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社会を変革する

昨年、広く知られることになったワードに「売掛金」というのがある。朝日新聞にこういう記事がでている。

昨年暮れから警察がホストクラブに相次いで立入検査している。

警察庁は昨年11月、悪質なホストクラブへの立ち入りや取り締まりを強化するよう、全国の警察に指示。昨年11~12月、風営法に基づき33都道府県の延べ729店舗に警察が立ち入り検査をした。ホストクラブは全国に約1千店舗あるという。

朝日新聞デジタル 2024年4月4日

別の記事では、警察が強要容疑で元ホストを逮捕したことが報じられている。容疑者は歌舞伎町のホストクラブでホストをしていた当時、店の飲食代金を滞納した女性に、売春のための客待ちをさせた疑いがあるという。記事には、女性には当時、店側との間に21万円の売掛金があった、とある。


売掛金は店の飲食代をホストが立て替え、事後に請求するものだが、そもそも払えずに立て替えられた金額なので、それが積み重なるとさらに払えない。客の「担当(推し)ホストをトップにしたい」という気持ちにつけこんで高額な売掛金を抱えさせるホストがいる。


「ホストたるもの、女の腎臓1個や2個捌けんでどうする」という台詞は漫画「星屑の王子様」(茅原クレセ、小学館)にでてくる。

コメディとして読ませるが、実際のホストクラブで行われているであろうことを考えると笑えない要素も多い。街を歩く女性の容姿を単純にジャッジする男たちと違い、どれだけ稼げそう(貢がせられそう)か金額をジャッジし合うホストたちを「ルッキズムとミソジニーの成れの果て」と突っ込む女性キャラクターがでてくるように、作者は突き放して描いている。創作物は作者の意見表明ではないので非倫理的な描き方をしようが作者の勝手ではあるのだが、社会の趨勢に照らした倫理観を備えた描きぶりで幅広い読者層に対応している。


一方で、搾取される側の視点から描いたエピソードがある漫画には「明日、私は誰かのカノジョ」(をのひなお、小学館)がある。

被害にあう側の事情も人それぞれで複雑だが、さまざまな境遇にある人たちにあわせて、それだけバリエーション豊かな落とし穴が用意されているということなのだろう。搾取する側が組織化し、より狡猾になっていくのは資本主義社会のなかで自然な成り行きだろう。一方で、搾取される側だって何も考えていないわけではない。搾取されていることに気づいても、依存してしまえば抜け出すことは容易でない。

ちなみにドラマ化されている(↑)。

ここで構造的な問題を認識するとしたら、非対称な力関係なのだと思う。一介の客と組織という構図であり、競わせられる一人一人の女性と男性の集団という構図でもある。


言わずもがなだが、昨年こういう問題に焦点が当たった背景に「頂き女子」の事件がある。男性から金銭を騙しとる詐欺マニュアルを作成、販売した女性が逮捕された事件だが、女性が得た利益は全てホストクラブに巻き上げられていた。


事件を機に社会問題が明るみにでても、社会の変革につながるかどうかはさまざまな要因に左右される。この事件も、ひと昔前なら単なる詐欺事件として終わっていたかもしれない。「ひどい女がいたものだ」と。


しかし今回は、警察が昨年暮れから東京だけでなく全国のホストクラブに立ち入り、売掛金関連での摘発も相次いでいる。表面的な摘発でお茶を濁すのではなく、問題の根を掘り起こそうという動きがある。背景にはさまざまな要因があるのだと思うが、報道が加熱したこと、詐欺事件の裁判で被告が「歌舞伎町を浄化してほしい」と陳述するなど「ホス狂い」に焦点が当たる材料がそろったこと、そして国会で取りざたされたことも大きいと思う。

主に塩村文夏参院議員が本会議や委員会で質疑に立っており、若年女性をターゲットとしたビジネスモデルについて岸田文雄首相から「当然、対策していかねばならない」との答弁も引き出している。政治の力、政治家の力について考えさせられる仕事だ。


安倍晋三元首相襲撃事件のあとに弔い合戦一色になることを懸念したが、安倍氏の功罪の検証、宗教被害の救済に焦点があたるなどした経緯もそうだが、日本の社会にはまだ変革への渇望のようなものが生きているように思える。

1990年代の冷めた時代に思春期を過ごし、諦めが基底にあるような人格形成を余儀なくされたわたしのような人間からすると、ひとすじの希望が見えるような経緯だった。


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