見出し画像

戯曲「神さまーバケーション #4 盆」


「神さまーバケーション # 4盆」・登場人物表
野俣夢(33) 【失業者】
神様(?) 【神様】
心野琴世(21) 【巫女・大学生】
永瀬千種(23) 【カメラマン】
中村紗穂 【故人】



1. 神社・境内・午前2時・外
「8月14日未明」

SE:虫の鳴き声
野俣夢(のまたゆめ)と神様が本殿を覗き込んでいる。

神様 「夢よ、見えるか」
夢 「はい、神様」
神様 「そうか、見えるか」
夢 「真っ白な服、まっすぐ伸びた長い黒髪」
神様 「うむ」
夢 「あれって、もしかして」
神様 「もしかして・・・」
夢・神様 「幽霊だー!!!!!!!!!!」

M:メインテーマ
(C.I)
夢(N) 「人生は、夢にも思わないようなことが起こる。親の再婚で同居することになった連れ子がクラスメイトだった、だとか、まがり角でぶつかった女の子と入れ替わった、だとか、トラックに惹かれたら異世界に転生した、だとか。はたまた、会社をクビになったから神社に神頼みに来たら神様に頼まれごとをされるようになった、だとか。そんな夢のような、信じられない話が僕の身にも降りかかった。それから、僕のいつ終わるかもわからない夏休みが始まった」
(F.O)


2. 夢の家・寝室・午前1時・内
「8月13日」

SE:時計の針の音

夢(N) 「神様からの頼まれごとがはじまって、ひと月と少しが過ぎ、この生活にも慣れてきた頃。世間ではお盆休みが始まっていた。帰省する予定のない僕は、その日、早めに床に就いていた。残暑のせいかひどく寝苦しさを感じていた。寝返りをうとうとするが身体が動かない。しばらく試みたのだが、そのうちに気づいた。これは金縛りだと」

寝ている夢の上に神様が乗っている。

神様 「ちがう」
夢 「ん?」
神様 「しいていうなら、神縛り、かの」
夢 「・・・うわあああああああああああああむぐっ(口を塞がれる)」
神様 「バカたれ、こんな時間に大声出すでにゃあ。近所迷惑じゃろ!」
夢 「(声を殺して)なにしてるんですか!」
神様 「じゃから、神縛り?」
夢 「違う、こんな時間に、僕の部屋でなにしてるんですか!って、そうだ、神様、神社じゃないのにどうして!?」
神様 「神様が神社にしかおれんと、誰が決めたんじゃ?」
夢 「え、え、だって」
神様 「相変わらず、思い込みの激しいやつだで」
夢 「わざわざ嫌味を言いに来たんですか?」
神様 「おお、そうじゃ、聞いてくれ」
夢 「ちょっと、今、一時じゃないですか。いくらなんでも非常識じゃないですか、って、あ、土足で!」
神様 「そんなことどうでもええから聞け」
夢 「どうでもよくない、ちゃんと玄関でむぐっ(口を塞がれる)」
神様 「出たんじゃ、神社に」
夢 「(口を塞がれたまま)むま?」
神様 「おなごが、可憐なおなごが本殿の前で佇んでおるんじゃ!」
夢 「んああ(手を解き)もう、なんですか、それ。好みの女の子だったんですか?」
神様 「アホ、この時間に真っ暗な神社で突っ立っておるのなんて、あれに決まっとるじゃろ!」
夢 「あれ?」
神様 「あれじゃ」
夢 「え・・・」
神様 「頼む、いっしょに来てくれ!」
夢 「いやいやいやいや、嫌ですよ」
神様 「この通りじゃあああ」
夢 「どんな神頼みだよ!」
神様 「わしゃ昔っから物の怪の類は苦手なんじゃあああ」
夢 「あんたも似たようなもんだろ」
神様 「なんじゃと!なんと失礼なやつじゃ!」
夢 「第一、僕が行ったところでなんの役にも立たないでしょ」
神様 「そんなことない、どえりゃあ頼もしいがね」
夢 「いや、無理ですよー、取りつかれたらどうするんですか」
神様 「大丈夫じゃ、そのときはおぬしが取りつかれるだけだで」
夢 「どこが大丈夫だー!」

