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教えて、フロリアン先生*宝塚星組『霧深きエルベのほとり』

断片的な映像を見たことはあるものの(順みつきさんと若葉ひとみさんです)、劇場でちゃんと観るのは初めて。「古いお話だよー」と聞いてはいたけれど、演出は上田久美子先生。しかも、意外にも、とても思い入れがあるみたいで、菊田一夫の脚本を絶賛していらっしゃる。きっとうまくアレンジしてあるのだろうなあと思いながら、楽しみに観た。

宝塚歌劇の名曲「鴎の歌」をカール(紅ゆずる)が歌い上げ、大階段を使った「ビア祭り」のプロローグが始まる。テンポがよく、星組らしいエネルギーが炸裂していてとても楽しい。ここでは、カールと対照的に、すべてをもって生まれてきたような理想の男性として登場する礼真琴が、役を離れて伸びやかに踊る。主演作『かもめ』のラストに踊ったダンスを憶い出す。プロローグが終わると、場面はハンブルグの安酒場となり、店で働くヴェロニカ(英真なおき)が語り始める…。

ここまでの流れがカンペキで、上田久美子先生はやはり見せ方がうまいなあと思う。芝居巧者の英真さんから芝居が始まるのもいい。この酒場がどういうところで、これからどんなお話が始まるかをしっかり伝えてくれるから、観客は自然にお話の中に入っていけるのだ。

ストーリーはシンプル。世間知らずな令嬢が家出をして、悪い男と恋に落ち、幼さから男を自分の世界に迎えようとするけれど、娘の幸せ(と自分の自由もかな)を願った男は、歌舞伎の世話物のような愛想づかしをする…というもの。

初演が1967年だったことを考えると、『回転木馬(リリオム)』や『道』『風と共に去りぬ』『ウエスト・サイド・ストーリー』あたりの影響があるのかもしれないし、黄金期の日活映画を思い起こしたりもする。吉永小百合と浜田光夫が演じた『泥だらけの純情』とか(大好きな映画なので)、当時は「身分違いの恋をするお嬢さん」を題材にした作品が多かったのだ。当時の宝塚ふあんの若い女性というと、お見合いや親の決めた相手と結婚するケースが多かっただろうから、こういう作品を観て、冒険心や恋心を満足させていたのかもしれない。

そういう時代のちょっとレトロな恋物語なのだろうと思っていた。でも、それはいい意味で裏切られた。

あらすじこそ古いし、ありがちな設定だけれど、戯曲はとてもていねいに書かれていて、セリフの一つ一つがすうっと入ってくる。どこかの物語から取ってきた言葉と決まり文句をつなぎ合わせたような退屈な台本とは訳が違うのだ。

驚いたのはフロリアン(礼真琴)の存在。フロリアンは、ヒロインの令嬢マルギット(綺咲愛里)の婚約者で、上流社会の中心にいるような美青年にして好青年。と書くと、タカラヅカのロマンスものによく登場するおぼっちゃまか、『風と共に去りぬ』のアシュレみたいな優しいだけの男か、と思うでしょ? ところが違うんです。

このフロリアン、マルギットを愛し、心優しいだけでなく、哲学者かドストエフスキーの小説から抜け出てきた人物か? とでもいうような卓越した知性の持ち主で、マルギットの間違いを正し、カールの心の内を解説しながら、物語を進めていくのだけれど、その活躍が本当に素晴らしい。

たぶんマルギットは、宝塚ふあんでもあるのでしょう。フロリアン先生はマルギットのみならず、観客の私たちにも、お金によって人は人を差別し、差別されていること、本当の愛とは何か、やさしさとは? ということを諭してくれるのだもの。惚れるしかなかったです(笑)。

三人以外も、活躍する場面は多くはないけれど、人物がきちんと描かれていてとても面白かったし、出演者も全員好演でした。

カールの紅さんは、主演をつとめるようになって、いいと思えたのは、正直にいって『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』と『うたかたの恋』くらいなんだけど、これはハマっていたと思う。英真さんとの絡みも多かったので、『シークレット・ハンター』の新人公演で、セリフのない主人公の父親役(本役は英真さん)はをひたむきに演じていた頃の彼女を想い出したりしました。うん、『霧深きエルベのほとり』では、あんな感じでお芝居をしていると思う。

