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過去へのタイムトリップ蘇った記憶

ふと入った喫茶店で炭焼きコーヒーを頼んだ。
毎日のようにコーヒーは飲んでいるが、炭焼きコーヒーではない。

だが、一口目を飲んだ時味と香りに懐かしさがこみ上げ記憶が蘇ってきた。

それは片田舎の昔ながらの喫茶店で、彼を待っている私だった。
当時は携帯電話もなく、店の公衆電話から何度か彼に電話している。そんな私がいた。

待ち合わせの時に頼んだのは炭焼きの水出しコーヒー。
コーヒーが特別好きだったわけではないが、大人になったらブラックでおしゃれにコーヒーを嗜みたいと思っていた。まだ子供という証明をしているようなものだ。

二口目を飲んで思い出した。それは私の二十歳の誕生日の日だ。
特に付き合っていたわけではなかったが、一度だけ一緒に海へ行き、そのまま帰らなかった。

まだ、経験の浅い私だったから、それがどういうことなのかよくわからず、有頂天になっていた気がする

彼はまだ大学生、私はすでに働いていたのだが、大学で何を学び将来の夢などたくさん聞かせてくれた。
私はそんな夢などなく、なんとなく社会人になり、なんとなく毎日を過ごしていた頃だ。
世の中に、こんな夢を持って人がいたのかと思うくらい、驚きと共に目をキラキラ輝かせながら話す彼に魅了されていった。

恋に堕ちたのだ。

淡い憧れのような恋で、夢中で追いかけていた気がする。
今考えれば、重い女かもしれない。

あの日、なぜ炭焼きコーヒーが苦く感じていたのか三口目を飲んで思い出した。

二十歳の誕生日の日、私は彼と約束をしていた。
だけど、いつまで経っても彼は来なかった。
1時間経ったところで、彼の住む下宿先へ電したと思う。公衆電話で、大家さんに彼の名前と自分の名前を告げ取り次いでもらう。
その作業が何度が繰り返され、私の心は折れそうになっていた。

待っている間、喫茶店のマスターが心配そうに私の方を見ている。事情は分からなくても、待たされているのはわかる。
女が1人コーヒーを飲みながら待っている。

マスターの目にはどう写っていたのだろう。私はかわいそうな女に見えていたのだろうか。

おそらく4時間近く経った時、彼がやってきた。今思えば、よくもそんなに待てたものだと思う。途中で帰っても良かったはずだ。怒って帰って、後日彼に怒りをぶちまけても良かったはずなのにしなかったのは、やはり私の方が惚れていたからだと思う。

冷めたコーヒーを飲みながら、また記憶が蘇ってきた。
二十歳の誕生日、彼は思いがけないプレゼントを用意してくれていたのだ。
とある街の今でいうクラブのような場所で、周りの人たちを巻き込んでのバースデーパーティー。

忘れられない1日になった。

行き帰りの車の中、彼はずっと夢を語ってくれた。私はその話を聞きながら彼の夢が叶うと良いなと本気で思い、未来の自分の姿も想像していた。

私は最後のコーヒーを飲み干した。

そして、思い出した。彼からの連絡はそれを最後に一度もなかった。淡い思い出と共に彼とのことは封印された。

初めての人、でっかい夢を語っていて優しい眼差しの彼。もう会うこともないだろうけど、あの時のことはきれいな思い出のままで心にしまってある。

彼の夢は車の自動運転の開発をすることだった。30年以上も前に車は今に無人になると言っていた彼。
その仕事に就くために勉強していると言っていた。

現在、無人走行の実験が行われ、実現しようとしている。その時も一瞬思い出したけど、炭焼きコーヒーのおかげで、たくさん思い出せた。

今、どうしているだろう。喫茶店の片隅で炭焼きコーヒーを飲み終えて私は席を立った。


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