SE:壁を叩く音

夢 「すみませーん」
神様 「おぬしが来てくれんかったらわしはここから動かん」
夢 「もー…」

M:場転


3. 神社・本殿・午前2時・外
「8月14日未明」

SE:虫の鳴き声
真っ白なワンピースを着て佇む心野琴世(こころのことせ)。
向かい合う夢と、夢の背中から覗き込む神様。

夢 「ってことがあったんだよ。ほんとはた迷惑な神様だよねーほんと、はは。それで、琴世ちゃんはこんな時間になんでこんなところに?」
琴世 「・・・」
夢 「琴世ちゃん?」
琴世 「・・・」
夢 「おーい」
琴世 「…あなたたちは?」
夢 「ええっとー。野俣、夢、です。こちらが神様」
琴世 「神様…」

琴世が急に神様に駆け寄り、腕をつかむ。

琴世 「神様!」
神様 「琴世ちゃん、近いがね、そんなにされると神様照れちゃう」
琴世 「お願い、願いを叶えて!」
神様 「え?」
夢 「あのー、琴世さん、」
琴世 「お願い、恨みを晴らして!」
夢 「落ち着いて、琴世さん」
琴世 「琴世じゃない、私は咲穂(さほ)、中村咲穂」
夢 「え、あの、これって」
琴世 「このままじゃ死んでも死にきれないの!」
夢 「(耳元で囁くように)(神様。これってそーゆーことですか?)」
神様 「(霊感は強いと思っとったがまさかイタコの素質まであるとは)」
夢 「(ちょっとどうするんですか!)」
神様 「(どうするもこうするも、とりあえず、話を聞くしかあるまい)」
夢 「(えー)」
琴世 「叶えてくれるんですか、願い」
神様 「あー、そうじゃの、叶えてやらんこともないが…そうじゃ、こやつ、こやつが叶えてくれるはずじゃ!」
琴世 「この人は?」
神様 「わしの使い、神の使いじゃ」
琴世 「じゃあ、あなた、お願い!」
夢 「とりあえず、状況を整理してもよいですか?」
琴世 「はい」
夢 「あなたは、」
琴世 「咲穂です、中村咲穂」
夢 「中村さんは、死んでるんですよね?」
琴世 「だと思います」
夢 「えっと、じゃあ、なんでその女性に憑りついてるんですか?」
琴世 「さあ。気づいたら、ここに立っていました」
夢 「その女性に面識は?あ、えっと鏡、神様、鏡取ってきてください」
神様 「神に命令するとは!」
夢 「いいから!」
神様 「神遣いが荒いのう(と社務所に向かう)」
夢 「それで、いろいろ聞きたいことはありますが、まずその、恨みを晴らしたいって、いったい何があったんですか?」
琴世 「裏切られたんです」
夢 「裏切られた?」
琴世 「そう。親友に」

M:場転


4. 喫茶店・テーブル・午後1時・内
「8月14日①」

SE:店内のにぎわう音
夢と神様が向かい合って座っている。

夢 「ふああ(とあくびをする)」
神様 「眠そうじゃな」
夢 「仕方ないじゃないですか、寝てないんだから。琴世ちゃんほっとけないでしょう、あのまま家に帰すわけにもいかないし」
神様 「おぬしの家に連れていけばよかろうに」
夢 「男の部屋に女の子連れ込めるわけないでしょ!」
神様 「律儀なやつじゃな。相手は幽霊じゃぞ」
夢 「体は琴世ちゃんです!」
神様 「にしても、その黒い茶、香ばしい香りがするのう。ええ、眠気覚ましになりそうじゃ」
夢 「コーヒーですか。神様、飲んだことないんですか?」
神様 「わしらの時代にはござらんかったな」
夢 「神様が生きてたのって、何時代なんですか?」
神様 「ほむ。そうじゃなあ。戦の多い時代じゃった」
夢 「戦」
神様 「平和がいちばんじゃ」
夢 「それは、はい」
神様 「平和になっても、なかなか、人の心に平穏は訪れんのう」
夢 「琴世ちゃん、どうなっちゃうんでしょ」
神様 「どうじゃろうな。恨みを晴らすまで憑りついておる、なんてこともあるやも」
夢 「そんな」
神様 「盆が明けたら黄泉の国に帰ってくれりゃあええんじゃが」
夢 「え?お盆が明けたら?」