思うに、くれないさんは、タカラヅカらしい役は極めようとしなくていいから、おもしろジェンヌとして、面白い役、自由に動けるような役を演じていったらいいと思う。大泉洋さんあたりが演じそうな役とか、今回すごくハマったので、日活映画っぽいレトロで人情味が出るような作品が合うのかも。真飛聖さんのサヨナラ公演だった『愛のプレリュード』とかね。シリアスじゃないほうの正塚作品も合いそう。早霧せいなさんが演じた『幕末太陽傳』みたいな喜劇もいいかも。あ、そこから『ANOTHER WORLD』が生まれたのかもしれませんね。…と、勝手なことを書いていますが、最近は合う役が回ってきている感じがするからよかった。

マルギットとの出会いの場面で、もうちょっと危険な色気が出るといいかなとか、ラストあたりは、もうちょっと落ち着いて、思いを内に込めるお芝居ができるようになってくるともっとよくなるはず…とか、細かいところはいろいろありますが、これからすごく変わりそうな気がするし、当たり役になったと思う。

れいまこ氏は、言うことなしです。お芝居、ダンス、歌と、上手だし、自然にできるところが本当にいい。マルギットがフロリアンに恋愛感情を抱かないことが、この物語最大の謎ですが(笑)、お嬢さまの恋とはそんなものなのでしょう。

あーちゃんはとても可憐で、お嬢さまの役どころにぴったりでした。日活映画でいうなら、芦川いづみとか和泉雅子のイメージかな。セリフが幼い感じになってしまうのが気になるんだけど、地声で話すわけにはいかないんだろうか。恋に落ちた感じも、もう少しはっきり見えるようにしたらいいかもしれない。

ヴェロニカ、マルギットの妹のシュザンヌ(有沙瞳)、 カールの昔の恋人アンゼリカ(音波みのり)、カールの妹ベティ(水乃ゆり)と、女性の役が多く、重要な役割を果たしているのもうれしい。ここではあげないけれど、カールの水夫仲間たちをはじめ、全員が楽しそうにお芝居をしていて、なんといってもそれがいいなあと。

七海ひろきさんのトビアスが、さすらいのカウボーイみたいなひょうひょうとした役で、これで「サラバ」となるのは寂しいけど、素敵な役でよかった。カウボーイハットをかぶっているのは、バウの主演作へのオマージュ? 水乃ゆりちゃんがかわいくて、しっかり役になりきっているのに感心しました。芸名もシンプルで好み。

個人的にいいなあと思ったのが、タカラヅカの作品ではスルーしがちな「お金」にちゃんと向き合っているところ。愛想づかしの場面は歌舞伎っぽくて楽しかったし、すべてを持っているようなフロリアンでさえ、手に入れられないものはある、愛はお金では買えないというのも、今の時代だからこそ、いっそう身に沁むことでもある。50年たっても、ちっとも変わっていないのだ。

それから、カールの正直さにもいろいろ考えさせられる。フロリアンとは対照的に、カールは教養も財産も地位ももっていないけれど、正直で、騙そうとしている女の子にさえ、自分の手の内を明かしてしまうようなチャーミングなところをもっている。言葉は知らなくても、自分で考え、行動し、フロリアンに匹敵するような境地に到達しているのも面白い。生まれた場所が違っていたら、どうなっていただろう。性格の違う親友同士になっていたかもしれない。

その後、登場人物たちがどうなるかを示唆しないところもまたよくて、自分の問題として考える余地になっているのではないかと思う。

そして、やはり曲がいい。作曲は入江薫さん。レトロなメロディーラインなんだけど、ほかのどのジャンルにもないもの。流行の歌謡曲をショーに使うのもいいけれど、こういう音楽性をおろそかにしてはいけない、大切にしてほしいと思いました。

主題歌「鴎の歌」の 《岸辺によせる さざ波は 別れし人の睫毛にも似て》のくだりは、何度聴いてもぐっとくる。

そうか、睫毛か。だからポスターのマルギットは目を伏せているのね。

観に行ったのはお正月だったので、開演前のロビーで主題曲の演奏があったのだけど、しみじみ「いい曲」だと思った。演奏した楽団の人たち全員がカールのマリンルックでキメていたり、片隅にカモメの置物があったのもよかったです。写真撮っておくんだった。

お芝居はどんどん変わっていきそうなので、東京に来たら、また観に行ってみようと思う。

極美慎くんがカール、水乃ゆりちゃんがマルギット、天華えまちゃんがフロリアン、有沙瞳ちゃんがヴェロニカを演じる新人公演も楽しみです。


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