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明日が来ないこと、数時間後や数秒後が来ないこと、そんな事を考えていないけど

今日はいつもと違う時間にノートを書いています。今は、夕方。子どもの習い事の間の時間です。なんだかちょっと変な感じだな。

さてさて、昨日の夜からミサンガ制作違う模様に挑戦してみることができました。やっぱり結び方を矯正してよかったです。

今日の朝、お坊さんのラジオを聞いた事も少し書いておこうかな。

終末期医療の話でした。
問いは、死に方に多様性があるのかどうか。
変な話だけど、不謹慎だけれど、面白いなと思いました。

看護師をなさっていたお坊さん曰く、死に方は現象であってどの人も同じである。けれど、その過程は様々である。その過程に、どんな意味付けをして生きていくのか生きてきたのかということでした。

この言葉、ちょっと面白いなと…。
死んでしまったら、そこでその人のストーリー(意味付け)は終わってしまう。その人のアウトプットがなくなってしまうってこと。

アウトプットと言う文章を書くとは誰かと話すとか何かを残していくとか、そういうアウトプットだじゃなくてもいいのかも。その人がただ生きている。生きて息をしている。そのことも当たり前で見過ごされてしまうけれど、アウトプットなのかもしれないなぁなんて思いました。

お坊さん曰く、人はみんな終末期に向かって行く。

そうよね…。

今の私が何か困難に立ち向かっているとか、そうゆうのじゃ全然ない。明日が来ないこと、数時間後や数秒後が来ないこと、そんな事を考えていない。

だけれど、今の私がどんなことが最善のアウトプット?と思うと今が心地よい事。やりたい事をやる事。いつも真っさらな事じゃないのかなと思うのだよ。ホント…。


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