おめでとうございます。
今朝は起き抜けに山里亮太さんの結婚報道のニュースをスマホで知り、いつもより何秒か早くシャキッと目が覚めた。
山里さんとは遺骨の新装版を出した時のマザコン対談と、ラジオのたまむすびでゲストに呼んでいただいた時の2回ほどお話をさせてもらっている。ほっこりするマザコン談義の中で、「宮川さんはたぶん心の中に黒い部分を抱えている人なので、いつかそれを引き出したい」と言ってもらえたのはとても嬉しかった。
数回お会いしただけでも山里さんのその人間力の高さはすぐに感じたので(その咆哮を聞いただけで大型のライオンが近くにいると身体が理解する感じ)、お相手の女優さんはさすが見る目があるなと、何目線かわからないけど、そんなことを思った。
ここのところ暗いニュースが続いていて、湿度も高いし、しばらく気だるい空気を吸い続けている感覚があっただけに、嬉しいニュースだった。これも何目線なんだ?って感じだけど。山里さん、本当におめでとうございます。末長くお幸せに。
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…それにしても朝から悩んだのは、こういう時、SNSでの自分の〝態度〟をどうするか?だ。
誰かの訃報に関しては、完全スルーと決めている。遊びの延長線上にあるSNSに誰かの重大な死について数行のコメントなんかで触れたくないし、なんだかそういった行為が他人の死を自分のアクセサリーにしているかのようで、どうも苦手なのだ。母親の死を漫画にして飯の種にした奴がよく言うよって言われてしまいそうだが、身内だから許してほしい。あと残念ながらそんなに飯の種になっていない。
でも、時代は変わってきたんだろうなとも思っている。なんとなく自分も含め、誰かがツイッターなんてものに一生懸命になっている様というのは、ミニ四駆を題材にした漫画に登場する〝ミニ四駆に命をかけた大人のキャラ〟をいつも連想してしまっていたけど、もうそういう感覚は古いのかもしれない。…っていうか古いんだろうな。
それだけに、山里さんと対談させてもらった記事が公開になった時は、SNSに「どうか読んでください!(拡散希望)」と告知を打っておいて、ご結婚の報道があった時は急にダンマリ決め込むのもなんだか気がひける。…かと言って「おめでとうございます!」と発言するのも、何を関係者ぶってるんだよ、ともう一人の自分が囁いてくるわけで。…本当難しいねと、朝から朝食の準備をする妻に話していた。
ひとまず驚いたことだけでもと思い、「えーっ!?」とだけつぶやいたのだけど、さっきタイムラインを見たら、漫画家の友人の今井君が「えーっ!じゃない、山里亮太をなめるな」と投稿してて、いやいや、違う!全然ナメてない!たぶん世間も誰も今の大活躍の山里さんのことをナメてる人はいないと思うよ!ただビックリしただけだよ!…なんてことをすぐに伝えたかったが、これもまた別に俺のことを言ってるわけじゃないかもしれないから、ここにこうして一応書いておくことにした。
(後でわかったことだけど、やっぱり俺の自意識過剰によるただの早とちりでした!今井の大ちゃん!ごめんなさい!)
…書きたいことが増えてきたので、日記をまた再開しようと思う。