📙【第2章】『町に雨が降る日の夢』その後 (加筆中)
カシュカシュのじいちゃんは
世界一のよろず屋だ。
虹噴水を作ったのち世界に旅に出た。
じいちゃんのよろず屋には世界中から依頼が来る。カシュカシュのアトリエにいた頃から、アトリエを離れて旅にでてからも、ずっと。
じいちゃんは技工士だった。
技術科学大学を首席で卒業し、当時の仲間とともに世界の柱を築いた。おかげで世界中の経済は回復し、さらに発展した。
仲間たちは世界に散り、素晴らしい発想と技術とともに、革新的なものを生み出した。それぞれが得意分野で花開き、功績を修めたのだ。
黒の街は滅びた。
悪が滅する時代だった。
そこに住まう人々はキコリに戻った。
悪魔をからだに宿すことを諦めたのだ。
黒の森の先民族、かの水の都の旧王族と手を組み、安らかな生活とともに、人里離れたまま森に住み着いた。
呪いは解けたのだ。
罪は消えない。
黒の民への断罪は続く。
しかし、もともとは黒の民も、世界の歪みが生み出したものである。自己の欲のために、ひとを傷つけ罪を犯した旧王族と、旧くから黒の森に住みキコリをしながら静かに暮らしていた黒の民。
長い長い歴史のなかで
お互いを知る者は断えた。
罪を犯した者同士が果てたのだ。
罪はどこにある。
傷ついた歴史がそこにあるだけ。
悪を憎む心がそこにあるだけ。
ヒトは、果てたのだ。
双方の、哀しい記憶に縛られた新しい者たちが出会い。傷つけたもの同士が手を取り合った。そして共に罪を洗う歴史が始まったのだ。理不尽に踏みにじられた者たちを救う歴史の始まりだ。
カシュカシュのじいちゃんの絵は
世界各地に飾られている。
自分で調合した絵の具で描いたその絵は、知らぬ者はないほどに広まった。最近では、革新的発展により試乗が始まった飛行汽の内壁にも飾られている。
それはそれは美しい豊かな森の絵画と、虹かかる夕日のなか、黒ずんだ街に降る雨を喜ぶ2人の人物画。カシュカシュのじいちゃんと、この、ぼくだ。
水の都から飛び立った飛行汽は
蒸気を吐きながら空を舞った。
水素を燃料にしていて
世界を傷つける成分を
排出しないのだそうだ。
植林により広がった林や森は、枯れていた大地の隙間を埋めるように存在する。定期的に間欠泉が吹き出す。あれは、実は噴水だ。
カシュカシュのじいちゃんが作った
人工の噴水。
感動を知らぬ、心を忘れた者たちに、奇跡の雨を降らせた噴水だ。悪しきモノは消え去ったけれども、噴水はまだ、毎日、世界を洗っている。
カシュカシュのじいちゃんの店には、たくさんの支援金が届いた。黒の森への誤解や、黒の街への誤解が解けるとともに、世界中に、その歴史の修正が回ったのだ。
知らずに騙されていた
すべての人々が涙した。
ひとり背負ったじいちゃんへの
感謝は尽きない。そういった感じだ。
その渦中に、ぼくはいた。
ぼくは、黒の街で生まれた。
生まれたときから、色が見えた。世界は輝いている。他のだれよりも、きっと世界を美しく感じていた。世界は美しい。豊かな色なのだ。じいちゃんのアトリエみたいにね。
ぼくの母さんは色を見たくなかった。
見てはいけないと思っていたのだ。見えてしまうことから目をそらし続けた。
ある日、ぼくが拾った1枚のポストカードは、あまりの美しさに涙が出た。カシュカシュのじいちゃんのところに、ときどき来ている郵便屋が落としたもの。
ぼくは森に入った。
ポストカードは写真だった。そこに写るコドクの花に気づいたのだ。生まれてこのかた禁じられてきた黒の森。‘’呪いのかかった‘’森へと。
じいちゃんは、集まった支援金を持ち、ぼくが描いた『町に雨が降る日の夢』を飛行汽会社へと持ち寄った。以前から、じいちゃんが袖を振っていた会社だ。大喜びで話しは決まった。
じいちゃんの作品は世界的に有名。ぼくら黒の町だけが知らなかった。じいちゃんが、どうして黒の町に虹噴水を贈ろうとしたのか。
これはまだ
きみたちに話すには早すぎると思う。
ぼくだって、じいちゃんから預かった秘密の鍵をつかって、ようやく見つけだしたんだから。じいちゃんが、ぼくに託した想い。じいちゃんはきっと、ぼくに伝えたかった。
