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6.「おむすびころりん」夫婦円満

「おむすびころりん」夫婦円満

むかしむかし、お爺さんとお婆さんがいました。
お爺さんは、若いころは山師のような仕事をしていて、そこら中の山を歩き回って鉱脈や金塊をさがしたり、森の木の伐採を請け負ったりしていました。けれどちっとも儲からなかったので、山師を廃業して、細々と木こりをするようになりました。
その木こり業も歳をとってからはやめて、小さな畑を作って、お婆さんとつつましく仲良く暮らしていました。
お婆さんがご飯を炊こうとしたら薪がなかったので、お爺さんはゲンやんのところに薪を買いにいくことになりました。
ゲンやんはお爺さんより少し年下で、森の向こうに住む元木こり仲間です。彼は今も現役です。
「んじゃ、行ってきまーす」
懐に財布と、途中で食べるおむすびを入れて、家を出ていきました。
森をを歩いていると、大きな切り株があったので、お爺さんはそこに腰を下ろして休憩することにしました。
「よっこらしょ」
足もとを見ると、深くて大きい穴がありました。
中を覗くと、穴底の広場でネズミたちが楽しそうに歌ったり踊ったりしているのです。
もっとよく見たいと思い、のぞき込むように胸まで穴に入れると、懐に入れていたおむすびと財布が落ちてしまいました。
おむすびはともかく、財布には全財産が入っていたので困ります。
「おーい。そのおむすびはおまえらにやるから、財布返してくれー。頼むわ」
お爺さんは穴のネズミたちに言いました。
すると、穴の中のネズミたちはお爺さんを見上げてバカにした調子で、歌いながら踊りました。
♪おむすびころりん、すってんてん。財布を落として、すってんてん♪
♪おむすびころりん、すってんてん。ジジイは文無し、すってんてん♪
「わーい、すってんてんになりよったー」
「なりよったー」
ネズミたちはめちゃくちゃに盛り上がっています。その声を聞きつけて、どこからともなくまたネズミが集まってきました。
お爺さんが途方にくれていると、親分格とおぼしき大きなネズミがお爺さんを見上げて言いました。
「財布ほしいんだったら、自分で取ればいいやん」
確かにそうだ。
そこでお爺さんは、穴に落ちないよう、切り株に着物の端を引っかけると、さらにおなかまで穴に沈めて手を伸ばし、財布を取ろうとしました。
ところが、逆さまになりすぎてお爺さんは頭から落ちてしまいました。
着ていたもの一式は切り株にひっかかったままです。ちょうどお爺さんの体だけがずぼっと抜け落ちたような感じ。
全裸になってしまったお爺さんは穴の中ではしゃぎ回る大勢のネズミたちに囲まれて、その真ん中で大事なところを両手で隠して茫然と立ち尽くしてしまいました。
♪おむすびころりん、すっぽんぽん。パンツも脱げて、すっぽんぽん♪
♪おむすぎころりん、すっぽんぽん。ジジイは全裸だ、すっぽんぽん♪
「わーい、すっぽんぽんやー」
「すっぽんぽんやー」
またまた大合唱です。ネズミたちは楽しそうに踊り始めました。
ネズミたちの歌や踊りを見ているうちにお爺さんもだんだん楽しくなってきて、輪の真ん中で一緒に踊りだしました。
その楽しそうな声を聞いて、近くを歩いていた3人の若い娘が近づいてきました。
穴を覗いた瞬間、
「きゃー!なんだこれー」
「きゃー。怖いよー」
「露出魔やー」
その悲鳴でお爺さんは我に返りましたが、手遅れでした。
「そうじゃないんよ。わしは怪しいもんやないねん。なあ、おまえらも説明してくれ」
お爺さんはネズミたちにいきさつを話してもらおうと、周囲を見ましたが、いつの間にかネズミは全員姿を消してしまっていました。
おむすびも財布もありません。穴の中には全裸のお爺さんだけです。
娘たちは悲鳴を上げました。
「きゃー」
「きゃー」
「きゃー」
「待ってくれー。お願いやからわしを引っ張り上げてー」
お爺さんは穴底から娘たちを見上げ、両手を振って頼みましたが、3人とも逃げていってしまいました。
どうしたものかと途方にくれ、座り込んでいたら、しばらくして警察がやってきました。
そしてお爺さんは穴から救出されましたが、財布もおむすびもネズミに持っていかれたままです。
「森に変質者がいるとの通報がありました」
お爺さんは警察官に事情を説明しましたが、信じてもらえません。
「穴に隠れて、下から女の子たちの着物の中を覗き見しようとしてたんでしょう」
「違います、違います。あのね、ネズミがおりまして、わしは穴に落ちてしまいましてな」
お爺さんは、ネズミが隠れていないかとあたりを見回しましたが、やはりネズミは一匹たりともいませんでした。
「通報では、お爺さんは穴の中でひとりで踊っていた、ということなんですよ。それも全裸でね。あなたねえ、いい歳してなにやってるんですか」
警官は呆れ顔で、お爺さんが着物を着るのを待ちながら言いました。
お爺さんはそのまま警察署に連れていかれ、連絡を受けたお婆さんが慌ててやってきました。
「この人はおっちょこちょいですけど、変態ではないんです。多分、言うたはることはホンマやと思います」
お婆さんはまともそうに見えたので、警察もお婆さんが身元引受人になるならと、お爺さんを解放しました。
お爺さんは家に帰ってお婆さんにめちゃくちゃ怒られました。
「二度とこんなはずかしいことせんといて」
「すまんかった」
お爺さんはあやまりましたが、すぐにちょっと楽しそうな顔をしました。
「ところで、今思い出してんけど、あの切り株なあ、前に木こりしてたとき、わしが切った木やった。ほんで、わしが落ちた穴は、むかし、わしが山師やってたときに金塊捜しで掘った穴やった。自らの墓穴を掘るて、このことやな。笑うやろ」
そう言って自分で笑いました。
「笑ろてなんかおれませんわ。おカネも取られて、明日からどうしたらええんや」
「ほんまや。ネズミがカネなんか持ってどうするんやろなあ。ねずみ講でも始めるつもりなんやろか」
そう言い、お爺さんはまた笑いました。
お婆さんはノー天気なお爺さんを見ていて、あまりにもあほらしくなって、一緒に笑いました。
そのあと、すやすや眠るお爺さんの寝顔を見て、
「あんたにはわたしがついてんとあかんねん」とお婆さんはつぶやきました。

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