クソほどだらしない僕に、大切な恋人ができました。

 僕は、とてつもなくだらしない。部屋にある布団は、たしか、まる一年も洗っていなかった。いわゆる「万年床」である。坂口安吾に憧れるのならもっと他の部分にすべきだった。掃除機をかけた記憶なんかは、これまで二度ほどしか無い。

 部屋には、空もしくは2割程度の中身が入ったペットボトルが散乱。机の上には、印鑑、5~10個の100円ライター、くしゃくしゃになったタバコの空き箱、カニの形をした訳の分からない置き物、まるで「仕事道具」とは呼べないほど埃まみれのPCが置かれた。

 机よろしく、床も同じであった。「服が好き」と言う割には、僕は服をよっぽど大切にしない。洗濯機を回すのは2週間に一度あれば良い方。山のように積まれた服たちは、洗濯機を回さない13/14日、何も手を付けられず放置された。気づけば大きな山のようになった。汗をかいても、雨に打たれても、そのまま部屋の角にぶん投げた。(どうせいつか洗濯するだろ)と思いながら、投げやりに、言ってしまえば、部屋に捨てているようなもんであった。

『明日休みだから、お酒抜きでデートしよう』

 新たに出来た恋人から、深夜0:00に連絡があった。お父様とお酒を飲んでいたようだった。僕はと言えば、連日飲酒を重ねるうちのひとつ、大切な先輩方と、例のごとく酒をひたすら飲みまくっていた。ビール、焼酎水割り、ハイボール、もう、飲んだ酒の杯数などは一切覚えていない。ただただ楽しかった。

 彼女からの唐突なデートの誘いを受け、酒の酔いに任せて、「じゃあ、僕の住む下高井戸においでよ」なんて言ってしまったんである。実際に下高井戸に来てもらったところで、「家に呼ぶ」なんていうのは選択肢に無い。部屋が地獄のように汚いからだ。埃まみれだからだ。ただ、ホームタウンに呼んでしまった以上、多分、僕の家に来るはずなのであった。きったねえ部屋に。あんなにも美しい女の子が。

 そうともなれば、こんな僕も「掃除」というのをしてみようとする。綺麗な人間は、綺麗な場所にいるべきである。僕は汚くみすぼらしい人間で、そういうのは汚い場所にいるべきだ。それが近頃、こんな塵ゴミみたいな僕には相応しくない、限りなく美しい恋人が出来てしまったのだ。彼女が家に来る。いや、それはさすがに綺麗にしとかなきゃいけないでしょう。

 紅茶、ブラックコーヒー、水、炭酸水、ありとあらゆる飲み物のペットボトルが部屋に散らばっている。それらのうちほとんどが、あと三口程度の内容物を残していた。すべてを洗面台に捨てて、ゴミ袋へと放り込む。ふと部屋の角を見れば、レシートの何十枚かがぐしゃぐしゃになって転がっていた。それらも同じくゴミ袋へ。汗でびちゃびちゃになりながら、1時間もかけて捨てまくった。捨てに捨てて、ゴミ袋は4,5個にもなった。

 東京に住み始めてから三度目の、掃除機というのをかけてみる。目に見える埃はすべて吸い取った。もうこれで、なんとか人を招き入れるには相応な態を取れたでしょう。もう、昼時にして完全に疲れ切ってしまった。人間は、彼や彼女らしいこと以外をすべきでない。


 気づいたときには、時計が15:20を指していた。すっかり眠ってしまった。え、いや、彼女来るでしょ。いやいや、どうする。部屋は綺麗になったけども。いやいやいやいや、えぇー。携帯を見た。『しもたかとうちゃく』 と10分前。んんんぁぁーーーー。「うわあ」 と返事を返す。感嘆詞を打っておくより他なかった。まったく、今起きたからである。頭が上手く回っていなかった。

 タバコを吸って、水道水をガブガブ飲み、なんならちょっと歯を磨いたりもし、そわそわしながら過ごす。さながら、初恋の中学生のようだった。彼女から 『買い物終わったから向かいます』 の一言。うわー、本当に来るのか。かなり久々だった。心から好きだと思う女の子が自分の部屋に来るというのは、近年なかなか無かった。あんなゴミだらけなら、それも真っ当である。本当に来ちゃうんだよ。どうする。

 ピンポーン

 うわー。うわーーーー。このまま無視してたら帰るかなーーー。うぅー。うわーー。来てほしいんだか、来てほしくないんだか、自分でもよく分からなくなってしまっていた。それ以上どうしようもなくなって、ドアを静かに開ける。『うい』 と彼女。めちゃくちゃ可愛かった。どうしようもねえ。なんだこれ、と思いながら僕はキッチンへ。恋人は僕の部屋へ。

 タバコを一本吸って、落ち着いたフリをしながら部屋へ戻る。彼女は布団の上に座っていた。『あのさ、』 と一言飛んできて、とっさに 「はい、なんでしょう」 と敬語の私。

いや、部屋汚くない? 掃除機。掃除機持ってきて。

 いや、えっ? 俺さっき掃除機かけたよ? 間違いなく、全域くまなくかけた。なんで?? 綺麗だよ? 完璧に綺麗だ。言うこと無しに綺麗。それに対して、『掃除機持ってきて』 って????

 さすがに口に出すのは野暮だ。同居人の部屋にあったデカい掃除機を「あい」と言いながら差し出した。綺麗な自信は間違いなくあったのに。


 だらだらと長くなってしまったので、この辺で結論を言えば、彼女は、5時間以上もかけて僕の部屋を掃除してくれたのであった。

 100円ライターは、文頭にて「5~10個」と書いたものの、結局50個ほど見つかった。彼女が作ってくれた、ペットボトルを半分に切って型どったライター入れが、ちょうどぎゅうぎゅうに詰まった。とことん積まれて大きな山のようだった服たちは綺麗に洗われ、今、部屋のハンガーにすべて掛かってある。机の上には無駄なものがひとつも無い。

 驚いた。カスゴミの寄せ集めみたいな僕を正してくれる、こんな素晴らしい人間がいるのかと心底驚いた。ちょっと意味が分からなかった。僕は、お母さん以外にそんな人間を知らない。25歳にもなって、『本当にちゃんと片付けないと、もう知らないよ』 なんて、言われるとも思っていない。もう、お母さんじゃん。

 本当に、損得関係無しに、彼女のことがすごく好きだ。自分にとって都合が良いとか、顔が可愛いからとか、そんなものではない。断じて違う。きっと、「こういう人間になりたい」 と思っているんである。100円ライターなんか、その辺にごちゃっとまとめて置いておいてくれたら良いのに。ペットボトルを半分に切り、『はしっこ危ないから』と言いながら切り口をライターで炙る彼女は、もう、神様みたいであった。これはある種、憧れである。憧憬だ。敬慕だ。もはや、崇拝の域だ。

 本当に、もう、言うことがない。非の打ち所が一切出てこない。きっとこの文章を読んで彼女は、一言 『うるせえよ』 と言うんだろうと思う。『そういうのは人様に向けて言うもんじゃない』 とか、『長く言うと少し薄れてしまうよ』 とか言うんだろうと思う。

 ただ、僕はいっぱしではないにせよ、物書きとして生きる訳で、思ったことはしっかり残しておきたい。現状、きっともってこれからも、彼女のことがすごく好きだ。こんな小汚い人間ですが、これからもよろしくお願いします。すいません、完全に惚気ました。失礼します。すいません。すいません。

頂いたお金で、酒と本を買いに行きます。ありがとうございます。