M:3分クッキング
(C.I)
琴世 「今日はお盆についてご紹介します。お盆の語源は“盂蘭盆会(うらぼんえ)”といい、仏教と日本古来の祖霊信仰が融合した行事として親しまれています。お盆の入りには迎え火を灯し、先祖を迎え入れ、お盆明けは送り火で、送り出します。キュウリやナスでつくる精霊馬(しょうりょうま)は先祖の送り迎えのための乗り物であり。出迎えには足の速い馬に見立てたキュウリを、見送りの際は足の遅い牛に見立てたナスを飾ります。盆踊り、もその名の通り、お盆の行事です。日本では“お盆休み”として連休を取りますが、これは江戸時代にはすでに定着していたようです。宗教に関わらず、日本人が先祖を偲ぶ気持ちを表し、夏の疲れを忘れ一息つく、それがお盆と言えるでしょう。それでは、また次回」
(F.O)
夢 「琴世ちゃん!?」
琴世 「咲穂です。中村咲穂」
夢 「えっと、今のは?」
琴世 「説明しなければいけない気がして」
夢 「そう、ですか」

琴世が夢の隣りに座る。

夢 「もうすぐ、先方が来られますが、僕がお話しますので、あなたは口を挟まないようにお願いしますね」
琴世 「わかってます」
夢 「はあ」
神様 「きたようじゃぞ」

SE:カウベル
入口から永瀬千種(ながせちぐさ)が入ってくる。
夢が立ち上がり、千種にお疑義をする。
千種が夢のテーブルに近づいてくる。
SE:歩く音

夢 「永瀬千種さん?」
千種 「はい。お待たせしました」
夢 「こちらこそ、急にお呼びだてして申し訳ありません。どうぞ(神様を一瞥して)おかけください」

神様が奥につめる。
千種が神様の隣りに座る。

神様 「可愛らしいおなごじゃのう」
琴世 「人は見かけに寄らないものだから」
千種 「え?」
夢 「ちょっと!あ、なにか、飲まれますか?」
千種 「じゃあ、カフェオレを」
夢 「すみませーん。カフェオレ一つ。あ、アイスでいいですか?(頷きを受けて)はい、アイスで」
千種 「ありがとうございます」
夢 「改めまして野俣と申します。本日は、早朝からの連絡で失礼致しました。お越しいただきまして、本当にありがとうございます」
千種 「いえ。こちらこそ、ご連絡いただき、ありがとうございます」
夢 「電話でお伝えしました通り、この度は、中村咲穂さんについて、お話を伺いたくご足労いただきました」
千種 「はい。まさか、咲穂が」
夢 「お悔み申し上げます。親しかったんですか?」
千種 「はい」
琴世 「親友でした」
千種 「え?」
琴世 「親友だったんですよね?」
千種 「はい」
夢 「ちょっと、黙っててくれるかな?」
千種 「あの、こちらの方は」
夢 「あー、助手です」
千種 「はあ」
夢 「驚かれたでしょう」
千種 「事故だったんですよね?」
夢 「はい」
千種 「あれが最後になるなんて」
夢 「いつ会われたんですか?」
千種 「この春に。私が東京に引っ越すからって、友達が集まってくれて、そのときに」
夢 「永瀬さん、東京にお住まいなんですね」
千種 「あ、はい。今はお盆休みで帰ってきてて」
夢 「そんな中、申し訳ないです」
千種 「いえ、別に、予定はありませんでしたし」
琴世 「帰ってくるのに、連絡しなかったんですか?」
千種 「え?」
琴世 「中村咲穂に」
夢 「あ、えっと。ご連絡は?」
千種 「迷ったんですけど」
琴世 「なぜ?」
千種 「…いろいろありまして」
琴世 「逃げたんだよね」
夢 「ちょっと、黙ろうか」
千種 「逃げちゃダメですか?」
夢 「え?」
千種 「逃げたっていいじゃないですか」
夢 「あの、それは、」
千種 「逃げたほうがいいことだってあるでしょ」
夢 「助手が失礼しました」
琴世 「じぶんが嫌な思いするのがイヤなだけなんじゃないの?」
夢 「ちょっと黙って」
千種 「(ボソっと)あなたになにがわかるんですか」
琴世 「わかりませんね、あなたの気持ちなんて。あなただって、彼女の気持ちわからなかったでしょ。それなのに、逃げ出した」
千種 「そんな言い方、ズルい」
琴世 「逃げ出すのと、どっちがズルいんでしょうね」
千種 「保険屋さん」
夢 「あ、野俣です」
千種 「じゃあ、野俣さん、この話、なにか関係あるんですか?そもそも、なぜ私が呼び出されたんでしょうか」
夢 「すみません。生前、中村咲穂さんがあなたに会いたがってまして。彼女のためにもお話をお伺いできればなと」
千種 「咲穂が、私に?」
夢 「あの、このあとお時間は?」
千種 「別に、予定はありませんけど」
夢 「でしたら、ちょっとお付き合いいただきたい場所があるですけど。きっと、気分転換にもなると思います」
千種 「どこですか?」
夢 「ひまわり畑です」

