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今年1年のフリーダムな振り返り

一言で言い表すのならば、今年は「変化」だらけの1年でした。
・部署の異動(CSからマーケの実務業務へ)
・住環境の変化(シンプルに引っ越した)
・考え方の変化(うまく言い表せない)

など。自分だけでなく、周りの人や社会全体もコロナから徐々に抜け出しつつあり、変化のスピードがまた高まった1年でした。
諸事情で個人ブログが飛びまして、今年は色々あって今後のためにも書いておきたかったのでnoteにて失礼します。

部署の異動

これまで長年在籍していたCSから、今年はマーケへ異動になりました。
「お客さんのマーケティングを支援する立場」から、「自分で成果のために考えて動いていく立場」、いわば実践者へ変わったのですが、立場が変われば、感覚も全く違うことを身を以て理解できました。

マーケの中でも「セミナー」「展示会」といったイベント施策を担当する機会が多かったのですが、
中でも強く感じたのはマーケターは思った以上に「フローが複雑でかつ考えることが多い」ということです。変数があまりにも多い。
更に、イベントは認知・集客・開催・後追いなど複数のフェーズを経てその後の態度変容で成果が分かるので変数が多いゆえに、どこを変えれば成果にヒットするのか常に数値を見ておかないと微細な変化に気づけないなと思いました。

一口にセミナー開催と言っても、

  • 参加者がセミナーに参加した後のゴール状態

  • セミナーテーマ(タイトル)で何をキーワードに入れるか

  • スライド1枚1枚をどう展開して何を伝え+満足感を持ってもらうか

など、考える作業の延長上にしか施策の成功はないのだと分かりました。だからこそターゲットを設定すること、顧客の解像度を上げることというシンプルなことが後々与えるインパクトの大きさも改めて認識しました。

途中から初挑戦した展示会においても

  • どの展示会に出るべきか

  • ターゲットが参加する展示会に参加できるか

  • 展示会の位置取りでいい場所を確保できるか(ぶっちゃけここでほぼ勝負が決まる)

  • 社内メンバーに協力をどう依頼するか

  • 当日の動き方はどうするか?

  • (本番で問題が発生した時)どうリカバーするか

など、会社の大事な予算を使う以上、「全てを意図を持って説明可能な状態」にしなくてはなりません。難しさもあり、何より責任感に押しつぶされそうな気持ちにもなりますが、成果が出たときの喜びもとても大きいです。

加えて、様々なタイプの上司のもとで働けたのも良い経験になりました。
・最初の頃はどうしても信用残高を積み上げる必要があるのでマイクロマネジメント気味にならざるを得ない(これは構造上仕方ない)
・上の期間を終えて残高を積み上げられると、部分的に任せてもらえるようになる(もちろん報連相は必須)
・成果が出てくるとだんだん自分がリードできる幅が広がっていき、楽しくなる
細かいところを突き詰めるのが好きなタイプ、たとえ話が好きなタイプ、スピード重視でまずはやってみようという実行派タイプなど。様々な上司の良い部分を学ぶことができました。
「全てを意図を持って説明可能な状態」にする意識はここでも必要。
スピーディーに組織や追いかけることが変わりながらもなんとか食らいつき、今の会社に入ってから個人的に1番成長できたな〜〜〜と感じることができた1年でした。正直来る前には成長曲線が止まったような気がしていたので、異動というきっかけを起点に、そこのリミットが解放できて良かったです。

異動直後のツイート。何もかもが初めて過ぎてインターン生に戻ったような気分でした。インターンしたことないけど

住環境の変化(シンプルに引っ越した)

4年ほど住んだ家(安いけど狭い、寝るか座るしかできない)を思い切って引っ越そう、「引っ越してまじで人生変えてやる」と意気込んで春先に引っ越しを行いました。「人生変えてやる」のアメリカンドリーム感よ。

「家に何を求めるか」「家を引っ越して何がしたいか」という達成したいゴール(笑)と現状の予算、会社との距離等をめちゃくちゃ考えながら今の家に決め、引っ越しのためだけに2日有給取ったほどですが結論、引っ越してめちゃくちゃ良かったです。
55型のテレビを買ったことで自宅にいるときの幸福度が跳ね上がりましたし(大画面でアニメ観たりゲームができるとやっぱ楽しい)、さらに友達を気軽に家に呼べるようになったことで心にもゆとりが生まれた気がします。人生のステージが上がったようなインパクトでした。あとベランダでご飯食べると美味しい(夏暑くて冬寒いけど)

考え方の変化(うまく言い表せない)

考え方も今年、おもしろいくらい変化してきました。前は変にプライドだけ高くて、意地を張り気味な所があったように思います。
ふと洗面所とか風呂場とかで考え事することが多いのですが、ある日「30過ぎてそれめっちゃダサくない?自分大丈夫そ?」と思ったことから、柔軟に考えるようになりました。
こんな事を書くとまずいかもしれませんが以下のように考え方が変わりました。

  • 友達は本当に気の合う数人いればいい(無理に合わせる必要なし)

  • 声をかけてもらうのを待つんじゃなくて、自分からも絡みに行く

  • 何するにも健康と体力が大事、死にそうになったらサウナ行け

  • 「自分の価値観 is 絶対」をかざしてくるやつは放置でOK、それも一つの正義

この考え方がはたして柔軟なのか、ただ面倒くさい人への道を邁進しているだけかもしれないですが一旦脇に置いていただけると幸いです。

どこかで見た気がするのですが、優秀な人、そうでない人色々いますが「人間、それほど基本スペックに変わりはない」とのこと。
ついつい自分の意志が弱いと人に流されてしまいそうになりますが、同じスペックの人間で違う時間=経験をしてきている自分が思う考えなのであれば、それを否定されるいわれはなく、単に「声のボリュームの違い」です。
ボリュームの大きい声も頭ごなしに否定するのではなく、ちゃんと聞いて理解しようとすること(頭ごなしに否定するは単なる老害になってしまう)。その結果理解できないのであれば「なるほど。考え方が少し違うんだな」でOKにしようという風に変えてみたら、とてもラクになりました。

何でもいいから目標やテーマを持つこと

最後に「目標やテーマ」を持っていないと、漫然と生きてしまうなということです。
どんなに視座の低い目標でもいい、個人的な欲にまみれた目標でもいいからとりあえず掲げたほうが、日々の生活にもハリが出ることがわかりました。(全く目標を立てていなかった期間はなんとなく進んでいる実感が沸かなくてしんどかった)
目標があると「やった今日はできたぞ!」とか「今日は全くできなかった!死にたい!」など、理想とする「基準」ができます。この「基準」があるかないかでボーっと生きるのか、そうでないかが分かれるような気がします。
日々「基準」を達成できるように動けているか、その先のいい感じの未来に行くためのアクションを取れているのか。
全然立派な目標じゃない目標を立てながら来年も自分のペースで頑張りたいと思います。

以上、完全にノリで書いた駄文noteですが、やっぱり自分の考えを書いてまとめると楽しいですし、改めて周りの人に支えてもらっていることを認識しました。身の回りの皆さん、いつもありがとうございます。そして来年からもよろしくお願いします。
最後までお読みいただきありがとうございました!

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