5.「浦島太郎」外伝
漁師の太郎が浜辺を歩いていると、むこうの方でマサやんと、クニやんと、ショウやんの三兄弟が亀をいじめているのが見えました。心優しい太郎は、駆けよっていき3人に言いました。
「亀がかわいそうじゃないか。どうしてもどつきたいのなら、この僕をどつきなさい」
三兄弟は、ほんじゃあ、とばかりに太郎をどつき始めました。
太郎はうずくまって耐えていましたが、そのうち信じられないほどの破壊力を後頭部に感じたので、体を起こして振り返ると、カメと目が合いました。
「おまえ、何しとんねん」
こいつの太い手でどつかれ続けたら、間違いなく俺は死ぬ・・・・。
「おい。もうやめてくれ。おまえら3人にはカネやるから」
太郎はマサやんに300円を渡して、
「100円ずつ分けるんやで」と。
3人が去ったあと、亀は作り笑いとともに、
「すんません。つい俺も楽しなってしまいまして」、とぺこぺこ頭を下げましたが、太郎の怒りは収まりません。
それでお詫びのしるしというテイで、竜宮城に案内することになりました。
太郎は助けた亀に連れられて竜宮城に行きました。
毎夜乙姫をはべらせ、ご馳走を食べて放蕩三昧をしましたが、親孝行の太郎は残してきた家族のことを忘れはしませんでした。
そこである日、乙姫に頼んだのです。
「田舎に残してきた両親と弟や妹をここへ呼び寄せたいんです」
「へ?」
乙姫はびっくりしました。
家族を引っ張り込んでパラサイトする気か。たったの300円でカメ1匹助けたくらいでこの竜宮城を乗っ取るつもりか!
「分かりました。では、今から一旦おうちに戻って、家族のみなさんの了解をとってもらえますか。そのあと一家でこちらにおいでになるといいです」
そう言うと、しばらくして怪しげな箱を持ってきました。
「島に着くまでこの箱は決してあけてはなりません」
「どうしてあけてはならないのですか」
「幕の内弁当だからです。道中は海の中なので、あけたら中身が散らばってしまうからです。陸に上がってからあけてくださいね」
渡された箱を見ると、「玉子と手羽先のこんがり焼き」と書かれていました。
太郎はるんるんでその幕の内弁当を手に、カメに乗って、浜に送り届けられました。
浜には誰もいなくて、どうしたものかとうろうろしているうちにおなかがすいてきました。
弁当を開けると、玉子もこんがり焼けた手羽先も入っておらず、けむりが出てきたのです。
弁当箱を持つている手はみるみるしわくちゃになり、立ち上がろうとすると腰も曲がっていました。
「くそ!やられた」
「玉」子と「手羽」先の「こ」んがり焼きは、幕の内弁当ではなかったのです。
暗号を解けなったことを悔やみましたが、後の祭りです。
ショックのあまり座りこんでいると、しばらくして、むこうからよぼよぼの婆さんがよろけながら近づいてきました。
誰だろうと思って見ていると、その婆さんは長いことかかってたどり着き、太郎の顔をじっと見ながら、目の前でしゃがみました。
「あんた、タロ兄はんでっか?」
「ほうやけど、あんた誰や」
「わたいでんがな。妹のオハナでおます」
「およよ。おまえ、えらい婆さんになってしもて、しわくちゃやぞ。どないしたんや」
「どないもこないも、ついさっきまで若かったんやけろなあ。3秒ほどで歳とってしまいましてな。お兄はんもえらい爺さんになってまっせ。何が起きたんや」
どうやらけむりの威力は太郎だけでなく、あたり一帯に及んだようです。
「ははあ、こいつのせいや」
太郎は弁当箱を見つめました。
「なんですねん、それ」
「玉手羽こ、や」
オハナが不思議そうに空っぽの箱の中をのぞき込んできたので、太郎はいきさつを説明しました。
「ほんま、乙姫のやつ、えらい目にあわしよるわ」
「そら、なんぼお兄はんが色男でも、コブ付きなんかで戻ってきて竜宮城を占拠されたら困る、ちゅうこっちゃ。爺さんになってしもたら竜宮城に帰る気力も体力も失せてしまいますやろ。それが乙姫さんの狙いやったんやろな」
「ほうか。失敗してもたなあ。それはそうと、わしがここにいることがなんで分かったんや」
「さっき亀がうちに来て、お兄はんがここにいることを教えてくれよった」
「ほうか。あいつ親切なとこもあるんやなあ」
「何言うたはりますねん。親切なんかとちゃいまっせ」
「なんかしよったんか」
「お兄はんがおらんようになったあと、ジロ兄はんも、サブロ兄はんも、あの亀捕まえて竜宮城に連れていってくれって頼みよった」
「ほんで、どうなった」
「溺れ死によりましたわ。亀はお兄はんらを竜宮城に連れていくふりして、海中で捨てよったんや」
「ジロもサブロもあほなことしよって」
「タロ兄はんが写真なんか送ってくるからや。あんなもん見たら、男は誰でも竜宮城に行きたがりまんがな」
「オトンとオカンはまだ生きとんかいな」
「さっきまでぴんぴんしてましてんけろ、わたいも急に婆さんになりましたやろ。家までけむりが行ってたら、二人とも今ごろ死んだはるかもしれまへん」
「ほうか。ほら気の毒になあ」
「人ごとみたいに言わんといて。お兄はんがヘンな箱あけたから、こんなことになってしもたんや。ほんま、昔も今もろくなことせんわ」
「わざとやったんやないわえ」
そう言いながらも、太郎は自責の念にさいなまれました。
「ほんで、亀をいじめとったバチ当たりの三兄弟はどないしてんねん」
「あの3人はタロ兄はんにもろた300円で宝くじを1枚買うて、当たりよった。今、東京で豪邸に住んだはりまんがな」
太郎はやりきれない気持ちで大海原を見つめました。
悪いやつでも幸せをつかめる、良い行ないをしても幸福になるとは限らないという、世の中の無情を思い知らされたのです。
「けどまあ、とりあえずはオハナがいてくれて、ほんまによかった。こっちに帰ってくるなり、いきなり孤立無援の独居ジジイというのは、あんまりやからなあ」
しばらくして、年老いた兄妹は手を取り支えあってゆっくり立ち上がり、家路につきました。
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