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1.もう一つの「かちかち山」

爺さんと婆さんの2人暮らし。
爺さんが畑にまこうと思って用意していた豆をタヌキが食べてしまった。
爺さんは怒り狂い、タヌキを捕まえて縛り上げると、婆さんに「タヌキ汁にしといてくれ」と言い残し、出かけていった。
タヌキは婆さんをだまして縄を解かせて、婆さんを殺し、タヌキ汁ではなく、婆さん汁を作ったあと、自分は婆さんに化けて、爺さんの帰りを待った。
爺さんが帰ると、2人で「うまいうまい」と言いながら、婆さん汁を平らげた。
そこでタヌキは正体を明かして、笑いながら山へ逃げていった。婆さん汁を食べさせられたことを知った爺さんは、悲しいやら腹立つやら、えずくやらで、ひとりのたうち回ったそうな。
そのあとはウサギが見事に復讐劇を果たすというお話。

でも、本当はそうじゃない。
そもそもこの夫婦には以前からタヌキ汁を食べるという食習慣があり、タヌキの祖父母も両親も兄も姉もつかまってタヌキ汁にされてきたのだ。
タヌキが逃げるだけでいいのに、わざわざ婆さんを殺して婆さん汁にしたのは、先祖代々の積もり積もった怨恨によるものだったのである。
今回のことも、豆を盗み食いしたくらいで殺してタヌキ汁にして食べるという行為は、タヌキにすれば野蛮且つ残虐な行ないで、この夫婦は立派なサイコパスとしか思えない。
だからタヌキはそれならばと、目には目を、サイコにはサイコを、という教えに従って、婆さんを殺して婆さん汁にしたのだ。
気持ちがおさまらないサイコ爺さんはウサギを呼び出し、
「あのタヌキを殺してくれ。婆さんのカタキを取りたいんじゃ」と、ウサギに頭を下げた。
この老夫婦はこってりしたタヌキ汁を食べるくらいだから、これまでからウサギもたくさん食べてきた。
だからウサギは2人のことが怖くて仕方ない。
あのタヌキは俺の友達だから殺せない。あんた自分でやればいいじゃん、と言おうとしたが、考え直した。
この際、爺さんの味方になって恩を売っておけば、のちのち自分の身の安全は保証されると思ったんだ。
「お安い御用で。でも、ひとつ条件がありやす」
「なんや。言うてみい」
「見事タヌキをやったあかつきには、今後俺らウサギを捕って食うたりしないと約束してもらいたいんですわ」
「分かった。約束する」
ウサギは山へ柴刈りに行こうとタヌキを誘った。
「ええよ。行こう、行こう」
友だちのウサギからの誘いが嬉しくて、タヌキは二つ返事で柴刈りに行った。
そして帰り道、背負った柴に火をつけられ大やけどをしたが、決してウサギを疑わなかった。
重傷を負いながらも、川へ魚釣りに行こうというウサギからの次の誘いにも快く応じた。
自分のことを決して疑わないタヌキを見ていて、ウサギは良心の呵責にさいなまれた。
俺はおのれの安全確保のためにこの友だちを殺そうとしている・・・・。
ついにウサギはタヌキに事の次第を打ち明けた。
「俺は爺さんに頼まれて、おまえを暗殺しようとしていた。爺さんと組んだ方が得やと思たからや。ほんま、すまん」
「よう言うてくれた。礼言うわな」
そしてタヌキの泥船は沈み、溺れそうになりながらウサギに助けを求めると、ウサギは櫂でタヌキを突き放し水の底に沈めて死なせてしまった・・・・、ように見せかけて、櫂で向こう岸までタヌキの体を押し、こっそり無事に上陸させたのだ。
しばらくして、ウサギがやってきた。
「ほう、来たか」
「おう。爺さんはおまえが溺れ死んだと思とる。これからはこっちの山で木の実でも食って、のんびり暮らそうや」
「せなや。これで恐怖とはおさらばやな」
2人は手を取り合って、とわの友情を誓いあうのであった。

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