ミワベジ
管理栄養士・宇田川 舞が解く栄養ミステリー! 芦屋医大に勤務する管理栄養士・宇田川舞は、早朝の静けさの中で殺人を目撃する。 白いネグリジェを着た女性が、まるで夢の中をさまようように犯行を行う姿に、舞はただならぬ違和感を覚える。 その背後には、神経を結ぶ《ランビエの絞輪》の働きが関係しているのではないか――と舞は、直感する。 しかし、事件は一筋縄ではいかない。 新薬治験、隠されたリスト、被疑者の背景。 大学病院の深部で何が進行しているのか? 舞が新薬の真相に近づくにつれ、次々と明らかになる不都合な事実。 栄養学を駆使した舞の推理が、誰も予想しなかった真相を暴き出す!
第14回『ランビエの絞輪』第一章 食行動と殺意 9 舞と小絵は会議室を出ると、精神科病棟の入院施設に寄った。四階は、女性の大部屋があるエリアだ。 ナース・ステーションの前を通ると、夕食を終えた患者達が、並んでいる。看護師が、患者の家族から預かった菓子類を渡していた。精神科病棟の入院患者は、十七時半が夕食タイムだ。病棟の規則で、十五時と十八時は、おやつを食べていいルールになっていた。 舞と小絵は、ナース・ステーション内に入っていく。精神科病棟の看護師は、暴れる患者を押える
第13回『ランビエの絞輪』第一章 食行動と殺意 8 舞と小絵、角倉は、そのまま会議室に残った。舞は元の席に座り、ミネラル・ウォーターを、一気に飲み干した。角倉と小絵も空いた席に座る。小絵が舞の様子を見て、言った。 「いきなり、話を振られてビックリしたでしょう」 舞は、ペットボトルの蓋を締めながらニッコリする。 「結構、楽しんでいましたよ。この程度でビビっていたら、医学博士にはなれないだろう、と思いましたしね」 角倉が感心して、楽しそうに首を何度も縦に動かす。
第12回『ランビエの絞輪』第一章 食行動と殺意 7 優子がノートPCを持って、立ち上がった。一瞬、左手で額を押さえる。気に留めるほどの仕草ではない。教卓に立つと、ノートPCを見下ろし、優子の眼が三白眼になる。ノートPCの光で、優子の小さな顔が青白く浮き上がった。冷酷にも見えるこの姿は、誰が見ても美しい。優子が「美魔女」と呼ばれる所以だ。優子が話し始める。 「私が指導しているグループでは、角倉先生を中心として治療薬を極力控え、漢方薬や食事療法を取り入れています」と話しながら
第11回『ランビエの絞輪』第一章 食行動と殺意 6 栄養部の壁時計が、三時四十五分になった。舞は長い髪を結わえ直し、ノートPCを持って立ち上がった。 十六時から八号館三階の会議室で、合同カンファレンスがある。毎週木曜日が定例だ。 栄養部は、L字型に建っている一号館の離れにある。《一号館付属棟》と呼ばれ、給食センターになっている。三階が栄養部のオフィスだ。 舞の席も栄養部にあるが、デスクワーク以外は、ほとんど八号館の精神科病棟にいる。一号館付属棟の三階と八号館の三
第10回『ランビエの絞輪』第一章 食行動と殺意 5 九号館の裏の細道を進むと、総合病棟の十号館前に出る。舞は、角にあるコンビニに入った。今朝は、刑事二人を待たせていたので、野菜ジュースを一杯、飲んだだけだ。弁当を作る機会も、損ねてしまった。コンビニのレジに並んでいると、レジ脇の揚げ物コーナーが目に入る。今朝の遺体を思い出し、唐揚げがグロテスクに感じられた。 コンビニから出ると、舞は、九号館の脇にある古びたベンチに腰を下ろした。ベンチの前には、季節の花が植えられている。舞
第9回『ランビエの絞輪』第一章 食行動と殺意 4 優子の研究室を出て、エレベーター・ホールに出ると、舞は先ほどの荒垣の行動を思い返した。舞は大学院の講義で、荒垣の授業を何度か受けている。 芦屋医大では、年間二百体以上の遺体を解剖している。兵庫県では異常死体の約三十五%が解剖されており、全国でも高い数字だ。兵庫県警が犯罪の見逃しを防ぐ意味で、解剖数を増やしているためでもある。一見しただけでは事件死か病死かの判断がつかない場合、念のため解剖しておく。すると、血液など身体の組
第8回『ランビエの絞輪』第一章 食行動と殺意 3 優子の回診が終わったのは、正午前であった。 舞は優子と一緒に、精神科病棟の事務室を出ると、周りに人がいない状況を確かめた。 「優子先生のお耳に入れておきたいことがあるのです」 優子は腕時計をチラリと見て、急いでいる様子だ。 「四時の合同カンファレンスの前でも、いい?」 舞は、小走りで優子の前に出て、強引に足を止めさせる。 「錦城先生のところに行く前でないと、意味がないのです!」 優子が渋々とだが、「歩き
