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乗馬教室7 うまくできなかった

モンテクリスエス うまくできなかった

調馬索は長いロープで、調馬索の端のフックを馬のハミの輪っかに引っかけて、もう一方の端を人間が持つ。ちょうどコンパスで円を描くような感じで人間を中心にして馬に大きな弧を描かせるように操るもの。
調教に使ったり、歩き方や走り方から体調を見るばかりでなく、お馬と仲良くなるのにも役立つそうだ。うまく扱えれば、お馬さんも人間と遊んでいる気分になり、とても楽しいらしい。
ただし、操る人が下手くそだと、お馬さんが円の真ん中にいる人間に近づいてきたり後ずさりして円が描けない、あるいはお馬さんがまったく動いてくれないこともあるのだそうだ。
もっとひどくなると、馬が円の中心にいて、人間がその周囲を走り回っていることも・・・・。まあ、それはない。
また、この調馬索は初心者の乗馬レッスンの道具としても有効なもの。
初心者である私のレッスンでは先生が円の真ん中でロープの端を持って、舌鼓(ぜっこ)という舌打ちみたいな合図とかムチやら言葉をつかって上手にお馬さんを歩かせたり走らせたりするんだ。
調馬索があると、お馬さんは私を乗せたままあさっての方向に行ってしまうこともないし、先生の指示がお馬さんに伝わりやすいそうだ。
ただし、人や荷物を乗せない「から馬」ならお馬さんたちは指示に従がってくれるんだけど、初心者の受講生を乗せてきちんと動けるお馬さんは、三木ホーストレックみたいなところでもモンテ、ラピュタとあともうひとり、コカゼくらいしかいないんだって。
私の相手がモンテとラピュタが多いのはそのせいなんだそう。この2人と一緒なら、私は一生初心者でもいい、と思っていた。
特にこのところずっとモンテが付き合ってくれていて、専属といっていいほどだ。
だから私たちは親友だと、思い込んでいた。そんなに好きなモンテなのだけれど、その日は、ものすごく手こずった。
レッスンは午後1時半からだ。
洗い場までつれてきたのはいいけど、プロテクターや鞍をつけて、最後にムクチをトーラクに付け替えるときに、モンテはめちゃくちゃいやがった。
ムクチをはずした瞬間、首を上げ下げして、全然じっとしてくれない。私は両腕で大きな輪を作ってモンテの顔を抱えてトーラクをつけようとするのだけれど、振り回されて、腕の輪は簡単に切られてしまう。馬のものすごい力が怖かった。
何度やってもうまくいかない。私は甘え心いっぱいでモンテに頼んだ。
「お願いだから、じっとしててよ」
けど無視された。彼はまったくの無言&無表情。
今度はその甘え心を先生に向け、すがる視線を送った。
でも今日の先生はやばい。この先生も好きなんだけど、ちょっと緊張する。
簡単には手を貸してくれないし、途中の助言もない。私に全部させてから、間違いを直してくれるタイプの先生だ。
今日もやっぱり助けてくれない。正面で仁王立ちするだけである。
ほかの受講生たちは次々と馬を連れてレッスン場に向かっている。
だいぶたってから、先生がしびれを切らしたように、
「腕でしっかり馬の顔を包み込んでいないからできないんです」
と言った。
モンテが首を振って私の腕から離れて、完全にフリーの状態になっても、幸いなことに逃げださなかったのは、モンテのすぐ目の前に仁王立ちの先生がいたからだろう。
梅雨の湿気の中、私は汗だくになり、ひたいを流れる汗が目に入って痛かった。何度も服の袖で額の汗を拭いた。
20分かかって、やっとトーラクをつけることができた。
洗い場は静まり返っている。みんなとっくに出払って、レッスンを受けているのだ。
トーラク付けができて、ほっとしたけれど、達成感などなく、うつろな気持になっていた。
暑かったからだと思うけど、すでにすごく疲れた・・・・。トーラク付けでレッスン時間の半分を失ってしまったが、もったいないとも思わなかった。
帰りたい・・・・。
しんどくなったので帰ります、と言う勇気も出ないまま、手綱を持ち、とぼとぼと室内馬場に向かった。
道すがら、トーラク付けはこの先私がひとりでやらなくてはいけない工程なんだから、これも大切な練習のうち、と100%納得はしているが、それだけに、よけいに私はまいった。
モンテや先生にお慈悲恩情を求めた私は根性ナシや。
軽速歩のモンテの上で立つ座るの練習を少しして、レッスンは無事終了。
これまで通り、ちょっとお手入れをして終わりだと思っていた。ところが、その日のお手入れはほぼフルコースだった。初めてである。
早くクルマに戻って、冷たいクーラーMaxの風に当たりたかったのだけれど、モンテだって暑い中がんばってくれたのだから、お手入れから逃げるなんてことしたくない。
先生に教えてもらいながら足裏の汚れを取ったり、丸洗いをしたり、拭いたり、一生懸命やったらお手入れだけで1時間半が経っていた。
すべてが終わったとき、モンテの体にもたれかかってべたっと顔をくっつけると、湿気と暑さとで不快指数Maxなはずなのに、とっても気持ちのいい暖かさを感じた。安堵に似た心地だった。
こんな種類の幸福感は初めて。
そのあとのニンジンをあげながら、モンテに聞いてみた。
「今日のわたしはほんとにダメやったわ。怒ってた?」
すると、モンテは言った。
「ダメは今に始まったことやない。俺は虫がいやなんじゃ。虫がおったらイライラして腹が立って仕方ないんじゃ」
モンテはまだ不機嫌だ。でもその不機嫌が私のせいではなかったことが分かり、いくらかはほっとした。けれど、せめてトーラクがもっとスムーズにできていれば、モンテのイライラも軽減できただろうと、また悲しくなった。
クルマに戻ってクーラーをつけたが、汗は全然引かなかった。

お馬さんに乗って「ずっと初心者でもいい。嬉しい、楽しい、好き好き」などというちゃらちゃらした気持ちでこれからも続けるよりも、動物園にでも行って、シマウマを眺めているほうがいいのかもしれないと、今日はいつになく真面目な気持になった。
趣味で始めた乗馬なのに、こんなに本気で悩むなんて、今日の私は絶対におかしい。暑さのせいで頭がヘンになってたのかなあ。
あの時、目が痛くなったあの汗には、本当は少し涙も混じっていたと思う。

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