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三、台湾進出

昭和十九年十月、台湾沖航空戦の時は我が七戦隊はまだ訓練中で、然も武装が全然出来ていなかった。そのため予備隊として控置され追撃をかけることになっていたが、攻撃隊の被害が余りに大きかったので遂に使用されず、第五航空艦隊に編入されて改めて体制を立て直し、次の作戦に備えた。

十月中旬頃、敵は比島レイテに上陸しタクロバンに基地を作り始めた。七戦隊は訓練を中止して台湾の高雄に前進を命ぜられた。
この頃は第一航艦、第二航艦とも稼働機数はわずか二~三機で全く消耗し切っていた。我が戦隊は各中隊七~八機で二十一~二十三機の戦力を持っていた。
一旦鹿屋から宮崎に移動し其処で電波探知器、電波高度計を取付け高雄に向かうことになった。三中隊は先発で午前出発することになり七機次々と滑走路の出発点に向かって走行していた時、私の機の尾輪がパンクしたので私の機のみ他の中隊と一緒に行くことになった。

私の機の操縦は民間飛行機操縦教習生から軍に入った菅沼伍長、山内伍長であり私と同じ年齢の二人である。無線は少飛11期の秋繁伍長とその外整備伍長の江口大尉以下数名搭乗していた。

午後他中隊の後尾に付いて出発した途中、燃料系統にトラブルがあったが私以外の者は気付かなかった。台湾までは大丈夫と自信があったので誰にも話さず飛行を続けた。
沖縄を過ぎた頃、先発の三中隊より暴風雨に遭遇全機石垣島の飛行場へ不時着したとの連絡が入った。我々は台風を避けて台湾へ向かったので少々時間はかかったが一先ず台北に降りた。
そこで燃料系統の修理をして再び飛び立ち台南と高雄の中間にある岡山海軍飛行基地へ降りた。此処が目的地であった。

江口大尉と無線の秋繁伍長以外二~三人が宿舎設定のため指揮所の岩本兵長と四人飛行機の側で砂糖黍を齧ったりして雑談していると、江口大尉が走って来て「空襲警報だ、すぐ空中退避せよ」と云う。
然し無線の秋繁が宿舎の方へ行っている。呼びに行ってるひまはない。
「いいから早く飛べ」と大尉は云う。菅沼と山内と私の三人で飛び発った。兎に角西海上へ行こうと暫く海上を飛んでいたが基地の様子が皆目判らない。うかつに基地へ帰って敵さんがいたら大変である。無線がないのでどうにもならない。
「おい何処へ行こう」と三人相談の上、操縦の二人は民間の操縦教習所から軍に入って台湾の嘉義なら勝手を知っているから嘉義へ行こうということになり、嘉義へ飛んだ。

飛行場に着陸すると誘導兵がやって来て掩体に誘導してくれた。
三人で指揮所へ行くと「おお、お前達か、どうした」と云う将校がいた。菅沼、山内の教官であった。
そのうち風が強くなり時折突風が飛行場の砂ほこりを舞い上げる。もう夕暮れである。江口大尉が心配しているだろうと思うと気が気でない。
電話連絡するにも我々は基地に降りただけで何という処へどのように連絡していいのか分からないのである。
彼らの教官に訳を話すと「心配するな、隊の方から無事だということを連絡してやるから安心しろ、市内に旅館を手配してやるからゆっくり休め」といって呉れた。

飛行場から市街まで電車だったかバスだったか記憶は定かでないが乗りものに乗って市街に向かった。途中菅沼が「あれが北回帰線の塔だ」といって教えて呉れた。どんなものだったか今ではもう覚えていない。

小さな普通の旅館だったが食べものは内地から来た兵隊さんだというので、酒も飯も吞み放題でお菜も水牛の肉を甘く煮たものを洋皿一ぱいに出して呉れた。
食事が終わり街へ出て見ようかと外に出たが灯火管制で真暗なので止めた。

寝てからなにげなく天井を見るとトカゲのような黒いものがへばり付いている。「おい、あれはなんだ」と訊くと、ヤモリだと云う。私は生まれて初めてヤモリを見たのである。

翌朝も可成り風が強かった。飛行場へ行って暫く様子を見ていたがおさまるふうもない。かといって江口大尉の心中を思うと何時までもここにいる訳にもいかない。飛ぼう、ということで彼の教官に礼を云い飛び発った。
岡山の基地に就くと早速江口大尉がやって来て「この風の強いのになぜ無理をする」と小言を喰らった。なぁーんだ、それならもう一日ぐらい遊んで来るんだったな、と三人で話したものだった。

無線のいない飛行機は本当に不便なものである。三中隊の本体はまだ石垣島から来ていなかった。本体が来るまでは我々は至って暢気だった。
バナナ、パパイヤ、パイン等いくらでも手に入る。飛行場の外は砂糖黍畑である。珍しいものばかりである。日本中で、いや世界中で台湾が一番食糧に恵まれていたんではないだろうか。
米は年二度取れるし砂糖も豊富、果実も様々なものがある。これ等の物資を本国へ送ることも出来ない。海上輸送など敵の潜水艦のえさになるだけである。
そんな訳だから台湾内は物資があふれていたろうと思う。郷里の弟妹達に食べさせてやりたいと何度思ったか知れない。

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