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野田クリスタル美声論と村上猛獣使い説:『マヂカルラブリーのオールナイトニッポン0(ZERO)』


 近年賞レースの認知度の上昇とともにお笑い界が再びの盛り上がりをみせ、様々なチャンピオンが我々の前に姿を現した。そのなかでも一際異彩を放っているのはマヂカルラブリーの野田クリスタルではないか。霜降り明星の粗品につづきM-1グランプリとR-1ぐらんぷりのタイトルを獲得した「二冠王」だが、タイトルを重ねるごとに自慢の肉体美同様、目つきの鋭さが増していくのがテレビ越しにも感じられた。

 

 ラジオの特性のひとつに出演者1人に対して割ける時間が多いことが挙げられる。そのためいままで見過ごしていたタレントの魅力に気付けることも少なくない。
 『マヂカルラブリーのオールナイトニッポン0(ZERO)』を何度か聴くうちに気付いたのは野田の「声の良さ」だった。落ち着いた低音が、淀みなく真っすぐ響く美声の持ち主であることは、ラジオを聴くまでほとんど気が付かなかった。特に『エール!心のボディビル』というボディビルの大会の掛け声をモチーフにしたコーナーでは、彼の「声の魅力」が遺憾なく発揮され、視聴者から投稿されたネタメールにマヂカルラブリーのネタのようなひねりのある独自の味付けが生まれ、笑いをもたらしている。

 声にも「表情」がある。緊張や照れを含んだ人間の声は音の震えとなって耳に伝わり、画面のないラジオでもしゃべり手がどんな感情で言葉を発しているかつかむことができる。
 2020年末のM-1グランプリ決勝でマヂカルラブリーが披露した漫才『つり革』では、野田が舞台狭しと動き回り、「あれは漫才といえるのか」と賛否両論を呼んだ。漫才の判断基準という異例の議論に対して、渦中の野田自身は常に自信に満ちた表情で胸を張っていた。

 相方の村上も『お笑い実力刃』(テレビ朝日)で地下芸人時代の野田について「スベってるのに堂々としているところがカッコよく見えた」と当時を振り返っていたが、そうした自信や信念が声に宿り、聴き心地の良いおしゃべりとなってリスナーの耳に届くのだろう。そしてブレのない強い声が唯一無二の持ち味となって「シュール」という枠だけに終始しない、王道のお笑いとも対等に勝負できるネタに繋がっていると感じている。

 野田は一度実母からやんわりと引退を諭され、「それは俺に死ねっていうこと?」と珍しく声を荒げたという。野田クリスタルという男にとってのお笑いはそうした覚悟のものなのだ。こうした強い矜持も野田のたくましい声にきっと通底しているはずである。


 そんな野田に惚れ込んだ村上はどうか。舞台上では型破りな野田に振り回され、困りながらツッコミを入れるキャラクターに見えるが、ラジオでふたりの掛け合いを聴いているとむしろ不器用な野田に代わって進行役を担っている風にも感じられる。
 以前あるテレビ番組でピース・又吉直樹が爆笑問題・田中裕二を、またほかの番組ではハリウッドザコシショウが錦鯉・渡辺隆をそれぞれ「猛獣使い」という言葉で評していたのを見かけたことがあるが、村上もこのタイプと言えるかもしれない。(オードリーや南海キャンディーズもこうした関係性のコンビに該当しそうだ)

 しかしこの猛獣使いタイプも舞台上では「猛獣」に振り回されているようで、腹に一物を抱えた強者であることがしばしばある。苦楽を共にする相方にそうしたキャラクターの人物を選ぶ人間なのだ。型破りで破天荒な相方を選ぶ漫才師もまた破天荒なのである。

 村上も実の姉への複雑な感情を爆発させて笑いを起こしたり、「酒のために酒を飲む」というような豪快な休日の過ごし方を披露し、野田ですらあっけにとられているようなこともある。野田が舞台上で思いっきり暴れることが出来るのは、その勢いに勝るとも劣らない、村上という「タフ」なツッコミが居てこそのマヂカルラブリーなのだ。
 こうした関係性を覗くことができるのも、ラジオが出演者1人に対して多くの時間を割けるからこそ見えてくるものだと考えられる。 


 深夜ラジオは決して派手なメディアではないかもしれない。だが深夜ラジオというフィルターを通してみると、テレビやネットほど制約が少なく、かなり違った切り口でタレントの魅力やコンビ仲を見つめることが出来る。
 特に「地下育ち」を自認するマヂカルラブリーのようなコンビなら、なおさら日の当たらない時間帯の番組でこそ見える部分があるはずだ。


参考文献:『文藝春秋』令和三年三月号 中村計『令和の開拓者たち マヂカルラブリー』

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