「八方美人」の何がいけないんでしょうか。
だれに対しても如才なく振る舞うこと。また、その人。非難の気持ちを込めて用いることが多い。
(どこから見ても難点のない美人の意から) だれからも悪く思われないように、如才なくふるまうこと。また、その人。八面美人。
八方美人。誰に対しても良い顔をすること。誰からも悪く思われないようにふるまうこと。もれなく全員から愛されようとし、そのための努力や行動を怠らないこと。『非難の気持ちを込めて用いることが多い』とあるが、いや、それの何が悪い。
15年も前ですか。たしかあれは夏。季節は適当だ。お母さんが言いました。髪を整髪剤でギンギンに逆立て、サイズのどっぷり大きな服をまとっては周囲へ中指を立てていた、血気盛んで健気な中学生の僕へ。
『誰からも愛してもらえるように、身の回りにいてくれる全員のことを愛しなさい。みんなに対して良い顔をしなさい。「八方美人」は悪い言葉じゃない。むしろ、そうなりなさい』
東西南北、北東、北西、南東、南西。八の方位。そのすべてに「美人」であると。最高でしょう。なーんも悪いこと無いでしょう。"どこから見ても難点の無い美人" なんて、いわば「この世の最高到達点」でしょう。それがなんだい、やれ『アイツは誰に対しても良い顔ばっかりして……』なり、やれ『誰からも嫌われないようにしてるの、ちょっとダサいよね』なり。
いやいや、それを「努力」と呼ぶんでしょうよ。八方美人、「美しくいよう」とする真っ当な気概を持った人間を表すにあたって、しっかりした言葉にもできないくせに、遠くから石を投げてしまってはいけないよ。憎たらしい顔で、人の努力を笑うなよ。
愛されるためには、まずもって、自分が愛するべきです。愛の表情ですべての場所を見つめるべきで、愛の行動であらゆる人を包んでみるべきです。誰に対しても、何に対しても。「八方美人」でいるべきなんじゃねえか、と思います。微笑を含んだ穏やかな顔つきで、身の回りを愛してみましょう。その際、人はすべからく美しい状態で存在できる。完全無欠の美です。どっから見ても美しいなんて、最高だよ。本当に。何度も言うわ。
四方八方に愛をまき散らして、そこかしこにヘラヘラニコニコと良い顔をし、まさしく「八方美人」、もうそれで良いでしょう。なるべくいつも、美しくありましょうよ。少なくとも、意地のきったねえ表情で『八方美人なんて……』と歯ぎしりギリギリしてる御方よりも、幾分幸せだと思います。俺は一生、青髭生やしても、酒飲んで崩壊してもなお「八方美人」でありたいと願う。大事なお母さんに教えてもらった生き方だ。