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「精神の考古学」-読了-
第十部 いかにして人は精神の考古学者になるか
35 アフリカ的段階の仏教
また生産は悪である。アジア的段階の社会では、かつてない規模と強度での農業生産がおこなわれ、民衆から貢納される富が大国家を支えている。このような生産を促進するために、この社会では大掛かりな呪術や宗教がおこなわれる。農業革命に先行して、人間の等身大を超える神々を想像的につくりだす「象徴革命」が起きていたが、それに導かれて農業の技術革新は起こったのである。ブッダはそれらを否定した。
財産の私有も否定される。サンガに寄せられた富は、すべての出家者によってシェアされ、分配される。私有財産の制度が伸張したのは、農業革命以後のことである。それ以前のアフリカ的段階の社会では、狩猟で捕獲された動物の肉や脂や毛皮は、共同体の中で平等に分配された。もちろんその動物を仕留めた者には、体の中の上等な部分が与えられたりしたが、狩りに出られない老人や病人にも一定の分け前が分与された。
私有物とはその人間が生きている間だけ、神から貸し与えられているものであって、死んだら他の人に譲られていかなければならない。後の社 会の王たちのように貴重品を自分の墓に持ち込んで、死後も豊かな暮らしを維持しようなどという考えは、アフリカ的段階の社会ではむしろ吝嗇として笑われてしまう。そういう財産観が仏教のサンガのものでもあった。
サンガに属する出家者は、自ら生産をおこなってはならない。食べることにも関心を持ってはならない。───
何故、地球の土地を、お金で買わなければ生活出来ないのか(最近では月の土地まで売買されている始末)と今まで何回か何となくそう思った時があった。何故登記が始まったのかと考えればそれは明確で、家系図を見ながら実家の土地が初めて私有地となった明治時代の登記録を見たときもそんなことをかんがえていた。
父の祖父が登記をしていた。曽祖父が明治〜大正に建てた米蔵がまだ実家に残っている…これは余談だ。
生産と所有は悪だ。お金以前の問題である。
と、ずっとそのように私も考えていた。
日本では弥生、明治が大きな歴史の分岐点だ。本書では「アフリカ的段階」と、この一冊を通じて原初知性としている。縄文はそれ以上に高度だったと思うのだが、縄文の文化はモデルとして一切出てこなかった。
仏教は専門性が高く、人間というものを真理に基づき、自然界、宇宙の理、その構造と現象、潜象界と顕象界まで隈なく研究されている、哲学書、科学書、心理学、神学でもあるが、
ブッダから時代を下ると、功績による称号の付与、法具や儀式によるエネルギー増幅、偶像崇拝があり、ゾクチェンの教えであっても本書で多くの矛盾を垣間見た。
教えられ、あめとムチを与えられ、幸福感をときに抱き、苦を乗り越える努力は、明らかに物質化である。それらがあるから様々な研究が進んだともいえる。
物質化が進み、「今」という時間を大切にしている現代では、利己でしか動くことは出来ない。表面上だけの利他、方便の膜で張られてるネットワーク。
尊いものは伝統なのか、専門性なのか、命なのか、神なのか、人間は真に尊いものを見出さなければならない。
エピローグ
中沢氏:「ヨーロッパの人たちに仏教を教えていて、なにか変わったことはありませんか。仏教は彼らによく理解されていると感じていらっしゃいますか」
ケツン先生:「彼らはとてもよく勉強し、理解してくれています。そもそも仏教はひとつの真理ですから、チベット人にもヨーロッパ人にも、違う真理が届けられるということはありません。
しかし土地の力というものは、たしかにあるようです。どこの土地にも土地霊(サダク)のようなものがいて、その土地霊たちはみんな違う個性を持っています。宗教はこの土地霊の上に育ちますから、キリスト教はヨーロッパの土地霊によって育てられ、仏教はチベットや日本の土地霊によって育てられました。
だからどうしても他の土地に移植された真理は、そこの土地霊から影響を受けることになります。ヨーロッパに移植された仏教は、いずれチベットで育った仏教とは違うものに育っていくでしょう。でもそれでいいのです。あらゆるものは変化していくのだから。
でも私はチベットの土地霊が育てた仏教が愛おしくてなりません。そこに育てられてきた精神が、愛おしくてなりません※。チベットには、ほかの土地にはけっして育たなかっただろうと思えるような精神が、たくさん生まれたのですよ。
私は若いときに、ウザン(中央)地方のある修行場近くの洞窟で、一人の修行者に出会ったことがあります。一目でその人がすごい成就者だとわかりました。鋭いハゲタカのような目をして、私を見据えていました。私はそのラマの威厳に射すくめられて、身動きもできなくなりました───
ケツン先生の会話文、※「土地霊が育てた仏教が愛おしくてなりません。そこに育てられてきた精神が、愛おしくてなりません」
と、此処を読んでいるとき、土地を慈しむ愛情と憂いの感情の涙が私にリンクし始めた。
ケツン先生だった。
しばらくケツン先生と私は会話していた。
ケツン先生は高みを知っていたが、それは現在の世では、教えるに至るまでにはいかないと言っていた。私もケツン先生も地球の土地に対する愛情から来る、幾許かの憤りを実感していた。
今はまだケツン先生は生まれかわってはいないが、何十年かしたらまた地球に戻ってくると思います。
「精神の考古学」中沢新一著
-了
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