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マシュー・ニコール編集『Fashion Army』

今年の1月から、「self published be happy」からの刊行物全てが、イギリスの出版社MACKを通し流通されることが決まりました。「self published be happy」は、個人出版社として、これまで、ビンス・アレリーの『The Drawer』や、カーメン・ウイナットの『Arrangements』、『My Birth』など話題作を出版してきましたが、マックという写真業界の3大勢力(アパチャ、ステイドル)の一つを通して、出版業を推進することを決断した背景を、考えてみたいと思います。この考察は、自身がセッションプレスという出版社の代表であることからの観察ですが、おそらく、以下の4つの点が理由であると考えられます。

1。本を出版すること以外の業務(配給、会計、宣伝広報)の委託を、大きな組織を通すことで最終的な収益の安定性を確保する。それは、版数を確率させ、時間(制作に集中できる)と物理的(売れ残った時に倉庫に収納する必要がなくなる)な節約につながる。

2。10年ほど前から多くの個人出版社が乱立すようになり、競争の激化が進み、個人出版社としてのオリジナリティーよりも、いかにヒットを飛ばすような写真集を作ることが生き残りのために、急務となってきたから。

3。マックが、世界中のアートフェアに参加し、ブースを持ち直接顧客に作品集を見せることができている。「self published be happy」をはじめ、多くの個人出版社は、オンラインのみ写真集を売っているが、現物を直に見てもらうことが、写真集の醍醐味であることを理解するから。

4。マックがどの個人出版社とも無差別に協定を組むのではなく、「self published be happy」の取り扱うテーマがマックがカバーをしていない内容(妊娠、ゲイカルチャー等)である。メインストリームな主題や作家(アレックソスを始め)の多いマックが、作家の混合の避け、利益の相乗効果を得られると判断したから。

自身のセッションプレスにしても、アメリカの卸売はダシュウッド、日本の卸売をtwelvebooksに委託することにより、1000部から2000部の写真集を作ることが可能となりました。部数を多くすことでの最大の利点は、一冊あたりの製作費の単価を下げることができ、損失を免れられる点にあるります。これは、出版社の存続のため、つまり、マイナスを出すことで次作を中止しなくてはならなくなることを回避するため、もちろん大切なことですが、その方向性に盲目的に向かうことは、いいことばかりではなりません。1000冊、2000冊作るには、どうしてもそれに見合う作家選びをすることが避けて通れないからです。そうなると、作品の面白さや実験的な内容より、作家のこれまでの知名度や、テーマがどれだけ社会にインパクトを与えることができるかをどうしても考慮することが必要になってしまいます。


スタイドルや、アパチャーは、人気の不動の人気を誇る写真集 (Robert Frank: The Americans, Nan Goldin: The Ballad of Sexual Dependency)を再販することで若い無名の作家をサポートする写真集も同時に作ってきました。その一方で、若い世代の作品を取り上げることは、老舗と言われるような出版社にとっては大事な点であり、写真という常に時代の空気感や思想を如実に写しとるメディアにとり、10年、20年先にどう新人の作家の作品が評価されるかが、おそらく最大の要となります。そのため、若い作家だから諸手を挙げて出版するのではなく、例えば、ーーー大学で、ーーー教授の愛弟子で、ーーーの新人賞をとり、ある程度礼儀正しく出版社として仕事を進めやすい、優等生の新人作家ばかりが取り上げられていることが、目録を見れば一目瞭然です。また、時代が、#metoo やblack lives matterの動きに後押しされて、社会的に是認されるようなパワーポリティクスを主題とした作品も、出版社にとりより大きなプレス(新聞)を取得するためには、要になるだろうし、それに賛同するコミュニティーの賛同を得ることができ、リスク低い販売予測も立てることが可能になるでしょう。

かなりネガティブなことばかり綴ってきたが、それが現実なら、セッションプレスが、その風潮に合わせて品行方正で、より社会的に認知度の高い人気作家だけを取り上げ、多くの部数を制作することに固執することは、その他大勢の尻ぐるまに乗るだけではないのだろうかと、懸念する思いがありその道はまさに第一に避けたいと思います。そしてそれは、将来的なビジネスの存続ではなく、形ばかりのキャッチーさだけが際立つ作品作りだけを目指し、作家や作品ををリスペクトする気持ちとはほど遠い異ことではないのかと、周りの個人出版社の在り方を見て最近思うようになってきました。社会のモラルの動向に合うことが、人気があることが、良い作品では絶対にない!

だからセッションプレスでは、本当に出版したいものだけをこれからも作っていこうと思いを、これまでもわかっているのですが、さらに改めて決意を固めるようになりました。それは、作品がどれほど、自分の心を震わせるのか、まさしく、その一点に尽きると思いました。

長すぎる前置きですが、今回紹介する「self published be happy」の新作、マシュー・ニコール編集の『Fashion Army』は、アメリカマサチューセッツ州にあるアメリカ陸軍兵士システムセンター(別名ネイティック陸軍研究所)の所蔵された350点の画像ファイルから編集された60−90年までの軍事に携わる職員や兵士のスタイル・ブックです。背景がビンテージに褪せたパステル色でプロフェッショナルなモデルを起用することなく製作された本書は、軍隊への通常のイメージと反し、コミカルでポップな印象を与える。戦地へ赴く兵士の心の重苦しさやセンチメンタルさもなく、この主題の視点のユニークさが明るく表現されています。

編者のニコール氏は、パリの書店delpire & coに勤務する傍ら、60−80年の食べ物や食事の図鑑や画像を取集してインスタ上にあげ、なかなか普通の人では思いつかない発想を持った人で、好感をかんぜざる得ないです。是非いつかお目にかかりたいです。戦争とか、大統領選とか、人種や性差別への意識が高まった今のガチガチなモラルの社会にいい意味で、風あなを通してくれる本書にそして、この本を出版する決断に至った、「self published be happy」社に感心します!

是非、近くに書店でお手にとってみてください。




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