M:場転


5. 緑地公園・ひまわり畑・午後3時・外
「8月14日②」

SE:蝉の鳴き声
ひまわり畑を歩く夢と千種。少し離れたところに琴世と神様。

千種 「きれい」
夢 「ひまわりお好きですか?」
千種 「そうですね。カメラ持ってこればよかったな」
夢 「写真サークルだったそうで」
千種 「彼女きれいだからモデルにしたくなっちゃう」
夢 「さきほどは失礼しました」
千種 「いえ。まさか、あんなこと言われると思いませんでしたが、本当のことなので」
夢 「悪くないと思います」
千種 「え?」
夢 「逃げることも。ときには必要なんです」
千種 「そうでしょうか」
夢 「あ、あんなところ入って!(遠くに)ちょっと、そっち入っちゃダメですよ!戻って戻って!」
千種 「咲穂もよくそうやって怒られてたな」
夢 「そうでしたか」
千種 「保険屋さんは、」
夢 「あ、野俣です」
千種 「野俣さんは、咲穂ちゃんとは知り合いだったんですか?」
夢 「え?」
千種 「生前に話した、とおっしゃってたので」
夢 「あー、それはその、なんというか。いろいろ、事情は伺っています、お二人の関係については」
千種 「どんなふうに伝わってるのかな」
夢 「ははは」
千種 「恨んでたでしょ?」
夢 「そんなことは、まあ」
千種 「そっかー。やっぱり」
夢 「仲、良かったんですよね」
千種 「趣味が合って。知り合ってからはずっと一緒にいたから」
夢 「いいですね。僕には親友っていないから」
千種 「私も、いなくなっちゃいましたけど」
夢 「思い出の場所、なんですよね、ここ」
千種 「サークルでよく来てたんです。みんなでモデルしあって。いろんなところに行きましたけど、ここがいちばん来たかな」
夢 「へえ」
千種 「咲穂はみんなのモデルになって、じぶんの撮る時間がないってボヤいてましたけど。彼女、ああいう性格で、みんなに好かれてたから。だから、最後によく私が被写体にされてました」
夢 「楽しそうですね」
千種 「楽しかったですよ。私、写真は大学入ってから始めたんですけど、すっかりハマって、結局、仕事にまでしちゃいました。っていっても、まだまだアシスタントなんですけど」
夢 「わかります、僕も、夢中になってたらいつのまにか、仕事になってたタイプなので」
千種 「保険の、お仕事が?」
夢 「あ、前、前の仕事です」
千種 「好きだったのに、辞められたんですか?」
夢 「いろいろありまして」
千種 「好きだけじゃ続けられないんですかね」
夢 「うーん」
千種 「好きなことは仕事にしないほうがいいって言われたんです、よく」
夢 「それは、人それぞれですよ。辛いことや嫌なこともあるけど、好きだからこそ、楽しいと思えるからこそ、続けられる、ってこともあるから」
千種 「好きでいられますか?」
夢 「いられます、きっと。じぶん次第ですけど」
千種 「咲穂にもおんなじこと言われました」
夢 「え?」
千種 「昔、ですけど。ちょうどここで。はー。私にとっては彼女がひまわりだったなあ。好きなものは一緒なのに全然違ったんです、私たち」
夢 「どうでしょう」
千種 「え?」
夢 「けっこう似たもの同士かも」
千種 「それって、どういう、」
夢 「隣りの芝は青い、ならぬ、隣りの畑はひまわり、みたいな?」
千種 「隣りの…」
夢 「モデル、ってひまわり見たいですよね」
千種 「はい?」
夢 「ひまわりって、太陽に合わせて向きを変えるでしょ。ずっと、顔を向けようとして。モデルもカメラのほう向くじゃないですか」
千種 「はい」
夢 「太陽に見られるときにはできるだけいい顔していたいものです」

