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サバイヴァル結婚式

私が結婚したのは、かれこれ十何年前の話。あの結婚式までのトンデモナイ1日は、一生忘れられない。あのとき、私に関わってくださった皆様へ。本当に、有難うございました。
結婚式の道のりが遠すぎて遠すぎて、もう結婚できないんじゃないかと思った1日であった。

浮かれポンチのお花畑


あの日、私は羽田空港にいた。会社は都内で、アクセスが良かった為にその日は半休で午前中のみ仕事をした。しかし、頭の中は既にお花畑になっている。

明日は、待ちに待った私と彼の結婚式。
10年近い長年月を遠距離恋愛で過ごし、夫となる彼は1ヶ月前にアメリカから帰ってきたばかりだった。そのため結婚式関連のことは、ほぼ私1人で進めてきた。
私は生まれも育ちも東京なのだが、両親は数年前から父の赴任先の地方に住んでいた。病気持ちの母は東京へ帰ることが難しいため、両親の住む地方で結婚式を執り行なう事にした。前日に両親と過ごし、おだやかに翌日の結婚式を迎える筈だった。

ようやく彼と結婚…!浮かれながらも、午前中まで仕事していたなんてエライな私。そんな自己満足いっぱいで、意気揚々と空港に到着したのだった。

「あっそうだ お土産」

このとき、私は誰にお土産を買ったのだろう。いくつか買ったチーズケーキは、日持ちしないものだった。しかも要冷蔵。結婚式の司会をしてくれる人に買ったことだけは覚えているが、結局渡せなかった。
なんだってそんな、要冷蔵のリスキーなお土産を選んだのか、意味が分からない。唯一言い訳をするなら「とにかくウワついていたため」で、これから起こる不運を全部その言い訳で済ませたいくらいだ。

お土産選びに集中していた。時計を見ると、20分前くらいだった。よし、そろそろ…と思いチェックインをするため窓口へ向かった。窓口で私のチケットを手に取った職員さんが、固まった。そして私に別のカウンターへ行くよう促した。
時間が迫っていることに、初めて焦り出した私は
「時間がギリギリなのに…どして?」と言われるままに端っこのカウンターへ移った。そこでも、私のチケットをしばし固まった状態で見た職員さんが声を発した。
「お客様、この飛行機には乗ることができません。」

「はえっ?!」

私の浮足は、そこではじめて地に着いた。

どなた様の結婚式ですか

この時、私は漫画のような体験をした。つま先から小刻みに震え始め、立っていられなくなったのだ。創作のドラマとかでよくあるじゃない、アレ。人は極限状態の時、マジで震えが発動されることをはじめて知った。
「お客様!」
カウンター越しで話していた職員の方が、私の様子に気付き咄嗟にこちら側へ回ってきた。
ヘナヘナと、崩れ落ちてしまった私は目から溢れる涙を止められなくなっていてか細い声でなんとか
「結婚式…」と絞り出した。
職員の方は「結婚式があるのですか?どなたの?」と聞いてきた。
もう、声が出せない。
震える人差し指で、自分をなんとか指さした。
ごくっ。
その時、私ははじめて人が唾を飲む音をリアルに聞いた。

飛行機に乗ったことがある人は、既に私の失態にお気付きだろうがチェックインは20分前では既にタイムオーバーしていたのであった。
私は今まで何度も国内線の飛行機に乗ったことがあったし、時間を知らなかったわけではない。言い訳のしようが1つもないくらいに、人生最大のお浮かれタイムを過ごしてしまっていたのだ。頭のネジがゆるゆるどころか、ガバガバだったのだろう。
当然、空港内でアナウンスされていたに違いないがそれも聞き逃すくらい、脳内にはリンゴン リンゴン結婚式の鐘でも鳴っていたのか。なんでお土産を買う前にチェックインをしなかったのか。この阿呆がっっ…!!
当然、時間にオーバーした客は乗せられない。しかし、なんとその客は「ジブンノ ケッコンシキ アル」と言っているのだ。生唾飲むほど親身に対応してくれた職員の方には、今でも本当に感謝してもしきれない。
「お客様。」
職員の方は、方法を考えてくれた。
「〇〇県の本日の出発は、もうございません。結婚式は明日の何時からでしょうか。」
時間を伝えると、朝イチのフライトなら間に合うと教えてくれた。幸い席がまだ空いていたので、その場ですぐチケットを手配もしてくれた。空港近くのホテルに泊まるようにも助言をしてくれた。