自分の意志で選び取れ、って。
黒の町は、ぼくを産み、育てた町だ。どんなに悪魔に呪われても、ぼくの故郷なんだ。ぼくは選んだ。迷ったのは、ほんの一瞬。ぼくが欲しかったのは、豊かな色彩に溢れた暖かい世界だったんだから。
ぼくは、じいちゃんに会いに行った。
カシュカシュのよろず屋から森の奥、隕石がふたつ墜落したような不思議な形の湖。その畔には、ぽつんと建つ小屋があった。ぼくらの友人が身を潜めた安楽の宿。
シラカバと名づけた滑らかで白い木々が並ぶあたり。その小屋には、まだ、数々の贈り物が飾られていた。悲しい想いを持っていきたくないからと、彼女らは、この小屋に悲しみを預けて発った。
本当の恋を選びとることのできた、ぼくの友人は、いまはあの水の都で命の時を止めながら、寄り添っている。悲しみのぶん、より長く、より深く、幸せを感じていよう。夕日色の傘を日傘がわりにして彼女は笑っていた。
彼女の仕立てた着物を来た彼のほうは、ぼくらが介抱していたときからずいぶんと精も出て、凛々しくなった。旅立ちの日。彼らは言った。
ぼくが彼女を護るためにしたためた文字が世界を揺るがした。なによりも大切なひとを護ることができたことを感謝する。ぼくらのために焼けた世界。悪は滅んだ。悲しみを生んではいないだろうか。
ぼくの武器は言葉だ。
魔法のように世界を駆けた。
きみも、大切ななにかのために
きっと命を燃やすだろう。
忘れないでほしい。
大切なひとがいないひとなんて、いない。
悪を犯す瞬間に
悪魔に捕らわれただけだ。
あたらしい未来では、みなが間違わず幸せであれたらいい。何十年。何百年。いつかぼくらがあたらしい未来を望むことができて、命をまた燃やしはじめ、共に老い、共に朽ちることが叶ったそのときには。どうかぼくらの亡骸は、物見の塔へと誘ってほしい。
ぼくは、じいちゃんのかわりに、しかと受け止めた。じいちゃんは異端審問官の薄ら笑いに連れていかれたあと、あっさりと抜け出して、世界各地で絵を描いて歩き、どこぞによろず屋を展開していたからだ。
魔法使いの言霊のかかる
時空を移動する、よろず屋をね。
今ごろはおそらく、宇宙の向こうの奥の奥にあるっていう『地球』ってところの世界個展にでも出席している。そう、つまり、ただお忙しいだけってこと。
当時から
『地球』にお熱だったんだろう。
じいちゃんが ぴゅいっと口笛を吹くときには、気恥ずかしいときと相場が決まってる。
話を戻そう。
じいちゃんは飛行汽会社へぼくの絵を売り込んだついでに、揚々と高値契約を取りつけ、あろうことか最もひとめにつく場所に飾らせた。生涯契約が条件。
ぼくの作品はまたたくまに有名になった。
なんたって飛行汽の新型自体が、芸術の町・水の都の年に一度の世界中を巻きこんだカーニバルのために用意された目玉だったのだから。そりゃあ内装にだって目がいく。ぼくはたった1日でスーパースターになった。
経費は、すべて飛行汽会社が持った。
公式発表の日に間に合わせるように、最も上等な車両の歴史的価値のある壁を改修し、ぼくの絵を飾った。郵便屋が奔走し世界中からかき集めた支援金は、ぼくらの手元に戻った。じいちゃんは笑っていた。ここ最近で最も気持ちのよい腹から響く笑いだった。
黒の町を救うためにじいちゃんが作った虹噴水は世界中から集まった技工士により量産された。世界中の入り用の場所へ設営され、毎日、虹の雨を降らせている。植林の進む世界の大地を見下ろしながら、新型飛行汽は大空を舞った。
あの日の感動を
ぼくはきっと一生忘れられない。
初めて色を見つけた日の不思議が解明されたあの日のように、涙を流した。じいちゃんに教わった『うれしい』ってやつだ。
今回のお話は
そんな新たな時代が始まってから
少し未来の話。
カシュカシュのじいちゃんのアトリエはそのままに、新しく別の場所に創り直した。技工士仲間と空門の魔女を呼んで、とびきりの魔法をかけた、ふしぎな仕掛けの施された、アトリエ。
始まりは、一通の手紙だった。
(執筆中)
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