SE:足音
琴世が歩いてくる。

琴世 「すみません、撮ってもらえますか?」
千種 「えっと」
琴世 「これでいいので(とスマホを差し出す)」
千種 「はあ(とスマホを受け取る)」
琴世 「可愛く撮ってね」

SE:足音
琴世がひまわりに寄っていく。

夢 「すみません」
千種 「いえ」
夢 「彼女が言ったんです、ここに来たいって」
千種 「彼女」
夢 「僕は彼女に、悔いなく成仏してほしいと思ってます」
千種 「はい」
夢 「だから、あなたも悔いのないように」
千種 「いまさら悔やんでも」
夢 「もう遅いですか?そんなことはない。いや、遅くたっていいんです。遅くてダメなんてことはないんです」
琴世 「(離れたところから)ちょっと、早く!」
夢 「あ、すみません、遅くて怒られちゃいました」
千種 「遅くても、いい」
夢 「って、彼女が言ってました。受け売りです」

M:場転


6. 神社・本殿前・午前2時・外
「8月14日未明」

SE:虫の声
琴世が白いワンピースで立ち、夢と神様が対峙している。

琴世 「 遅くたっていいんです。遅くてダメなんてことはないんです」
夢 「はあ」
琴世 「このままじゃ死んでも死にきれません」
夢 「でも、それって、恨みっていうより…」
神様 「羨み、かのう」
夢 「その、永瀬千種さん、についてはわかりました。でも、なんで彼女にそんな?」
琴世 「大学3年のとき、私に彼氏ができて、それからも、3人でいることも多かったんです。千種は気にしてたけど、私は彼とも、千種とも一緒にいたかったし」
夢 「仲、良かったんですね」
琴世 「あの子、抜けてるところもあるし、夢中になると周り見えなくなっちゃうんだけど、しっかり者で、みんなに頼られてたし、私も信頼してた」
夢 「はい」
琴世 「だからこそ。彼が、別れたいって言ってきたときにも相談したの。それなのに、あの子、彼にも相談されてて、それ、黙ってたの」
夢 「それは」
神様 「板挟みじゃな」
琴世 「好きになったの」
夢 「え?」
琴世 「彼が、あの子のこと」
神様 「恋愛相談してその相手を好きになるとは、まあよくある話じゃな」
夢 「それで、二人は?」
琴世 「どうもなってない」
夢 「はい?」
琴世 「どうもなってないの」
夢 「ええっと、あなたと別れて付き合ったとか」
琴世 「そのほうがずっとよかったかも。彼は告白したみたいだけど、彼女は断ったの」
夢 「それで恨むのは、その、逆恨みじゃ…」
琴世 「好きだったのよ、千種も!」
夢 「それは、実際に聞いたんですか?」
琴世 「言ったでしょ、好きなものが一緒って。なんとなくわかる。それなのに、私に遠慮して断ったの」
神様 「恋愛よりも友情を選んだ、と」
琴世 「そりゃあ、私なんかより、彼女のほうが、一緒にいて落ち着くでしょ、文句も言われないし、優しい言葉だってかけてくれるし」
神様 「辛いときに優しくされるとな。男とはバカなもんだで」
琴世 「女だってバカ。好きなくせに。私の前ではそんなのおくびにも出さないで、黙って、笑って、無理して、そのくせ、辛くなって、逃げ出すように東京行って。そんなの勝手じゃない!」
夢 「それは、その子も辛かったんじゃあ、」
琴世 「わかるわよ!だから、だから恨んでるの。辛くて逃げ出すんだったら、そんな選択しなきゃよかったのに」
神様 「それで、おぬしはその気持ちを伝えたのか?」
琴世 「言えるわけ、ないじゃない」
神様 「それはなんとも、お互い様じゃな」
琴世 「だから、死んでも死にきれないんじゃない」
夢 「遅くてダメなことなんてない、でしょ」
琴世 「え?」
夢 「今からでも、その思い、晴らしましょう、探します、永瀬千種さん。せっかくこうやって帰ってきたんだ、やれるだけ、やってみましょう。どこか行きたいところは?したいことは?」
琴世 「それは…」

