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コンプレックスなんか、一個も無いです。

 御多分に洩れず、下北沢の居酒屋。『俺は三浦のバーターです』と言いながらいつも連れ合ってくれる友達と、チェーンの焼き鳥屋に入った。例のごとくビールを注文。串を数本とモツの煮込み、たしか牛すじの煮込みも頼んだ気がする。あまりしっかり覚えていない。

 『もう、本当に彼女欲しいわ』とか、あそこの服がどうだ靴がどうだとか、転々ばらばらでまるっきり生産性の無い会話をした。ちょうど居酒屋のテレビはサッカーの親善試合を映していて、それを二人同じ顔をしながら観ていた時、彼が向こうを向いたまま口にする。『マリって国、どこにあるんだろうな』 まったく浮かばず、テキトーに「アフリカっぽいよね なんとなく」と言った。

 酒が無くなり、店員さんに「ビール二つで」と注文したタイミングで、彼が僕に問いかける。

『三浦って、コンプレックスとかあるの?』

 コンプレックス。なんとなくでしか認識できない言葉である。大学は英文学科だったのもあり、たしかcoの後はmだったような気がする、くらいのものだった。意味についてはよく知らない。なんとなくごちゃごちゃしていて、絡まっているイメージ。入り組んでいる、というか。日本語における「コンプレックス」は、たぶん、「どことなく気にしてしまう弱い部分」みたいなのだろう。調べてみた。

 小難しく、よくわからない。予備校時代、現代文の授業で習った "「特に」や「これはつまり」の後を読めば文章理解が深まる" というのを使ってみる。『特に、「インフェリオリティーコンプレックス」(劣等感)の略。』 そうか。劣等感のことか。誰かと比べてダメな部分のことだな。うーんと考え、返事をした。

「中学校の頃はなんとなく、自分の笑った顔が嫌いだったね 卒業アルバムのために鏡の前で練習したわ 今は無いな ヘラヘラしてる僕のことを褒めて認めてくれる人もいるし」

 劣等感なんてものは、一切無い。これは、腐ったナルシズムではない。『自分、自分のこと大好きです!』なんて、そんなに大きな声で言う必要も無いので。「俺は至高の人間です!」と言いたい訳でもない。その上で、僕は、特別な劣等感を持っていない。コンプレックスがひとつも無い。

 どうでもいいんである。そんなもの、持ったところで何になるか。無駄である。僕だって、自分の嫌な部分はたくさんある。顔はまるきり非対称、エラが張って将棋の駒みたいだ。頭は長く、顔も長く、耳の形はヘンテコだし、鼻筋は通っているようで通っていない。おちょぼ口の周りにはジャリジャリのヒゲ。肩幅がアホみたいに広く、腕は無駄に長い。大抵のシャツは袖が足りず購入を諦める。肋骨が浮き出てゾンビみたい。昔の彼女をして『下半身、森みたいだな』と言わしめるほどの体毛。森って何だよ馬鹿野郎。

 外見だけで、こんなにある。内面について挙げれば、激しいタイピングのせいできっと腱鞘炎にでもなってしまうだろう。指ももげてしまう。このように、自分の嫌な部分なんか、底抜けに幾つも存在するのだ。キリが無い。ただ、これを「劣等感」に格上げしてしまうのは、それこそ無駄だ。他の人と比べてどうだ、『友達のアイツよりも自分は…』なんか、やめてしまった方が良い。そんなもの要らない。

 全部愛してしまえば良いのだ。自らの嫌いな部分について、全て。デブでもハゲでもブサイクでも、全部愛してしまえば良い。劣等感なんか、持つまでもない。ひたすら「これで良いのだ」と言っていたら良い。愛は諦めることとほぼ同義である。それはネガティブな諦めではなく、全うポジティブなものだ。「あー、もうしょうがないよなぁ。。」ではなく、「しょうがねえからこれで良いや」と諦めることである。つまりそれは、認めることだ。「諦めること」と「認めること」は一見違うものだが、至極似ている。そこに愛情があるか無いかの違いである。僕は、3日放ったらかしにした自分の青髭が好きだ。張ったエラも、徐々に広がってきたおでこも、全部良いと思っている。本心で。

 自分で愛することができないなら、僕みたいなアホと仲良くしたら良い。そんなことを気にもしない、ヘラヘラした奴と付き合ったら良い。ずっと仲良くするよ。僕の3つ年下の親友は、

『俺はこれまで、自分のことを全然格好良くないと思っていた 自信が無かったんだな でも、なんだか、愛情を持って接してくれるお前みたいな人や彼女に救われたよ』

と言った。これだ、と思った。僕は、優しくも自愛できない人間を、しっかり愛してあげられる人になりたいと思う。自分を棚に上げて話す訳ではないが、こういう愛を捧げてくれる人と、仲良くしたら良いと思う。しばしば自信は、他信によって生まれるからである。

 コンプレックス。劣等感。僕にそんなつまんねえものは無い。何度も言う。一切無い。程近いものがあるとすれば一点、酒で膨れてしまった腹くらいのものだ。 と言いつつ、下北沢の居酒屋、焼き鳥を何本も食らいながら、「はっはー!」と朗らかに腹鼓である。奢りでもできれば、太っ腹でかっこいいかもな。コンプレックスなんて、可愛いもんです。どうでもいいよ。

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