俺の意地
二十歳そこそこのガキが少し年上の女性に惚れた。
姉御肌のとてもキレイな人で最初に会った時からドストライクだった。
これでも女性経験がないわけではない。
むしろ同年代では多い方だと自負できるくらいなのだが、彼女には鼻であしらわれている。
「俺、あなたのことが好きです」
「悪いねボク、あたし彼がいるんだよ」
「知ってますよ。それでもいいっす、別れてくれるまで待ちますよ」
「どうして別れるなんて言うんだい?」
「だって上手くいってないから一人で飲みに来たんですよね?」
「なんだ鋭いねボク。ちょっとケンカしちゃってさ。ムシャクシャするから一人でね」
ここは俺がバーテンダーとして働いている店。
そして彼女はここのお客様。
いつもは女性のお友達と二人でいらっしゃるのに珍しくお一人でいらっしゃった。
「今夜は飲むからね。ちゃんと付き合うんだよボク」
「いいっすよ。酔っ払ったら送ってってあげますから」
「そりゃ助かるね。じゃあ気兼ねなく飲もうか」
その言葉通り彼女は強かに飲んで見事に酔っぱらってしまった。
「酔っぱらっちゃったよボク。送ってってくれるんだろ?」
「分かりましたよ、約束ですからね。ちょっと待っててください」
とても歩ける状態でない彼女をタクシーに乗せたはいいが彼女の住まいなど知る由もない。
半分寝ている彼女から何とか聞き出しタクシーは動き出す。
「着きましたよ。ここでいいんですよね」
「とても歩けないよ。部屋まで運んでくれるかいボク」
「分かりました。何階でしたっけ?」
「8階だよ」
部屋まで運ぶ手段がお姫様抱っこだったのは少々照れ臭かったが、高級そうなマンションのエントランスを抜けてエレベーターで8階まで上がる。
「着きましたよ」
「歩けないんだからベッドまで連れて行っておくれよボク」
「誘ってますか?」
「こんな酔っぱらい相手にかい?」
「俺あなたが俺と付き合ってくれるまで例えあなたが裸でいても手は出しませんから。これが俺の意地です」
「いいこと聞いたよ、じゃあ着替えもお願いしようかなボク」
結局素っ裸に近い状態まで脱がせてパジャマに着替えさせてベッドに押し込んだ。こういうのを蛇の生殺しっていうんだろうな。
「じゃあ帰りますね」
「ありがとうねボク。どうせなら一緒に寝ればいいじゃないか。朝ご飯ご馳走するからさ」
「からかって楽しいですか?」
「さすがにダメか。だったらお願いだから手を握っててくれないか」
結局彼女はベッドの上でぐっすり眠り、僕はベッドサイドに座って彼女の手を握ったまま朝を迎えた。
目覚めた彼女はニコッと笑って「おはようボク」と言った。その笑顔は一生忘れないだろうと思った。
数日後、真っ赤のカマロが歩道を歩く僕の横に止まった。
「どこ行くのボク? 乗ってく?」
彼女はケンカしていた彼と結婚することにしたそうだ。そして僕の恋は始まることなく終わった。
しっかり裸まで見ちゃったんだけどね。
山根あきら/妄想哲学者様の企画に勝手に参加させていただきました。
山根あきら/妄想哲学者様ありがとうございます。