M:場転


7. 神社・本殿・午前10時・外
「8月15日」

SE:蝉の声
夢と神様が、琴世が参道の掃き掃除をしている様子を眺める。

夢 「ふわあああああ」
神様 「眠そうじゃな」
夢 「そりゃあ、寝てませんから」
神様 「蝉を見習え、朝から元気がええもんじゃ」
夢 「蝉は夜は静かにしてるでしょ。そいえば、あれ、なんでですかね」
神様 「さあの。夜は寝ておるのか、近所迷惑を気にしておる、とか」
夢 「蝉もご近所付き合いとかあるんでしょうか」
神様 「そりゃああるじゃろ、生きとるんじゃから。今、いちばん人の目を気にせんでええのはおぬしじゃな」
夢 「いやいや、僕がいちばんだなんて烏滸がましい。人に頼みごと任せてる人、いや、神がいちばんじゃないですかー?」
神様 「相変わらず、ああいえばこういう」
夢 「あの子、悪い幽霊じゃないです」
神様 「ほむ」
夢 「むしろ、いい子ですよね」
神様 「きちんと、掃除もしてくれておるしな。むしろ。琴世よりも丁寧かもしれん」
夢 「琴世ちゃん、雑なところありますもんね」
神様 「それで、どうするんじゃ」
夢 「さあ。でも、焦っても仕方ありませんから。あの子の気が晴れるまで付き合うしかないですね。琴世ちゃんには悪いけど」
神様 「おぬし、それまでずっと起きとるつもりか?」
夢 「それは、由々しき事態ですね。ま、僕できることなんてもうありませんから」
神様 「寝とらんもんで頭、働いとらんのではにゃあか?」
夢 「僕、ニートなので。働いてないんで」
神様 「今日で盆休みはしまいじゃ。あの世に帰るか、この世に留まるか」
夢 「このあと次第、ですかね」

SE:足音
琴世が近づいてくる。

琴世 「掃除、終わりました」
神様 「ありがとさんじゃ」
琴世 「はい」
夢 「ちょうど、来られたみたいですね」
神様 「神がかっとるな」
夢 「神様の思し召し、でしょ」

SE:足音
千種が参道を歩いてくる。

千種 「おはようございます」
夢 「おはようございます」
千種 「あなた、巫女さんだったんですか?」
夢 「助手兼巫女なんです、彼女」
神様 「ついでにイタコじゃな」
千種 「この神社、来たことあります、確か、サークルで」
夢 「写真撮影に?」
千種 「はい、あの池のまわりだとかで」
夢 「連日、お呼びだてしてすみません」
千種 「いえ、帰るついでですから」
夢 「もう、戻られるんですね」
千種 「はい」
夢 「お盆ですから、咲穂さんも帰ってきてるかもしれないじゃないですか。だから、言えなかった思い、ここで言ってみませんか?」
千種 「聞こえるでしょうか」
夢 「きっと」
千種 「聞いてくれるかな」
夢 「きっと」

千種が社殿の前に立つ。

千種 「(二礼二拍手)」

M:クライマックス
(F.I)
千種 「咲穂。私、あなたに憧れてた。みんなを引っ張って、あなたの周りはいつも楽しそうで。嫉妬もしてた。私もあんなふうに慣れたら、って何度も思った。でもね、それ以上に、好きだったよ、咲穂といる時間がとっても心地よかった。私なんかと一緒にいてくれてありがとう。それなのに、傷つけちゃった。私、どうしたらよかったんだろうね。彼に相談されたとき、なんとか仲直りさせようって、頑張ってたんだけど。うんん、違うか、本当に仲直りさせようと思ったら、私がはっきり断ればよかったんだ。ズルいよね。あのときも逃げてたんだ。逃げてばかりだね、私。咲穂は気づいてたよね。それでも、気づかないふり、してくれてたんだよね。私のこと、嫌いになったよね。恨んでくれていいよ。咲穂にばかり辛い思いして、逃げ出したんだもんね。ちゃんと、伝えればよかった。恐がってないで。ごめんね。ごめんなさい」
(F.O)
しばらくの沈黙ののち千種が一礼して振り返る。

