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違いを直視する。生き方編集者・山中康司さん「公開生き方編集会議 #1。」

考えていることが、似ている。
もちろん、小さいことを取り出せば、違う部分もあるけれど。

公開生き方編集会議 #1
「生き方の編集、ひとりじゃむり!」

と悟った生き方編集者・山中康司が、自分の生き方の編集をみなさんと共に取り組むために、
これまでの活動や考えていることについて、ゆるゆるトークさせていただくこころみです。
日時 2020年6月3日 20:00-21:30
Zoomにて開催

最近、ツイッターのタイムラインで何かのツイートが流れてきて知った山中康司さんnoteを拝読したりして、どうも私の考えていることと山中さんの考えていることが似ている気がして、とても気になっていた。
息子がイベントの時間にどういう状態でいるか心配だったが、気になる気持ちのほうが上回って、参加申し込みをした。チケットには「はじめまして!(山中がまだお会いしたことがない方向け)」というカテゴリーがあり、山中さんのお知り合いでなくても参加できそうだとわかったことも背中を押した。
知らない人とZoomでやりとりするイベントに参加するのは初めてだ。

案の定、息子はぐずぐずしていて、始まってからすぐに「耳だけ参加」にさせていただいた。息子を抱っこしつつなんとかチャットで自己紹介する。

温かい時間。

参加者にはさまざまなお仕事の方がいて、自己紹介だけでも話がつながり、なんだか盛り上がった雰囲気になる。その後山中さんの「Proff」を見ながらお話を聞く。その間もチャットに感想などが書き込まれ、そのことについて山中さんのリードで参加者が話す。最後に山中さんへの質問も受け付けられた。

この日の最後には何人もの参加者の方が「温かい時間だった」「山中さんもそうだし参加者の皆さんも温かかった」と感想を述べたり、ツイートしたりしていた。

何がそう感じさせたのか。私はZoomでイベントに参加するのが初めてでよくわからなかったが、他の参加者の方によれば、Zoomでのオンラインイベントでこんなに温かい雰囲気になることはなかなかないとのこと。山中さんがチャットのコメントを一つ一つ拾っていたこと、一人で話し続けるような参加者がいなかったことが指摘されていた。

振り返れば確かに、山中さんや参加者の話にはチャットで前向きな反応が次々と出て、否定的なコメントはなかった。
山中さんの穏やかな話しぶりに、優しい人だ、と感じた。チケットのカテゴリーにも、この優しさ、配慮の行き届きぶりが表れていたのだ。その優しさに、初対面の人を含め、温かい参加者が集まってきたような気がした。度々このnoteでも書いているが、私は優しい人が好きなのだ。

どこが似ているのか。

改めてお話を伺って、やっぱり自分と考えていることが似ているように感じた。失礼だしおこがましいと思いつつも、どうしてもそう思ってしまった。
この日のお話と山中さんの「Proff」、山中さんのインタビュー記事、そして自分のブログのインタビュー募集要項から、どこが似ているのか、どこが違うのか、考えてみた。

似ていると思う点

・「一人ひとりの「人生の美しさ」を伝える。
そのために、人生の物語を「聴く」、…」
・「どんな人の人生でも美しさがある」

…山中さんは「物語」、私は「ドラマ」と言っていて、少し違うけれど似ている。

・「メディアで多くの人の目に触れるのも、…いわゆる「成功」をした方の人生の物語が多いわけです。」「いまだ語られていない人生の物語に寄り添いたい」

…「テレビやネットに出るような、何か目立つようなことをしたわけじゃないけれど。…本当はあなたにも、人が読んで喜ぶようなドラマがあるはずです。」(自分のブログのインタビュー募集要項)

・「それまで拭い去りたかった過去が、実は自分にしかない、かけがえのない経験だったのだと思えるようになったんです。」

…記事には書いていないけれど、以前個人Facebookに書いた、ずっと大切にしている高3の時の担任の言葉に似ている。「自分の弱いところも認めて好きになってほしい。そうしたら、人の弱いところも、きっと好きになれる」

・「「人のこと興味ないよね」と言われた」「内省的」

…私のnoteは特に内省的な記事ばかりだ。(ただ、この日話題に上った「共感性羞恥」は私にはない。)

私の考えにあって山中さんにない点

・岐阜の面白い人を紹介することで、岐阜の面白さを伝えたい

山中さんとちょっと違う点

・「僕は話を傾聴してくれる人じゃなくて、物語を一緒につくっていく存在でありたい」

…自分の場合は、傾聴する部分も取り入れたい。聞いているその場でお話ししながら相手の生き方を編集していくのは、その場で話すのがうまくない私には、ちょっと無理な気がする。

原稿を取材相手に見てもらうと、「自分がこんな風に見えるんだ」という感想をいただくことがある。まずはできるだけよく聞いて、あとから記事を書くことを通して、時間をかけて編集している部分があると思う。
ただ、確かにこのやり方は一方的になってしまう部分がある。その場でお話ししながら編集していくなら、相手にとってより納得のいく形になりやすいのかもしれない。

山中さんにあって私にない点

・「フィードバックをもらえる関係性をつくる」「一緒に人生の物語をつくるコミュニティを運営したい」「生き方は関係性という土壌で育まれる」

…私は今、家族以外のコミュニティに属していない、ノーコミュニティ。と感じる。バンドというコミュニティには属していたかもしれないけれど、練習に参加できない今は正規メンバーではないし(もっと緩いつながりはあるとしても)、会社からも離れている。そんな自分に劣等感を覚えるし、ましてやコミュニティの運営などは考えられない。

・「構成力」
・「描写力」

…考えは似ていても、それを表現する言葉が、山中さんのほうはとても洗練されている。

似ているから、差がよく見える。多分。

似ている点もあるが、もちろん、違う点もある。
そしてその結果としてのアウトプットは、随分違う。キャリアカウンセリングやワークショップなど、自分が目指しているのとは違う方向性のことはもちろんだけれど、それだけではない。記事についてだけ見ても、私とはクオリティが違う。それに、私が以前から好きな greenz.jp で、山中さんは執筆されている。

山中さんと私の違う部分が、この差を生んでいるのだと思う。それは山中さんの周りの方々との素敵な関係性、コミュニティであったり、描写力であったり。

「コミュニティ」についていえば、私がいまノーコミュニティな状態にあるのは、この日のお話の中でも出てきた、「自己開示」ができていないせいというのもあるのだろう。自分のことを見せるのが怖い。一方で山中さんは、このイベントを開催するのに不安があったとおっしゃっていたが、それでも開催する勇気を持っている。

もしかしたら、そんな風に山中さんとの差が見える部分が自分の弱さなのかもしれない。きっと、似ている部分があるから、差がよく見えるのだろうと思う。
その部分について努力していけば、自分の理想とする方向に少しは近づくかもしれない。

・母親向けのオンラインのイベントに参加する。
・一日一つ、ウェブや雑誌の長めの記事を読んで、どこがいいか、どこが改善できるか考える。

「自己開示」はやっぱり怖いけれど、試みとして、次の自分の目標を書いてみる。

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