龍笛とフルート

龍笛に出会ってからちょうど一年が過ぎました。コロナがなければ、昨年雅楽隊
の一員として式典奉納に参加する予定でした。現在は全ての音楽を伴う式典が中止です。

私も緊急事態宣言以降、毎月通っていた能菅のお稽古も、雅楽デビューに向けて習った龍笛のお稽古もストップしています。早く再開したいと思いつつ、日本の笛との関わりについて、自分の中で整理する良い機会なので、一度体制を整え直しています。

この間に自分でできる事を最大限に下準備をして、次のお稽古の機会を最大限に活かそうという作戦。ところが、能管や龍笛を独学で学ぼうとすると、入手できる資料が非常に少ない。

日本の古典の曲を覚えるには「唱歌」と「指付け」があって、その二つがわかれば、その先、表現を深めていくための最低限の土台ができます。もしも、この唱歌と、単独の楽器の音の録音が簡単に入手できたら、お稽古の準備として最高なのですが…

例えば、西洋の音楽を学ぶ時は、譜面と音源はインターネット経由でも、誰でも簡単に入手できる。それだけでなく、曲にまつわる資料も、歴史的背景も図書館などで簡単に調べる事ができます。その土台があれば、それぞれの技術に合った方法で、表現を深める準備が可能です。

それが、邦楽となると、私のようにゼロからのスタートだと、曲の背景を調べる事からして困難な状況です。まず、キーワードがわからない。邦楽の場合、作曲者などの出典を明示しないスタイルが、影響しているのかもしれません。

お料理のレシピでも、西洋では〇〇さんのレシピ、というのが良く出て来ますね。元は誰が作ったかを盛大にアピールする文化、日本では、その考え方が最初からなさそうです。

先日、赤坂の虎屋で、和菓子と洋菓子の歴史を同時に紹介する面白い展示を見て来ました。(洋菓子代表はフランスのピエールエルメ!)
五感で味わうお菓子の楽しみ方、和と洋の比較が素晴らしかったです。味覚、嗅覚、触覚、視覚は大体想像がつくとして、お菓子における聴覚とは何か。

なんと「お菓子の名前」という解釈でした。名前をつけ、その響きをイメージする事で聴覚で楽しむ。素晴らしいです!実際に音を出すかどうかは問題ではない所が非常に気に入りました。

その際、名前の付け方が、洋は自分や自分の関係する人の名前、それにまつわるモチーフが元になのに対して、和は、虎屋の代表的羊羹「夜の梅」のように詩的なアプローチだったりします。

味わう所までがお菓子の完成形だとすると、いずれ消えてしまうという点は音楽と共通しています。形のないのものをどうやって伝えていくか、そのプロセスは非常に興味深いです。

邦楽の基礎に関しては、ありがたい事に、Youtubeなどに情報を上げてくださっている方がいます。素晴らしく分かりやすいものから、知識がないと読み解けないものまで、玉石混交ですが、これからどんどん整理されてくる分野だと思います。

私たちが、日々触れる音楽の中で、西洋からの影響を受けたものの割合に対して、日本の伝統的な音楽の考え方を引き継いだものが少ない事、非常にもったいないです。

フルートを吹ける中学生は大勢いるのに、能管、龍笛、民俗神楽の笛など触れた事がない子供たちがいること、それも問題です。フルートだったら、吹奏楽部に入って、コンクールを目指すという、分かりやすく誰にでも平等な道筋が出来上がっているのに対して、和楽器の世界は、もともと関わりがない場合は、どうやって関わったら良いのか、情報が整理されていない事など、改善すべき点がたくさんあると思います。

アンサンブルの考え方、旋律、リズムの捉え方など、日本独自の音楽には、西洋の音楽とは全く違う、素晴らしいアイディアがたくさんあります。例えば、能楽では能管がリズムを作ったり、旋律という概念がなかったり、雅楽でいえば龍笛の細かいニュアンスの付け方、シンプルな表現の中に、全ての宇宙が詰まっている事などなど。

どちらが正しいか、という事ではなくて、バランスの問題です。クリエイティブなシーンに関わる時、西洋の音楽と日本の音楽(世界の他の音楽も!)様々な要素を取り入れる事で、相乗効果で、予想もしないすごいものが生まれます。

私ももっと皆様にお伝えできるように、もっともっと勉強します!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?