するんだなあ」
琴世 「それほどじゃないでしょ」
彩花 「ああはは。それじゃ、父さん、待たせてるから」
琴世 「じゃあ、また次の朝市で!」
彩花 「バイバイ―」

SE:走る音
彩花が走り去る。

夢 「それにしても、あれから謝罪も感謝もない人がいるんだけど、琴世ちゃん、どっかで見た?」
琴世 「いえ、天に帰ってるんじゃ?」
夢 「ああ。なんかさ、喧嘩するほど仲が良い、っていうか、ただの似たもの夫婦だよね。気にしいのひねくれ者同士の」
琴世 「それ、夢さんがいいます?」
夢 「え、なんで?」
琴世 「…うん。なんでも」
夢 「え、なになに?」
琴世 「なんでもないですよ」
夢 「気になるよ、なにー」
琴世 「そのうち言います、言えるようになったら」
夢 「その忘れちゃうでしょー」
琴世 「さー、片づけ片づけ!」

M:メインテーマ


(終わり)

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