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「医療の質」を評価すること

「良い病院」とは何だろう

「良い病院」とは何だろう。毎年、授業内で学生にこういう質問を投げかけている。看護学を学んでいる学生たちから返ってくる答えは、
・良いケアを提供している病院
・患者中心の医療をしている病院
といったものが多い。この他には、患者視点に立って、
・土日や夜遅くまで開いている病院
・一人一人の患者への説明が丁寧な病院
・患者だけでなく家族のことも考えてくれる病院
といった意見も出る。さらに、
・医療職が働きやすい病院
・地域連携がうまく出来ている病院
・医療ミスを減らすための病院全体のしくみの改善を行っている病院
という、医療の専門職らしい答えも返ってくる。
不思議なことに、
・治療成績の良い病院
という答えが返ってくることはめったにない。私だったら治療成績の良い病院にかかりたい。

余談になるが、「患者中心」というのは看護におけるワイルドカード、ジョーカーだ。看護の文脈では、ほとんどの質問に対してこれにからめた答えを言って外れることはない。なので、学生は特にアイデアがないとき、意見を思いつかないときは、まず「患者中心の」と答える傾向がある。もちろん、看護の基本となることなので、ここを押さえておくことは間違ってはいない。が、条件反射で「患者中心の」と言っているだけではそこから思考を深めていくことは難しい。


どうやって測る?

この質問の後、さらに、よし、それでは「患者中心の医療をしている」かどうかをどうやって知りますか。A病院とB病院、2つの病院があります。この2つのどちらがより患者中心の医療を行っているかを知るために、あなたはどうしますか?という質問を投げかけると、多くの学生は虚を突かれたような顔をする(今年はzoomなので学生の顔は見えない)。そうだろう。看護学では、「適切なケアを提供する」ための方法は学ぶが、適切そうなケアが複数あるときどちらがより良いかを比較検討する方法、病院全体のケアを比較する方法を学ぶことはほとんどないのだ。(そこで情報学の出番なのである)

患者数・手術件数といった客観指標は、多くの病院のホームページで公開されている。例えば、昭和大学藤が丘病院は、年間の入院のうち件数の多い疾病と平均在院日数を公開している http://www.showa-u.ac.jp/SUHF/CI/ranking/hospitalization.html 。この情報はもちろん有用ではあるが、一方で「良いケアを行っているかどうか」をここから知ることは出来ない。

良い医療をどうやって測るか

治療成績は、医療の良し悪しを知る上で大切な指標だ。しかし、治療成績ですべてがわかるわけではない。たとえば、A病院は重症患者はとらず「治りそうな」患者のみ治療する、B病院は重症患者でも積極的にとっていく、という場合に、A病院の方が治療成績が悪いからといって単純にAの方が良いという判断は出来ないだろう。

「プロセス」という言葉が出たが、ドナベディアンという人が、「医療の質の3側面」という提案をしている。これは、ともすると治療成績といった「アウトカム」だけで評価されがちな医療だが、「構造(ストラクチャー)」「過程(プロセス)」「結果(アウトカム)」の3側面から包括的に評価をすべきであるという提案だ。「構造」というのは、病床数、医療スタッフの数、備えている医療機器、病院が診療をしている曜日時間など、医療を提供するための物理的・人的資源をあらわしている。「過程」は、提供されている医療・看護技術に関する評価で、主に様々な学会が提供している治療・ケアのガイドラインに準拠しているかが評価の基準となる。治療やケアのガイドラインは、それぞれ、行われた医療・ケアとその結果についての研究から導き出されており、EBM(根拠に基づく医療)の根幹となっている。場当たり的にではなく、きちんと患者をアセスメントして、根拠に基づいた医療・ケアを計画し実践しているかが問われている。「結果」は、医療を受けた結果患者にどのような変化が起きたかを評価する。治療の結果としての生存率や治癒率、患者がどの程度医療に満足したかという満足度、生活の質(QOL)の変化、などが含まれる。入院中の転倒といったインシデントの発生や、寝たきりになっていることによる褥瘡の発生率もここに含まれる。

医療の質指標(Quality Indicator:QI)

ドナベディアンの提唱した医療の質3側面は、現在、多くの学会や医療機関で医療の質を測る際の基本的な考え方として採用されている。ドナベディアン自身は、各側面で用いられる具体的な指標を提案したわけではないが、先進的な病院ではこの3原則に基づいた様々なQIを開発し、多面的な医療の質評価を行っている。

代表的な例が、聖路加国際病院のQIだ。聖路加国際病院は、早くから電子カルテを導入し、電子カルテデータを元にした医療分析を進めることで多くのQIを開発してきた。一つの例としてあげられるのが、糖尿病患者の血糖コントロール分析 http://hospital.luke.ac.jp/qualityindicator/bslControl/index.html だ。電子カルテを分析することで、外来の糖尿病患者の血糖コントロールに大きな違いがあることがわかってきた。さらに、担当している医師ごとにコントロール率を分析した結果、医師によって患者に処方している血糖降下薬種類が違うこと、特に、糖尿病専門医と非専門医で処方内容に大きな違いがあり、非専門医の処方はガイドラインから外れているケースが多いことがわかった。

そこで、院内で専門医による勉強会を開催し、処方ガイドラインの説明を行った結果、専門医と非専門医の間の処方のばらつきが小さくなり、全体の血糖コントロール率も改選されるようになった。


医療の質評価を何のために行うか

患者、家族は誰しも最善の医療にアクセスしたいと考えているだろう。各病院の医療の質評価は、病院選びにおいて重要な情報の一つとなる。しかし、病院の「点数」を外に向けてアピールすることが医療の質評価の本質ではない。3側面の様々な項目ごとに適切な「成績表」が作られることによって、それぞれの病院のポジションや改善すべき点がわかること、改善すべき点において、その要因分析と具体的な戦略がわかること、それを実行した結果病院がより良い医療を提供できるようになっていくこと、そんな改善プロセスのために評価が使われるべきだろう。そのためには、分析のベースとなる電子カルテシステムが、医療の質評価をサポートする機能を備えていることが重要になる。電子カルテシステムは、導入時のコストが非常に高額で、メンテナンスにも費用がかかる。医療従事者の入力負担も大きい。一方で、蓄積されたデータが適切に利用されず、宝の持ち腐れになっているケースも多い。せっかく多くの費用をかけて導入するのだから、医療の質向上のためのデータ活用戦略も同時に考えていけるようにしたいものである

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