新たなチケットを持って、次なる私の使命はホテル探し。でも、涙が一向に止まらない。さっきまでの浮かれ具合は一体何だったのだろう。アホ過ぎて腹ただしい。情けなくて仕方ない。遠い地での結婚式場に、まさか当日行くことになるとは。荷物を持って泣きながら携帯を充電できるコーナーへ向かった。通り過ぎた人は、空港内で泣きながら1人で歩く私をどう見ていただろう。
さて。携帯を充電しながら、ホテル探しを始めた。私の隣のブースにいたサラリーマンの男性が、泣きながら登場した私にぎょっとしていたのが分かった。しばらくすると「大丈夫?」と声をかけてきた。サラリーマンは、モード風ないで立ちのスーツ姿に、おしゃれメガネをかけてパソコンを充電していた。小さな携帯の画面でちまちま検索をしている私の様子を見て「俺のパソコン使ってもええで」と言ってくれたが泣きながらも警戒心が強かった私は涙で目を腫らしたままお礼を言いつつお断りして、鼻をズビズビさせながらホテル検索を自分の携帯で黙々と続けていた。
関西風サラリーマンは、どうやら作業が終わったらしくパソコンを閉じ、去り際に
「何があったか知らんが、元気出してや」みたいなニュアンスの言葉を残して去っていった。知らない人に、別れ際にそんな気の利いたセリフなかなか言えないよね。泣きながらも、そんな風に言ってくれた関西風サラリーマンの言葉に心がちょっと救われていたのだった。
そしてようやく見つけたホテルに着いた。部屋へ入り、電気を付けると

チカッ チカッ チカッ スンッ……

電気が点滅し、そして真っ暗に。なんやねん。どこまで漫画なの。こんな不運というか、不吉なことある??そのまま部屋の電気は付かなくなったので、部屋を変えてもらった。なんか、私を精神的に追い込んで結婚式に全力で行かせない見えない力でも働いとるんか?おん?
いや、全ては私の失態からなんですけども、はい。

アレもコレも急だったけど

翌日、早朝の飛行機に乗ることが出来た私は、無事に自分の結婚式に間に合った。しかし、その日に生理。当時、生理初日は会社に行けなくなる程症状が重かった私は数時間腹痛にのたうち回ったけど、なんとか結婚式の前には痛みが引いた。
花嫁は、遠い結婚式場に当日ギリギリ到着した上に生理痛でもがいていたせいで、前日にゆっくり書こうと思っていたメインとも言われる「両親への手紙」が書けなかった。メイクをしてもらいながらそのことに気付き、司会の方に「すみません、手紙じゃなくて気持ちと言いかえて頂いていいですか」とお願いし、即興で話すことにした。
私だけかと思ったら、夫は乾杯のスピーチを結婚式の直前に友人にお願いしたらしく「実は先ほどお願いされまして…」とおっしゃっていて良くも悪くも全てが「当日仕込み」の結婚式となった。アメリカで仕事をしていた夫は打ち合わせにも参加したことがなく、式場に来たこと自体がこの日がはじめてだったので「本当にあの人、結婚するのかしら」と心配されてそうだよねと親と笑っていたが、私が遅刻していたら最早笑いごとでは済まされなかった、怖いコワイ。
親戚の子ども達が、花婿・花嫁にお花のアレンジメントを渡すというシーンでのお花もね、実は数時間前に生理痛でヒーヒー苦しみながら作った自前のアレンジメントだった。よく全てを結婚式当日に詰め込んだな、あの日の私。
でもね、結婚式のビデオを観るとそんなの全然分からないくらい、全て完璧で 整っていて 楽し気で とても幸せなひとときだった。
ホテルの小さな冷蔵庫に入らなかったせいで誰にも渡せなかった元凶の要冷蔵チーズケーキも、空港で1人泣き腫らしたことも、ホテルに到着した後軽く夫からお説教されたことも、生理痛で「こんなんで数時間後にドレス着て笑ってられねーだろどう考えても」と真顔で考えていたことも、全部キレイな「想い出」という箱に1つずつ仕舞われていった。そして、満面の笑みで夫と「良い結婚式だったね~」と言い合っちゃっていた。まさに、終わりよければ全てよしの大典型である。

もしかしたら、あの「何があったか知らんが、元気出してや」が魔法の言葉だったりしたのかもしれない。

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