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2.「舌切り雀」リメイク

「俺は男前やから身だしなみをきちんとして、いつもダンディーにしとかなあかん。ぴんと糊のきいたワイシャツしか着ないから、しっかり糊きかせとけ。アイロンも忘れるな」
爺さんは婆さんにそう言い残して、トヨタハチロクに乗って、遊びに行ってしまいました。
婆さんは結婚して何十年もの間、ずっとモンクも言わず、夫に服従してきました。
ところがワイシャツをぴんとさせるための洗濯糊を、庭に遊びにきていた子雀が食べてしまったのです。
「ねえ、ここに置いてた糊、食べた?」
「食べてない」
そう答える子雀のくちばしには糊がついていました。
「あらあら、食べちゃったのね。嘘はいけないよ」
婆さんはそう言っているうちに目の前が真っ暗になり、わけがわからなくなり、子雀の舌を切ってしまいました。
子雀は悲鳴をあげ、泣きながら帰っていきました。
婆さんは口から血を流しながら飛び去る子雀の後ろ姿を見ているうちに、我に返り、しゃがみこんで泣いてしまいました。
ひどいことをしてしまった。糊づけしていないワイシャツは、わたしが爺さんに1発2発殴られたらすむことなのに。
子雀の安否が気になって仕方なかったので、婆さんはお見舞いをするために藪に行きました。
藪では大勢の雀が暮らしています。みんなが集まるその真ん中で、子雀の両親と兄弟が心配そうに子雀の様子を見ていました。
「ごめんね。ひどいことをしてしまいました。お詫びのしるしに、ここでわたしの舌も切りましょか」
頭を下げる婆さんに、子雀の父は神対応をしました。
「お婆さん、めっそうもない。顔を上げてください。舌はまた生えてきますから、心配ご無用です。それに元はと言えば、うちの娘が悪いんですから」
そして父雀は子雀に向かって優しく言いました。
「ほら、お婆さんにあやまるんだよ」
「おわあやん、ごえんややい」
舌が切られてしまったので、ちゃんと喋れません。
「何を言ったか、分かりますか」
「分かりますとも。お婆さんごめんなさい、って言ってくれたんでしょう」
ぺこりと頭を下げる子雀を見て、お婆さんはまた涙を流しました。
「婆ちゃんこそ、ひどいことをしてしまって、ごめんね。許しておくれ」
何度も頭を下げ、帰ろうとすると、父雀が言いました。
「せっかく来てくださったのですから、食事でもしていってくれませんか」
婆さんはもったいないと言って断わりましたが、雀たちがどうしてもと言うので、それならばとゴチになることにしました。
満腹になったので、お礼を言って帰ろうとしたら、今度はお土産を持たそうとしてくれました。
「大きなつづら、持てますね」
父雀が聞いてきた。
「いえいえ。これ以上厚かましいことは言えません。どうしてもとおっしゃるなら、小さい方をください」
「遠慮には及びません。普段から重労働は全部お婆さんがやってるでしょう。体鍛えてるんだから、大きなつづらもラクラク持てるはずですよ」
確かにそうだ。爺さんは、おぐしが乱れるからいやだとか、貧血だとか、今日は虚弱体質だとか理由をつけて、肉体労働は絶対にしません。婆さんは力仕事を押し付けられているうちに、マッチョになっていたのです。
何十羽もの雀が束になって、力を合わせて大きなつづらを婆さんの前に運んできました。
「それにそもそも、普段からお爺さんは暴力をふるう上、家にあまりおカネを入れてくれてないでしょう」
「へ?」
「十分のおカネを入れて優しく接してくれていたなら、糊ごときで雀の舌を切るなんて前後不覚の暴挙にはでないはず。あなたの心はすさんでしまって、ぎりぎりの状態になっていると思うんです」
「はあ、まあ・・・・」
「つづらの中には大金が入っています。これからはこのおカネを使ってやりたい放題してください」
雀の勧めにしたがって、お婆さんはおおきなつづらを持って帰りました。
中をあけてみると、大判小判がざっくざくと出てきました。
しばらくして帰ってきた爺さんは、明日着ていく糊のきいたワイシャツが用意されていないことに激怒し、婆さんを殴ろうとしたのですが、部屋の隅に置いてあるつづらに気づきました。
「何や、これ」
そして婆さんから今日あったことを聞かされると、急にご機嫌になりました。
「じゃあ、わしも明日藪に行ってくるわ。2、3個もらうから、クルマで行くわな」
「行っても無駄ですよ。あなたがドケチな上、わたしを殴るDV野郎だってこと、雀たちは知ってますから、お土産はガラクタばかりでしょうよ」
「なんやと。おまえ、わしの悪口を言うてきたんか」
「悪口なんか言ってませんけど、あの子たちはよくわかってます。毎日庭に遊びに来ていたんでね。それから、今日いただいてきたおカネはわたしのものですから、これ持って、ここを出ます。はい、さいなら」
婆さんは呆気なく家を出ていき、雀からもらったおカネで藪のすぐそばの介護付き有料老人ホームに入りました。
そしてそこで毎日遊びに来る雀たちとおしゃべりしたり、お歌を歌ったり、お菓子を食べたりして、楽しく暮らしました。
爺さんがそのあとどうなったかは、誰も知りません。

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