乗馬教室9 進め&止まれ
コスモラピュタ 進め&止まれ
これまでは先生が調馬索というロープや鞭を使ったり、舌鼓(ぜっこ)という合図をお馬に送ったり話しかけたりしてお馬さんを動かしてくれていたけれど、今回は自分で発進と停止をする練習だ。
膝の力は抜いて、内ももとふくらはぎとかかとでお馬の体を挟んで、圧をかけたら、馬は動き出す。簡単に言うけど、それ、難しすぎる。
そして止めるときは手綱を手前に引く。それも腕の力だけで引くのではなく、上半身も使うんだって。その方がお馬に指令が伝わりやすくて、こちらもバランスを保てるのだそう。
何せ、乗馬はバランスとりが大切。そしてそのバランスを崩さないために必要なのは強い体幹だ。
私には無理難題の連発に聞こえる。
「体幹なんてありません。ジム通いした方がいいですか」
「それもいいけど、姿勢をよくするよう心がけていたら、自然と体幹が強くなります」
そう言ってもらってほっとした。
それで教わったとおりのつもりで、ぐーっとふくらはぎの内側でラピュタの体に圧をかけたが、反応なし。何度やっても反応なし。
「じゃあ、かかとで馬の胴を蹴ってみましょう」
「え。そんなことして、お馬さんは痛くないんですか」
「ぜんぜん痛くありません。合図としてとらえるだけです」
かかとでポンと蹴ってみた。これまた反応なし。
「もっと強く」
先生がそう言ったので、私は心の中で、
「ラピュタ、ごめん」。
ちょっと強めに蹴った。
すると、するするとお馬さんが歩き出した。
「わ、動いた」
「はい、そうです。では今度は止めます」
そう言われて、手綱を引いたけどラピュタは止まらない。
「じゃあ、はい、止まるよー」
先生がラピュタに向かってそう言って、一体何をしたんだろう、ラピュタはすぐに止まった。先生はすごい!
私の言うことは聞かないのに、先生の命令にはさっと従う。いつだってこうなんだ。
それでも何とかレッスン後半になって一度だけ、ピタっとお馬さんが止まった。
「きゃ、できた」
「できた、できた。そう、そう、それですよ。うまくできましたねえ」
先生がほめてくれた。
でも私は自分で自分が信じられなかった。
「先生、あのう、今の、ラピュタと仕組んで私の分からない合図で八百長やったんと違いますか」
すると先生は爆笑しながら、
「八百長なんてやってない、やってない。これはあなたの力でできたことです。自信を持ってください」と言ってくれた。
「進め止まれ」の練習をくりかえして、「さっ!&ぴたっ!」でなく、「だらだら動き出し、だらだら止まる」が何度かでき、レッスンは終わった。
今日は一つ進歩だ。嬉しかった。
「ラピュタ、ありがとう」
そう言いながら、ラピュタの首をぽんぽん。
で、下馬。
手綱とたてがみを左手でまとめてぎゅっとつかんで、右足のあぶみを外して、右足をラピュタのお尻の上を通らせて、両足そろえて馬の背に腹ばいになる。
いつもはうまくいくんだけど、今日はなぜかここで失敗した。
「おい、俺の尻蹴るんじゃない」
ラピュタが言った。
「ごめん。いつもはちゃんとできてるのにねえ」
「できてない。いつもぎりぎりねん。俺ははらはらしてる」
ラピュタは相変わらずヘンな関西弁を使う。
「俺やからいいけど、ほかのヤツにコレやったら、びっくりして動きよるから気ぃつけろねん」
「分かった」
鞍に腹ばいの状態でラピュタに怒られた。ラピュタはいつも怒りながら笑っている。
下馬はこのあと左のあぶみをはずして、腹ばいからずるずるとずり落ちるようにして、ぽんと着地すればいいんだ。
ずるずるずるずる。
あれ、なんだかヘン・・・・・。何かひっかかっていておりられない。
「やばいやばいやばいやばい、先生、やばい」
「へ?どうしまたか」
「エアバッグのコネクターはずすの忘れてました」
鞍のサドルホルダーとエアバッグベストをつなぐコネクターをはずさないで強引に下馬したら、ベストのエアバッグが作動して、ぷしゅー、だ。
ベストが一瞬で膨らむので、落馬時なら首とか背中とかが守られるのだけれど、ふつうに下馬するときにぷしゅーすると、けっこう大変なことになるんだ。
ガスボンベ1本分1,300円也を失うことになる。いやいや。そんなことよりも、ぷしゅーの瞬間大きな破裂音がするんだって。お馬がびっくりして、これまた暴れたり動きだしたりするかもしれないので、とても危険なこと。だから落馬などの緊急時以外は絶対にぷしゅーさせてはならない。
私がおりるにおりられず鞍にしがみついていると、先生がコネクターをはずしてくれたので、何とか無事に地面にぽん。できた!
「おまえ、どんくさいなあ」
ラピュタが失笑した。
「ラピュタもちょっと言うてくれたらええやんか。紐ついてるで、って」
「ダメ。俺に頼るな。自分で気づけ」
ラピュタに怒られてしょんぼりして洗い場に戻った。
おやつのニンジンを食べながら、ラピュタは言った。
「おまえもいつかは初心者担当の俺やモンテを離れて、上のクラスに上がっていくだろ。その時に失敗しないよう、ちゃんと自分で覚えとくんだ」
ラピュタは先々のことを考えてくれているのだ。
「今日も失敗やらかしたけど、少しだけ進歩したな」
「うん。ありがとう」
「俺でよかった。絶対にほかのヤツの尻は蹴るな」
「分かった」
ラピュタも、賢くて優しい子だ。
ほかのお馬さんもいいけど、上のクラスになんか行きたくない、ずっとラピュタとモンテに乗っていたいと思った。
そういう根性がダメなんだと思うけどね。
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