千種 「ありがとうございました」
夢 「悔いはありませんか?」
千種 「悔やんでも悔やみくれません。でも、ちゃんと伝えられました」
夢 「よかった」
千種 「それじゃあ、私、行きます」
夢 「駅までお送りしますよ」
千種 「大丈夫です」
夢 「そうですか」
千種 「最後に、写真、一枚撮っていいですか?助手さんの」
琴世 「え?」
千種 「巫女姿、とってもステキだから」
夢 「どうしますか?」
琴世 「…可愛く、撮ってね」
千種 「はい」

カメラを撮りだし構える。

千種 「それじゃあ、いきますね。3,2,1」

SE:シャッター音
撮れた写真を確認する千種。

琴世 「どう、ですか?」
千種 「人は見かけに寄らないものですね」
琴世 「え?」
千種 「ありがとうございました。とってもステキです」

カメラを仕舞い、カバンを背負う。

千種 「それじゃあ、行きます」
夢 「ありがとうございました」
千種 「こちらこそ、ありがとうございました」

参道へ歩いていく千種。

夢 「いいんですか、声かけなくて」
琴世 「あの子、わかってた、私だって」
夢 「え?」
琴世 「気づいてたんです」
夢 「じゃあ、なおさら、」
琴世 「いいんです、もう、いいんです」
夢 「そう、ですか」
琴世 「あんなにわからなかったのに、わかりました」
夢 「はい」
琴世 「すっきりした顔してましたね、彼女」
夢 「あなたも」
琴世 「人は見かけによらないかもよ?」
夢 「そうですね」
琴世 「がんばってね、千種」

M:場転


8. 神社・社務所・午後6時・内
「8月15日」

SE:虫の鳴き声
机で精霊馬をつくっている夢。
それを見ている神様。

夢 「ふわああああ」
神様 「いい加減、寝たらどうじゃ」
夢 「これ、つくり終わったら」
神様 「精霊馬か」
夢 「牛、ですけどね、帰りだから。焦らず、ちゃんと帰れますように」
神様 「そうか」
夢 「神様」
神様 「なんじゃ」
夢 「ちょっと、帰省、してみようかなと」
神様 「ほむ」
夢 「いいですか?」
神様 「わしに許可取る必要などあるまい」
夢 「でも、一応、頼まれてるから」
神様 「行ってこい」
夢 「きっとすぐ帰ってきますけど。よし、できた」
神様 「不格好じゃな。じゃが、おぬしらしいわ。おぬしもだいぶ変わってきたのう。はじめのおぬしは変わることを恐れておったが。変わることで良くも悪くもなる。じゃが、恐れず臨めば、明日は必ずやってくるもんじゃ。…夢?って、もう寝たんか!」

SE:襖が開く音
琴世が入ってくる

琴世 「寝ちゃいました?」
神様 「ああ」
琴世 「ありがとうございました。夢さん、よい夢を」


9. 神社・鳥居・午前8時・外
「8月16日」

SE:風の音
SE:蝉の声

夢 「それじゃ、行きますね」
琴世 「気を付けて」
神様 「土産楽しみにしておるぞ」
夢 「そんな、遠くに行くわけじゃないんだから」
琴世 「私、甘いものでも、しょっぱいものでも、どっちでも大丈夫です」
夢 「うん、聞いてない」
琴世 「両方でもいいんですよ」
夢 「はは。わかったよ。言ったのを後悔させるほど買ってくるから」
神様 「働いてないんじゃから、無駄遣いするでないぞ」
夢 「どの口が言う」
琴世 「夢さん。いってらっしゃい」
夢 「んん、いってきます」

M:メインテーマ
(終わり)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?