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鴎よ、伝えてよ!―『恋の花詞集』とカールの真心

『霧深きエルベのほとり』新人公演を見てきました。

カールを演じた極美慎(きわみしん)君。屈託がなくてまっすぐで、それは本来のカール像とは離れているかもしれないけれど、新人公演らしいアプローチで、とてもよかったです。

橋本治さん(1月29日に亡くなられてしまった…)の『恋の花詞集』という本があります。

昭和の年数と同じ64曲の歌謡曲について書かれていて、タイトルはタカラヅカの『花詩集』から取ったもの。「すみれの花咲く頃」も入っているのですが、その大トリを飾ったのが「霧深きエルベのほとり」でした。

橋本治本は、ある時期まで、教科書のようにしてすべて読んでいたので、『恋の花詞集』も本棚に入っているのですが、知ったのは、橋本さんの訃報の知らせのあとでした。この本のことをTwitterで書かれている方がいて気づいたのです。すっかり忘れていました。

歌謡曲がテーマなので、舞台作品としてではなく、「霧深きエルベのほとり」という歌謡曲について書かれているのですが、橋本解説で、目からウロコがほろほろ落ちました。

橋本さんは言います。

《私は不思議でなりません。どうしてこういう歌を男の歌手が歌わないんでしょうか》
《どうして男は「鴎よ つたえてよ 我が心いまも 君を愛す」とは歌えないんでしょう?》
《昭和も四十年代に入ると、男の歌はみんな愚痴です。男の歌手は、みんな口を揃えて「俺はこんなにもだめなやつさ」の自慢ばかり始めます。そんなことがなんで自慢なんでしょうか? 一人で「こころに遣るよ 切ない影が」と歌っていた石原裕次郎は、どうしてこういう歌をヒットさせようとはしなかったんでしょう? 私は、男として宝塚に恥ずかしい》
《別れたって、やっぱり愛してるんなら、「愛してる?」って言わなきゃだめでしょう。遠けりゃ遠いで、なんとかしなくちゃだめでしょう。伝達手段がなくたって、鴎に頼むぐらいの根性がなくちゃだめじゃないですか。「鴎よ つたえてよ 我が心今も君を愛す!」って絶叫しなかったら、男じゃないと思うなァ。どうしてこういう歌が「宝塚の男役の歌」にしかないんだろう? へんじゃない》
――橋本治『恋の花詞集 歌謡曲が輝いていた時』(ちくま文庫)より引用

本でバシッ、バシッ、バシッと3回殴られた気がした。

格好なんか気にしないで心の中の思いを吐き出すカールのことを、わたしもどこかで笑っていたのかもしれない。

そして、フロリアンは、橋本さんがダメ出ししていた「『愛してる』と言わない男」だ。

フロリアンはとてもすてきだけれど、そういえば、一度だってマルギットに直接「愛してる」と言ったことはなかった。それを言っていたら、何か変わったかもしれないのにね。

フロリアンだけの問題ではない。

どんなに結果が見えていて、困難なことでも、鴎に叫ぶのが精一杯だったとしても、愛していると叫ぶこと。私たちはそんなことを忘れてしまっている。

橋本さんは、こうも言います。

《現実は、そう簡単じゃないからこそ「現実」って言うんじゃないですか。 ……困難な現実に立ち向かうことをこそ「現実生活」と言うのに。どうしてそれが恥ずかしいんだろう》

そして、これは「恋」についての話にはとどまらない。わたしたちの「現実」への向き合い方も問われているのだ。

愚直であっても愛を叫ぶ。たとえ困難であっても、おかしいことをおかしいと叫ぶ。訴える。

そうした振る舞いを、ダサいとか空気が読めてないとか言って、そういう人たちを笑ったり、気づかないようにしてはいないだろうか。

「自分の好きなもの、好きな人たちに囲まれて、いつもごきげんでいたい」なんてことを、広告の言葉みたいにきれいでトゲがない言葉で飾り立てて、社会の問題や物事の核心にブルーシートをかけて、ぼやかし、隠していく「新冷笑主義」とでも呼びたいようなスノッブに陥ってはいないだろうか。

わたしはそんなふうにはなりたくない。

Twitterにも書いたけど、きわみんが新人公演後のあいさつで、最後にこんなふうにしめくくっていた。

「この公演では、『海の男の真心』に挑戦しました。明日からは本公演で、『男の真心』を追求していきます」

うろ覚えだから言葉は全然違っていると思うけど、「男梅」のCMみたいに顔にぎゅうっと力を込めながら(かわいすぎる)。

この、いかにも時代遅れな「男の真心」という言葉が、まさに彼女自身が演じたカールを表していたと思う。本当に、こんなことをてらいなく言えるのって、昭和が終わり、平成も終わろうとしているいまでも、宝塚の男役くらいかもしれない。

橋本治のいうように、みんなもっと、叫べばいいのに。愛しているとか、それはおかしいとか。鴎にでも、世の中にでも。

現実は、そう簡単じゃないからこそ「現実」。
困難な現実に立ち向かうことこそが「現実生活」。

橋本治のこの言葉を胸に刻もう。

橋本治解説を読んだのちに観た「エルベ」新人公演で、カールに対する見方が変わった。

橋本治ときわみんのカールに教えられた。



Édouard Manet《The Sea, plate 7 from Le Fleuve》

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