第7回『ランビエの絞輪』第一章 食行動と殺意 2 舞が十時前に精神科病棟の事務室へ行くと、既に優子が着席していた。 日本の多くの病院では、糖尿病や心臓病、腎臓病、肝臓病などの疾患には、医師からの依頼で管理栄養士が直接、患者に栄養指導を行っている。だが、精神医療に栄養指導を取り入れている病院は、一部の個人クリニックを除いては、今の日本には、ほとんどない。 優子が、「大学病院だからこそ、新しい改革が必要だ」と大学側に提案し、芦屋医大では、精神疾患の患者にも栄養指導が取り
第6回『ランビエの絞輪』第一章 食行動と殺意 1 芦屋医科大学病院は、阪急電鉄芦屋川駅とJR芦屋駅の中間に位置する総合病院である。 一日の入院患者数は、平均七百五十人、外来患者数は二千五百人を超える。医師だけでも六百名以上が常勤する巨大組織だ。 それに引き換え、管理栄養士は舞を入れて十人のみである。ほとんどの管理栄養士が給食センターに配属されており、三交代制で勤務している。 だが、舞は、昨年「認定管理栄養士」資格を取得したため、この春から精神科病棟の医療チームの
第5回『ランビエの絞輪』序章 薄絹が翻る 5 車が見えなくなるまで見送っていると、背後から声がした。 舞が振り向くと、解剖医の荒垣壮太が立っている。 「お早いご出勤で。本当は、九時出勤だろ?」 半ば呆れたような様子で、舞を見詰めている。荒垣は、いつもボサボサ髪にジーンズというラフな服装だ。でも、切れ長の整った顔立ちをしている。三十八歳になるが、女っけはなく、研究一筋という噂だ。荒垣は、舞が覆面パトカーから降りる光景を見ていただろうか? 研究に関係ないことは、詮索し
第4回『ランビエの絞輪』序章 薄絹が翻る 4 時刻は七時になろうとしていた。舞は着替えを済ませ、覆面パトカーの中にいた。 舞の通勤時間を利用して、さらに事情聴取が続く。喜多川も、舞と一緒に後部座席に座っていた。 「容疑者に精神異常の可能性がある、と思われるのですね?」 「注目すべき点は、殺害後すぐに、自分が何をしたのかもわからずに、寝入ったことです。精神科病棟では、患者さんトラブルが日常茶飯事で、理由も些細なことなのです」 「例えば、どんなことですか?」 「鼾が
第3回『ランビエの絞輪』序章 薄絹が翻る 3 黒いセダンから降りて来たのは、大柄な背広姿の男性と長身のパンツ・スーツ姿の女性であった。二人とも『機動捜査』と書かれた腕章をつけていた。男性は四十代半ばぐらいだ。厳しい表情で舞の姿を見据えている。一方の女性捜査員は、舞の緊張を解くためだろう。優し気な眼差しで舞に近付いてきた。二人が舞に警察手帳を見せる。 男性は巡査長・緒方佐助、女性は警部補・喜多川俊子と記されていた。舞は瞬時に二人の名前を記憶し、脳の海馬にストックした。
第2回『ランビエの絞輪』序章 薄絹が翻る 2 舞は手袋を填めたままの状態で、男の手首に触れた。だが、脈は止まっていた。 立ち上がるとスマホを通話画面に切り替え、「110」をタップする。ワン・コールで女性の声が聴こえてきた。 「警察です。事件ですか? 事故ですか?」 「殺人事件を目撃しました」 「怪我をしている人は、いますか?」 「浮浪者の男性が、首の後ろをナイフで刺されています」 「犯人の特徴は、わかりますか?」 「白い寝間着姿の若い女性で、今は桜の木の下で
第1回『ランビエの絞輪』序章 薄絹が翻る 1 九月下旬の早朝五時、秋晴れを連想させる一日の始まりだった。 宇田川舞は、桜の名所として知られる兵庫県西宮市の夙川沿いをウォーキングするのが朝の日課である。 秋の訪れと共に日の出が遅くなってきたので、まだ散歩者の姿は見当たらなかった。 夙川は阪急電鉄甲陽園線の線路と平行して流れているが、苦楽園駅を過ぎた辺りから、川は線路と離れ、川幅も狭くなってくる。 川沿いの遊歩道が、緩やかなカーブに差し掛かった時――。前方には一
はじめまして。ミワベジと申します。 これから、『ランビエの絞輪』というミステリー小説の連載を始めます。 このミステリーは、《栄養ミステリー》という、私が勝手に作った新しいジャンルの物語です。 「飽食の時代」といわれている現代、人類は、食べ過ぎによる、様々な病気を抱えるようになりました。 そして、人間の思考回路を担う脳神経や脳細胞も日々の食事から得た栄養成分で作られています。 食生活を疎かにしていると、ますます、病人が増え、心を病む人も増えていくことでしょう。 実際