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乗馬教室6 お馬さんのおやつ

モンテクリスエス  お馬さんのおやつ

レッスンが終ると洗い場でお手入れをする。それが終るとおやつタイムだ。毎回おやつ用にニンジンを持ってくる
ビニール袋からカットしたニンジンを取り出そうとしていると、モンテが横目で私の手元を見ながら言ってきた。。
「俺を殺す気か」
「????」
「分からんか」
「分からん。なんで怒るん」
「その大きさや」
「もっと小さく切らんとあかんねん。大きすぎるとうまく呑み込めなくて、のどを詰まらせたりすることがあるんじゃ。それで死ぬこともある」
「げ、そうなん。知らんかった。ごめん」
「ついでに言うとく。絶対に輪切りにするな」
輪切りにはしていなかったので、一応ほっとした。
「今度からもう少し小さい、というか、スティックサラダみたいにちょっと細長くしてくれたらうれしいわ」
「分かった。今度からそうする。けどとりあえず、今これ、どうしよ。包丁借りてきて、小さく切ろか」
「いや、ええ」
「このまま食べて大丈夫?」
「ええ。ええから、早よ、くれ」
モンテはぼりぼりがつがつ食べた。
本当にのどを詰まらせるのではないかと心配で、じっと見ていた私と目が合い、彼は照れ笑いのような笑みを見せた。
「今日はわざと騒いだけどな、おまえが小さなあやまちも起こさんように教えてやったんや。俺らはデリケート。そしておまえは大雑把な女やからな」
大雑把・・・・、ばれてたのか。
「大雑把で悪かったねえ。じゃあ大雑把ついでに聞くけど」
「なんや」
「ニンジンばかりだったら芸がないでしょ。ほかに何か好きなものある?」
「そうやなあ。リンゴかなあ。バナナも悪くない」
「分かった。じゃあ、今度はリンゴ持ってくる」
「おう。でも、丸ごとはあかん。りんごもちゃんと細めの一口大に切っといてくれ。それから芯と種も取っとけ。芯や種は毒やからな」
「分かった。芯と種取って、いっそ、すりおろしリンゴにしよか」
「病人ちゃうねんから、すりおろしは要らん。歯はちゃんとあるからな」
お馬さんたちは多少の個人差はあるけど、意外にも角砂糖とか甘いものも好きなんだって。
「チョコレートは?」
「あれはやばい。食べると腹いた起こすだけじゃない、興奮状態になるから、俺らの業界では禁止薬物扱いよ」
「ドーピングか」
「まあ、そんなところや」
カフェインもいけないらしく、トレセンの厩務員さんたちは、出走をひかえた競走馬の近くではコーヒーを飲むことを控えることもあるそう。
「じゃあ、シュークリームは大丈夫?チョコレートもカフェインも使ってないよ。カステラは?プリンは?ぜんざいは?今川焼は?水ようかんは?あんみつは?アイスは?メロンソーダは?あとねえ」
「うるさい。うるさい。そんなもん要らん」
「すごくおいしいよ」
私は急にプリンが食べたくなった。
「とにかくヘンな食べ物持ってくるな。おまえが食って勝手に太っとけ」」
太ってもいい。私は今プリン3個食べたい。
「おまえらが大丈夫と思ってるものでも、俺らにとっては危険な食べ物があるんだから、勝手に食べさせたらあかん。分からんときは必ずここの職員さんに聞け。キャベツがあかんこと、知らんやろ」
「うん。知らんかった」
そのあと、突然モンテが真顔になった。
「あのな、サラブレッドの意味、分かってる?」
「分かってる。純血でしょ、純烈じゃなくて・・・・。純烈もいいけど」
「そうや。でも、血統が良いだけの名ばかりサラブレッドじゃあかん。徹底した管理下で飼育をされてこそ、真のサラブレッドって言えるんじゃ。つまり生まれと育ちの両方がよくないとあかん、ということや」
「へー」
「つまりな、俺らの体は歳とっても精密機械みたいなもんなんよ。その分、繊細にできてるから、ちょっとでもヘンなことしたら、壊れてしまうんじゃ」
「分かった」
精密機械のモンテクリスエスは大き目カットのニンジンを完食し、ご機嫌でお部屋に帰っていった。
モンテはもちろんのこと、ほかの子たちにも無事で長生きしてほしいと思う。
こちらの小さなミスでもお馬の大惨事につながることを教えてくれた。
ありがとう、モンテ。

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